香薬師像の右手 失われたみほとけの行方

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  • 講談社 (2016年10月13日発売)
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「いつかきっと、お帰りになるに違いない。」

昭和18年、奈良・新薬師寺に安置されていた国宝「香薬師如来立像」が何者かによって盗まれた。その仏縁に導かれたともいえる著者が、光明皇后の念持仏であり白鳳仏の傑作として人々を魅了し愛されてきた香薬師像の行方を追う。

 高さ80センチ弱、童顔ながらも凛とした口元、全体に丸みを帯びた身体、流麗な衣のドレープなど向き合う人を魅了せずにはおかないこの薬師像は、しかし明治から昭和まで3度にわたって盗難に遭い、右手や両足を切断されるなど受難のみほとけだ。昭和18年三度目の盗難後、その行方は杳として知れず今に至っている。

 産経新聞の水戸支局の記者であった著者は平成5年茨城県笠間町立美術館にその複製仏像があるのを知ったことを機に、この香薬師像に深く関わっていくこととなる。本書では香薬師像のプロフィールに始まり、歌人・会津八一や新薬師寺住職・福岡隆聖など薬師像をこよなく愛した人々のエピソード、三度にわたる盗難事件の顛末、二人の彫刻家による薬師像の複製作成の経緯が語られ、最終章では探し続けた薬師像の失われた右手をめぐってドラマチックな展開を迎える。

 光明皇后の慈愛もかくやと思わせる麗しく愛らしい薬師像の行方は本書を読めば、著者ならずとも無関心ではいられなくなる。どかこの市井の蔵で埃をかぶっているのではないか、海の向こうへ持ち去られてしまったのか、あるいは山中にでも打ち捨てられて埋もれてしまっているのではないか、考えずにはいられない。それだけに、薬師像の右手をめぐるクライマックスには、何か香薬師が自ら歩いて人々の前に帰ってこられたような錯覚に陥る。

 昭和18年に行方知れずになったまま幻となる運命だった国宝・香薬師像。著者の精力的な取材は奇しくもその香薬師をこの世に再び迎えるための一条の光となった。「香薬師像に必ずお会いできる。二十年以上の取材を通じて、私はそう確信している。」著者は言う。その取材ぶりと香薬師の仏縁に手を合わせたい。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ノンフィクション
感想投稿日 : 2017年2月12日
読了日 : 2017年2月12日
本棚登録日 : 2017年2月12日

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