100年無敵の勉強法 ――何のために学ぶのか? (ちくまQブックス)

著者 :
  • 筑摩書房 (2021年9月17日発売)
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鎌田浩毅(かまた・ひろき)
1955年東京生まれ。筑波大学附属駒場中・高等学校卒業。東京大学理学部地学科卒業。通産省、京都大学大学院人間・環境学研究科教授を経て、現在京都大学レジリエンス実践ユニット特任教授・同名誉教授。専門は火山学、地球科学、科学教育。「京大人気No.1教授」の「科学の伝道師」。著書は『新版 一生モノの勉強法』『座右の古典』(ちくま文庫)、『やりなおし高校地学』(ちくま新書)、『地学のツボ』(ちくまプリマー新書)など。

そもそも大学受験で獲得できる能力は二種類に分けられる、と私は考えています。 「コンテンツ学力」と「ノウハウ学力」です。いったいどのような能力なのか、順番 に説明しましょう。 コンテンツ(内容)学力とは、英単語や歴史年代や物理法則など、覚えた知識がそ のまま使える学力のことです。私自身、受験勉強で身につけた英語力は、のちに地球科学者になってから大いに重宅しました。論文の読み書きはすべて英語で行うからで す。もし受験科日に英語がなかったら、私の英語力はボロボロのままだったに違いありません。 これに対し、ノウハウ(方法)学力とは、新しい知識を獲得する能力のことです。 試験日までにこなす勉強のスケジュールを組むなど、限られた時間で成果を上げる訓練を積むことで、物事を進める段取りが上手になります。

話を大学受験の意義に戻しましよう。第二の意義は、受験勉強から自分の世界が広がる点です。私たちが勉強するのは、人類の「知的遺産」を継承するためなのです。 スマートフォンも飛行機も、現在の生活で当たり前になっている機器はみな科学技術の成果であり、さらには哲学や思想も芸術も、私たちはみな人類の遺産の上で暮らしています。そうした内容をきちんと勉強すると、自分の中に知らない能力をいくつも発見できます。

「教養」という言葉を、聞いたことがありますか?教養とは、いわば世界の多様性 を理解する力のことです。コンテンツ学力から醸成されると言っていいでしょう。 人になって、さまざまなものを「おもしろがれる」好命心は、離広い知識から生まれます。だから、受験勉強で知識を詰め込むと好奇心が減退する、というのはまったくの見当違いなのです。 第三の意義は、大学受験を通じて、自分が何に向いているかを発見できる点です。 言わば「自分をプロデュース」する力が身につく。実際、複数の教科を勉強するうち に、思いもしなかったことに興味が湧いてきます。私の研究者仲間も、多くは高校時代に自分の適性を発見したと言っています。つまり、大学受験は「自分探し」にも役立つのです。

大学受験で学ぶことは、受験が終わったからといって無視できるようなものではありません。むしろ、一生役立つような重要な能力を、受験という難事を通過することによって、私たちは身につけてきたのです。それは私自身が四十年にわたる地球科学の研究の中で感じてきたことでもあります。たとえば、英語は一生役立つ学力の筆頭でしょう。

さらに、大学受験で身につけた内容は、仕事に直接関わるものでなくても陰日向に役立っています。つまり、大学受験のコンテンツが人生の教養の基盤にもなっているのです。たとえば、世界史や日本史や地理の知識が、世界の情勢を理解し、この先どう動くのかを読み解く際に重要な基礎知識となります。また、国語で学習する古文や漢文 は、日本と東洋の考え方の基本を知る重要な手段です。

私たちが勉強するのは、大きく言うと、人類の知的遺産と財産を身につけるためで す。前にもお話ししましたが、スマートフォンにしても電車にしても、みな科学技術 の成果であり、中国や西洋の哲学、思想にしても、私たちは人類の勉強の成果の上に 生きています。 そのような人類の蓄積してきた遺産、成果についてきちんと勉強すると、自分の中にあるまだ知らない能力を、いくつも発見できるのです。言いかえれば、自分の中に秘められた力が湧き出るのです。

実は私は高校のとき、文科系の科目が好きでした。しかし、人名や年号を覚えるのが苦手で、世界史や日本史よりも、ある公式が分かれば何とか解けるという物理や化学が得意でした。そこで、好きな文科系よりも、得意な理科系を選んだのです。

出会いの大切さの話をしましたので、本との出合いについてもお話ししましょぅ。 本の中には、実際には会えないおもしろい人のお話が詰まっています。また、自分の足では行くことのできないすばらしい場所、生きることのなかった過去の時代、おどろくべき出来事などについても、知ることができます。

また、一冊の本を律義に最後まで読もうとすれば、当然のことながら読む本の数は限られます。他に読むべき本、読んだほうが自分のためになる本があったとしても、 それらを読むための大事な読書時間が奪われることになります。さらには、きっちり読まないと気が済まないことで、読書に疲れ果ててしまうことにもなるでしょう。そもそも本は何のために読むのでしょうか。純粋に楽しみのために読むといった読書はあるものの、基本的には、そのときの自分に必要なこと、人生にとって大切なことを吸収する、すなわち学びを得ることが目的です。ひとことで言うと、自分の人生を豊かにするためにあるのが読書なのです。

本を読むこと自体が目的化すると、その人は「本を読んでいる」のではなく、「本に読まれている」状態になってしまいます。先ほど、本は人生を豊かにするために読むものと述べましたが、それには数行でも自分の心の琴線に触れた文章を見つけて味 わったり、著者の言葉から思索して自分なりの見方を確立したりといった作業が重要 になります。

実際、紙の辞書を引くと、隣におもしろいことが書いてあって、それを読み込むことで知識を豊かにすることができます。しかし、インターネットではこのような偶然のおもしろさがありません。必要な部分をピンポイントでコピーしたら終わりです。 学校によっては、英語の勉強で紙の辞書を使うように薦めているところがありますが、とても大事なことです。そういう意味では、実はネットが若者たちの知的活動の範囲とメニューを狭めていると思います。


実は、私が中高生に伝えたいことは、デジタルに強くなることではなく、インター ネットがもたらす世界をさらに変革する「アナログ思考」なのです。「デジタルから アナログへ」「バーチャルからリアルへ」というのが私の合言葉です。 つまり、ネットの世界はバーチャルですが、それに対して、リアルに体を動かすことが大事で、学校に行く、サッカーで活を流す、友遠や先生と直接話をする、隙間時 間に紙の本を開いて読む、などという「リアルの世界」を意識してほしいのです。 言い方を換えると、効率化一延域ではいけないのです。現代社会は黙っていても効率が良くなっていきますから、逆の方向を狙います。パーチャルな体験は、いつでもどこででもできますが、高校時代にしかできない「リアルな体験」をぜひしてほしい のです。

いくら勉強優先といっても、週に一日くらい遊ぶ日を作らないとやる気が失せていくでしょう。たとえば、私は受験生時代も週に一回は映画を見に行きました。すなわ ち、モチベーションを維持するために、最初からお楽しみの日を組み込んでおくと良いでしょう。

くり返しになりますが、オフを組み込むことは勉強法としてとても大事なのです。 オフとは勉強以外に何かをすることで、遊んだり趣味を楽しんだりすることを言いま す。次に、こうしたオフには三つの要素があるので説明しましょう。 オフの一つ日は、勉強以外の何かに熱中すること。スポーツや音楽に集中してもい いし、映画やコンピュータゲームに熱中するのもよい。 二つ日は、ボーっとして過ごす時間をもつこと。どこか外へ出かけて、すがすがしく気持ちのいい環境の中でボーっとする。反対に、部屋の中でゴロッと横になるのもよいです。ゆったりとお風呂につかるのも二つ日のオフになります。 そして三つ目は、自分の人生を振り返る時間をもつことです。広い公園や見晴らしのよい河原へ行って、ひとり静かに時間を過ごすのもいい。普段、一耐懸命勉強しり、恋愛したり、スポーツしたりしていそがしく過ごしている自分を、ちょっと高いところから別の自分が見るという感じです。明時代に能楽を創始した世郦弥(一三 六三〜一四四三)が「離見の見」ということを書き残しているのですが、こうした瞑想の状態です。

私の知人は「深く眠ることがいちばん大切」と言います。どれだけいそがしくても夜十二時前にはベッドに入るそうです。同じ睡眠時間を取るのでも、眠りの深さによって体力の回復が大きく違うのです。これが「自分の体の声に従った睡眠法」ということです。

実は、楽をするというのは、科学技術の基本にある考え方です。もともと科学者は楽をしたがる人種なのです。しかもシステムで世界を理解するという考え方も持っています。よって私たちは「楽ができるシステムはないものか」と、いつも模索しているのです。

もう一つは読書です。一人の時間の過ごし方として、今はネットやスマホがありますので、高校生は黙っていてもそちらに吸い上げられてしまいますが、私が真っ先に提案するのは読書です。 本を読むことで世界は確実に広がります。もちろん、内容は電子書籍としてスマホ でも手に入りますが、一番安くて効率がよく、いつでも読めるのは紙の本なのです。

ここで、読書の仕方として具体的なアドバイスをしておきましょう。単に読むだけでなく、感想を書き込んだり、線を引いたり、本を自分だけの「ノート」にしてほしいのです。そうすると、二十歳、三十歳、さらに四十歳や五十歳になって読み返したとき、「自分はあの時こんなことを思っていたのか」と思い起こすことができます。

さて、本の読み方としては、「隙間法」をおすすめします。バス・電車の通学の時問や休み時間など、空き時間にカバンから取り出して、三ページでも四ページでもいいからぱっと読む。高校生が部活までの待ち時間などに岩波文庫を読んでいたらかっこいいです。きっと異性からも注日されます。どの本を読んだらかっこいいか、は若者にとっては大事なポイントでしょう。この点を意識して本を選ぶのも、楽しい時間になると思います。

読書は「我慢大会」ではありません。世の中には、根気くらべのために書かれたとしか思えないような、分かりにくい本があるものです。そんな本はさっさとり出してよい。 決して、自分の頭が悪いから分からない、とは思わないでください。世の中には、 おもしろくて読みやすくてタメになる本が、必ずあります。だから書店に行って、 分の目で見て、いろいろ当たって探してください。学校内の図書室にも良い本があるかもしれません。

すなわち、「乱読」には大きな意味があります。思わぬところに、自分とフィットする書き手がいたりするからです。小説でもエッセイでも科学書でも何でも良いので、こうした「発見」をたくさん体験してほしいと思います。

たとえば、恋人を選ぶ時を考えてみてください。自分が好きなことはとてもくわしいけれど、他のことは何も知らないし興味もない、というような人は、相手に好かれないでしょうね。子見があまりにも狭いと、付き合いたいと相手は思ってくれません。これと反対に、たくさんのことに興味を持っていて、色々おもしろいことを知っている人は、魅力的に見えるものです。だから良い人問関係を築くには、教養が大切なのです。

それくらい教養というのは、人生と社会の役に立つのです。もしチャーチルがギボンを読んでいなければ、イギリス、ひいては連合国側の第二次世界大戦の勝利はなかったかもしれません。教養は大きな力を持ちうるということを、ぜひ覚えていてください。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年11月1日
読了日 : 2023年11月1日
本棚登録日 : 2023年11月1日

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