The Tyranny of Merit

著者 :
  • Farrar, Straus and Giroux
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感想 : 1
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  • Amazon.co.jp ・洋書 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9780374911010

感想・レビュー・書評

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  • ベストセラー「これからの正義の話をしよう」の著者の新作。Tyranny of meritというタイトルだけ見て官僚主義vs民主主義的な話と勘違いしてレビュー語ってる人見かけたけどそんな内容はほぼゼロで、政治というよりは社会学に近い内容。実力主義の考え方がどのように正当化されて、政治と社会心理にどのような影響を与えているか、そして今後どのような解決策が考えられるか、という話。

    実力主義には以前から個人的に違和感を抱いていたが、その擁護、批判いずれの書籍も出会えていなかったため、トピック自体があまりメジャーではない様子。実力主義は国内外問わず現代社会にあまりに深く根付いており、資本主義ともあまりに相性がいいこともあり、当然視している人が多いように感じる。ベストセラーの著者が書いたということもあり、本書をきっかけとして今後この類の議論増えそうだからフロンティア的な立ち位置になると想定され、その意味でも価値ある書籍。


    要約。
    アメリカの政治家はアメリカンドリームの名の下に実力主義社会を賞賛する。さらなる完全な実力主義を達成するためには平等な機会の提供が必要であると考え、大学の学位取得のチャンスを全ての人が受けられるように政策を施行する。

    著者は、ここにいくつかの疑問を投げかける。まず一つ目が、学位取得を奨励する政策は、学位を所持していない中年を置き去りにしていないか、という点である。著者は、政治家のこの態度こそがアメリカの党派分断を引き起こしており、トランプ政権を誕生させたと指摘する。

    二つ目が、完全な実力主義は正当か、という点である。努力は報われるべきというのは比較的支持を受けやすい命題であるが、特定の才能を生まれ持ったこと、およびその才能を高く評価する社会に生まれたことは個人の選択でも努力でもなく運の結果であり、これが報われるべきということに賛同する人はそう多くはないであろう。また、実力主義社会は平等な社会ではなくむしろ「実力による格差を正当化する」社会である。運によって格差が決まる社会は、中世の階級社会となにが違うのか。ここで著者は、実力主義社会の否定としていくつかの異なる考え方を引用します。「経済的報酬は経済的価値に基づく数値でしかなく、賞賛の意味をもつ倫理的報酬とは分けて考えるべきである」と考えるのがフリードリヒハイエクであり、それゆえその経済的価値が努力によるものであろうと運によるものであろうと再分配の必要はないと考える。一方正義論でおなじみジョンロールズの格差原理では、持てる者は能力を最大限に発揮して再分配などのメカニズムを通して持たざる者が恩恵を受けることによって格差が正当化されると考えられる。実力主義の否定の中でも、人のどの部分を報酬に値すると見るか、何を何に対する報酬と考えるか、などで無数に考え方が分かれることが見て取れる。

    三つ目が、完全な実力主義が正当であったとして、それは良い社会か、代替案はあるか、という点である。実力主義の結果、「勝者」は勝利を自分の力で勝ち取ったという確信のもと思い上がり、敗者を見下す一方、「敗者」は屈辱と怒りを抱き、分断された社会が共通善を蝕む。これは決して理想の社会とは言えない。著者は、大学と職の二つのテーマで今後のあるべき姿について提言をしている。簡単に紹介すると、大学は試験だけでなく運によって合格者を決定すべきである、とか、低収入者に対し金銭的援助をするだけでなく職の尊厳を再獲得させられる社会が理想である、とかそんな内容。

    最終的なまとめとしては、機会の均等は現代社会では非常に重要な課題の一つだけれども、さらにその次の課題として才能や能力によらず全ての人が輝ける寛容な世の中を目指そう、という内容で締められている。



    具体的提言についてはもちろん批判や懸念もあるが、これはそれだけ未来志向での議論をしているという証でもあり、活発な議論を進めていく必要がある。能力のある者(外見の良さなども含む広義の意味)のみが経済的利益や社会的利益を受けることができる点について、進化論になぞらえて「優れた者が生き残る世界だから」とか、資本主義になぞらえて「価値の高い人が多く報酬を受ける仕組みだから」とか、能力を努力に置き換えて「報われるべき選択と努力で獲得した正当な報酬だから」と受け入れて当然視することはあまりにも簡単である。しかし、そこで理性を行使してより正当で理想的な社会を目指すことも可能であり、それこそが人類の文明史であると考えている。それには批判的思考と創造性と寛容性が求められる点で、決して容易な道ではない。しかし、本書のような視点で理想の社会について活発に議論し、そこに向けて行動を進められるような人が増えることを願わずにはいられない。

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