マルキシズムは歴史的な役目をほぼ終えたと考えてよいが、「下部構造は上部構造を規定する」と看破したマルクスの「史的唯物論」は今後も世俗の事象を説明するのに援用されるだろう。『哀国者』が既視感に近い現実味を帯びて文字をたどれる最大の理由は、僕らがすでに『NYPD Blue』や『24』などのTVドラマで、アメリカ人やその国家についてどれだけ切迫感をもって表現する必要があるか、たっぷり刷り込まれているからだろう。つまり、「アメリカ人としてアメリカに住まわなければ成立しない」たぐいの物語、なのだ。主人公のボディガードあがりのタフガイ、アティカスは、たしかにもったいぶった回りくどい物言いを、キザと言うにも呆れるぐらい多用するのだが、緊迫感だけが漂う言い回しからは個性の息吹はまったく聞こえてこない。まさしくアクションゲームでプレーヤーが操作するアバターそのものである。描写も過度に身体感覚に依存しており、危機感を最大化させる意図はくみ取れるが、はたしてこれをアメリカ伝統のハードボイルドの系譜に置いていいのだろうか? 臨場感を求めるなら、『NYPD Blue』のような「小刻みに震える」カメラワークを映像で見せられると絶対かなわないし、なによりいまは現実がそうなんじゃないのか。そう考えると、心を突き刺すような箴言たちがちりばめられた上質のハードボイルドを生み出す下部構造がアメリカからは失われてしまったのだろうか、と思ってしまう。描写も凄惨なのでR-15指定。続編の『回帰者』は読む予定。
読書状況:読み終わった
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スリラー
- 感想投稿日 : 2012年3月27日
- 読了日 : 2012年3月27日
- 本棚登録日 : 2011年11月20日
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