鏖戦【おうせん】/凍月【いてづき】

  • 早川書房 (2023年4月25日発売)
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感想 : 9
5

いやー面白かった。読みやすさでいえば鏖戦<凍月なのだが、両作品ともなんとも違う魅力があって、うなってしまった。(三体を読んだ時のエッセンスも感じた)
特大級のネタバレ以下

鏖戦/酒井昭伸訳
何がすごいってまずは、訳!絶対原典の方が簡単に書いてあるんでは?!と思いました(誉め言葉)。好みは分かれるかもしれませんが、私は結構好きでした。人vs異種族の戦いにおいて、異種族がいかに「読者含めた人」から離れた存在であるか、を示すべくの漢字も多用の訳…狙った効果の一つはそれかと考えているのですが、私は最初からやはり仏教感を感じてしまいまして、それは異端ではないので、なんだか最初から親しみが(?)ありました笑。本当はぜんっぜん読めない文字にルビで意味が振ってある、とかが正しいんだと思いますが、それだと読者途中離脱するでしょうしね…。

好きポイントその① 施彌倶支(セネクシ)・蔵識曩との会話
「汝、人種の記憶装置を調査せしや」蔵識曩がたずねた。
「はい」
「可なるか、是れ人形との意思疎通」
「すでに人種の機械を操作する界面(インターフェース)を開発しました。意思の疎通は可能と思われます」
「既往の先賢、人種との永き闘争に於て、還た意思疎通を為すの底有りや。汝また作麼生」(p17)

「この任務完遂ののちは、判明せる事実を余に伝え、須臾のうちに空滅せよ」(p19)

好きポイントその② 原題Hardfoughtの訳
戦いに赴く際に合言葉的に使う言葉としてHardfought!が出てきますが、それはそれでかっこいいし、ここで「鏖戦!」と日本語で語感を味わってもそれはそれでかっこいい…

好きポイントその③ だんだんと結末に収束する構成とスピード感
後半出てくる初代プルーフラックスとクリーヴォの会話、魅力的である。
「しかし、みずからの心を荒廃させてまで勝利すべき戦いなどーそれほど重要な戦いなど、ありはしない」(クリーヴォ、p89)
「連中はリスクのない成功を好んでくりかえす。新しい個性は危険なんだ。だから、過去の成功例を複製しようとする。いずれは同じような人間ばかりになって、個性はどんどんなくなっていくだろう。きみやぼくが増えて、ほかの者たちは減っていく。個人差がなくなれば、語るべき物語もなくなる。歴史もなくなる。われわれは死んだ歴史の一部になるのさ」(p96)

「あなた…クリーヴォね…」(p106)
「…そのとき…裸体の女が宙に浮かび、自分そっくりのミニチュアたちに囲まれて室内に入ってきた。妖精をしたがえた天使の図だった。体格はまるで蛇のようにほっそりしている。…天使の大群は飛翔をつづける。いったい何百万体いるのだろうか、濃い霧のごとくに群れをなし、星々を隔てた空間を飛翔する天使たち。その唯一の主人は現実の優越性だ。それ以外の主人は必要ない。彼らが異常をきたす恐れもない。」(p106-107)
ここの疾走感、文字を読む目に、情報の理解が追いついたときの体の震え…これこれ至上のSFでしか体験できない震え…シーンとあたりは静まりかえり、私は冷や汗をかいていた。グロテスク度合でいうと、貴志祐介の『新世界より』を彷彿とさせた。

そして追い打ちとばかりにプルーフラックス最後の詩。
なんと明るい炎の輝き! 平和はうつろい
記憶は消える、ただのひとつも残さずに
なぜだかいつも、同じ扉を見失っては
輪廻のうちに、われらは滅ぶ。

灰から星へ、虚偽から魂へ、
まわれ何度も、窪みと孔を。

善きを殺して、若きを喰らう
永遠に、とこしえに
あなたとわたしは滅ぶことなく。(p108)

そして最後の二文…

凍月/小野田和子訳
鏖戦の後だと、読みやすってなります。
こちらも別の話だと思っていたいろいろなレベル感の話が、うまく一つになっていくので読んでいて気持ちがいい。

途中ミッキーが欺かれ、失意に沈み、そこから一つ賢さを身に着けて顔を上げる…というエンタメ要素に気を捕らわれていたから、最後えっえっってなり、そういえば序文が不穏だったじゃん…ってなりました。
「…わたしが死んだら、姉やウィリアムといっしょの<氷穴>にいれてほしい。…ほかの頭たちといっしょの<氷穴>に…。<静寂>のなかに。」(p264)

この最後を読んで、HEADSという現代を凍月と訳したこと、それがこの最後のシーンとうまく重なって、すごくジーンときてしまった…。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: SF
感想投稿日 : 2023年6月25日
読了日 : 2023年6月24日
本棚登録日 : 2023年6月24日

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