思想としての東京: 近代文学史論ノート (講談社文芸文庫 いB 2)

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  • 講談社 (1990年3月1日発売)
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 東京を一個の主体のように扱い、時期の異なる数枚の地図という顔写真とともに移ろう歴史を眺めること。著者が眺めたのは、明治時代から昭和の戦後までの<東京>において、<東京人>がいかにアイデンティティを確立していくかの精神風土であるが、その過程は同時に<東京>の持つ地方性を崩壊させていくことであった。江戸の古地図の持つ神話性は西欧近代の地図手法にとって代わられ、<標準語>が<東京方言>を基に作られた「中央的普遍性」であったことは、生活場と公的場との間に近代化がいかに心理的軋轢を生んだかを示している。その痕跡を文学および文明に見つけながら、著者は的確に抉り出してみせる。
 大まかに示すと以下のようなものだ。
<山の手>と<下町>、東京志向の心性、柳田國男の見つめた「民話」と「方言」の世界、白樺派の世界像の構造、芥川の芸術至上主義、関東大震災後の都市復興計画と『東京行進曲』のモダニズム、『痴人の愛』の文明批評、戦後の「東京ブギウギ」  に見るアメリカニズム(「米都」としての東京)、東京の視覚的イメージの変容と『東京ブルース』(「地方の東京化」と「東京の地方化」)
 最後に著者は、この著作の表題でもある「東京=思想」を、身内−友人−他人という人間関係の図式を借りながら、「他人=身内化の錯視」というエネルギーこそが東京の百年をつくってきたのだとし、「他人=身内化の錯視」を錯視でないものとする衝動が、「帝都」への合体の情熱を育み、日本近代化の最大エネルギーと結論する。
 この著作を一気呵成に読みながら僕は、東京という一個の人格に備わる、精神と肉体の両側面を交互に?どちらがネガティフかポジティフかを判断する間もなく?見せつけられ眩暈した。そして、これだけ東京に肉迫することのできる磯田光一という著者が横浜人であったという事実をぼんやりと頭の隅に浮かべながら、著者の視点の拠って立つところの意味を考えさせられた。たいへん有力な東京論者であることに間違いない。戦後の東京論の系譜学においても第一人者であり、川本三郎が彼の後を追うのである。

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感想投稿日 : 2005年10月4日
本棚登録日 : 2005年10月4日

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