英雄たちの朝 (ファージングI) (創元推理文庫) (創元推理文庫 M ウ 21-1 ファージング 1)

  • 東京創元社 (2010年6月10日発売)
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『ファージング』3部作の序曲を飾るにふさわしく、貴族の典雅な朝の諍いから物語の幕は開く。舞台は第二次大戦でナチス・ドイツが消滅しなかったパラレルワールド。ヨーロッパ大陸ではユダヤ人に対するジェノサイドが公然と大規模に行われており、イギリスでも、暴力的ではないものの、公然と差別が行われている。物語の骨子は、ナチスとの単独講和を成功させた「ファージング・セット」と称される貴族を中心とした政治グループ内の権力闘争に絡んだ陰謀について、一族のはみ出し者の娘が日記調に綴るパートと、それを捜査するスコットランドヤードの捜査官の記録とのアンサンブルで協奏される。件の陰謀は、松本清張『日本の黒い霧』でなされるのと同様、権力によって事実を歪曲され、犯人が捏造され、捜査官が明々白々の真実を提示しても隠蔽を強制され、ユダヤ人の銀行家と結婚した娘の不条理な逃走劇へと切り替わる。表現は簡潔で味気ないとも取れるのだが、端々で的確に描写される女性像には考えさせられる。人種差別とジェンダーはいまだに西洋社会の重要問題だということか(本書も有色人種について言及していない点は不十分だと思う)。『ミレニアム』と同様のテーマを扱っているように思うが、こちらのほうが娯楽に徹している。余談だが、娘の逃走劇のくだりはシャーロック・ホームズのデヴュー作『緋色の研究』の中盤を思い起こさせる。素晴らしい!

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: スリラー
感想投稿日 : 2013年1月5日
読了日 : 2012年12月28日
本棚登録日 : 2011年11月19日

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