それで君の声はどこにあるんだ? 黒人神学から学んだこと

著者 :
  • 岩波書店
4.13
  • (14)
  • (10)
  • (5)
  • (1)
  • (1)
本棚登録 : 296
感想 : 13
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (222ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000237451

作品紹介・あらすじ

「イエスは黒人なのだ! ブラックパワーは福音だ」黒人神学の泰斗、ジェイムズ・H・コーンに学ぶため、二七歳の筆者はNYにあるユニオン神学校の門を叩いた。教室にさざめいたハレルヤ。ブラック・ライヴズ・マターという仲間たちの叫び。奴隷制以来、四〇〇年に及ぶ苦難の歴史に応答することはできるのか? 魂をゆさぶる言葉の旅。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 著者はNYのユニオン神学校で、ジェイムズ・H・コーンのもと黒人神学を学んだ神学者。黒人神学ってどんなものなのか学べるし、留学記としても興味深く読める。この本を通して著者が読者に分け与えるのは、黒人差別の歴史やBLM運動のあらましといった知識だけでなく、心に降り積もった静かだけど熱い思い。その沁みわたるような語り口から、自分もより善く生きたいという気持ちになった。いずれ発表されるであろう沖縄・伊江島の土地闘争についての本も是非読みたい。

  • 27歳でニューヨークの「ユニオン神学校」に留学し、「黒人解放の神学」の提唱者ジェイムズ・H・コーンに師事した著者が、コーンから学んだことを振り返るエッセイ集である。

    私は黒人神学どころか神学そのものに無知だが、それでも本書には感動した。

    留学記としても、風変わりな青春文学としても楽しめる。が、それだけではない。

    これは、「ブラック・ライヴズ・マター」運動の盛り上がりのなか、その重要拠点となったユニオン神学校に身を置いた著者が書いた、ヴィヴィッドな“現場報告”でもあるのだ。

    「ブラック・ライヴズ・マター」に影響を与えた神学者であったジェイムズ・H・コーンの思い出を通して、あの運動が持つ重い意味も浮き彫りにされていく。

    著者は沖縄の伊江島で、米軍基地を巡る土地闘争の中で「沖縄のガンジー」と呼ばれた阿波根昌鴻に可愛がられて育ったという(阿波根昌鴻が設立した「わびあいの里」で父親が働くため、1989年に家族で伊江島に移住)。

    日本人の著者と「ブラック・ライヴズ・マター」を結ぶのは、伊江島で語り継がれた反米闘争の記憶なのだ。
    そして、幼き日の著者が「おじい」と呼んで慕ったという阿波根昌鴻と、師であるジェイムズ・H・コーンの姿が、おのずとオーバーラップしていく。

    著者の文章が素晴らしい。
    一文一文が詩のように清冽で、心地よいリズムを持ち、メモしておきたいようなカッコいいフレーズも随所にある。

    黒人神学について書かれた書ではあるが、日本人が「ブラック・ライヴズ・マター」を理解するための重要テキストになるだろう。

  •  翻訳家の押野素子さんのツイートや最近聞いている代官山蔦屋書店のポッドキャストで知って読んだ。いわゆるブラックミュージックが好きで、そこには大なり小なりキリスト教の存在がある。それらが全部本著にあるような内容を背景に持つとは言い切れないかもしれないが、音楽における強力なエンパワメント性に対する影響が大いにあるのでは?と思うほど刺激を受けた。そして何よりも著者の読ませる文章の素晴らしさもあいまって自分にとって大切な1冊となった。
     著者がNYにあるユニオン神学校へ留学し、ジェイムズ・H・コーンという神学者から教えを乞うというのが大筋で、エッセイ兼黒人進学の入門書のような構成になっている。黒人神学に対して外様である著者が悪戦苦闘しながら何とか少しでも本質に近づこうとする様が生活の状況含めて描かれておりとても読みやすい。宗教となると身構えてしまうこちらの姿勢を解きほぐしてくれる構成だと思う。キングとマルコムの比較がたくさん出てきたり、キリスト教における土曜日の議論が出てきたり本格的なキリスト教の話ももちろん書かれているのだが学問としてのキリスト教なので少し距離がある。それによって門外漢でもキリスト教の考えについて理解しやすくなっていると思う。そして著者がユニオン神学校で勉強する中で学んだことを通じて吐き出される論考の数々が本当にエンパワメントに溢れていて個人的にはそこに一番やられた。文字通り着の身着のままでNYにきて藁にもすがるような気持ちで勉強に打ち込んでいく、その真摯な姿勢にも胸を打たれた。以下刺さったラインを引用。

    *私たちは様々な境界線を同時に持ち得るし、何よりも刻一刻と変えていくそれらがどのように作用するかは、多分に、私たちと他者との関係性に依存している。そんな関わりあいを通して、私たちは自分が誰であり、誰でないのかを、問われつつ学び、学び捨て、そして学び直していく*

    *スタイル、声とは、自分を追い、自分を待つ歴史との絶え間ない対話から生まれる。それは自分の声でありながら、自分の所有物ではあり得ず、常に関係性の中に存在する。そこにあって真摯に問われなければならないのは、自分は何の後を生きているのか、ということだろう。自分の存在は過去のいかなる連環によって規定されているのか。*

     外様ゆえの苦労も描かれており、コーンから「黒人以外の人間が、黒人の苦労を理解するのは難しい」という自分だったら心折れそうな強烈なことを言われながらも、それを受け止めて自身のルーツへと回帰していく流れも好きだった。足元が大事というのは言われれば分かるけど、やっぱり一度外に意識を向けた後に足元の重要さを認識する方がより気づきが多いと思うから。
     「宗教を信仰する」となると、何かを「信じる」わけだけど、日本ではこの「信じる」ことに対する心理的安全性が極端に低く感じる。なんでもかんでも相対化(悪くいえば冷笑)して距離をおくことは役立つ場面も当然あるが、最近はそれがSNS含め加速しすぎていると思う。それらを押し退けて理想や希望はもっと大きな声で語られるべきだと読んで感じた。そしてそれが「私の声」でありたい。

  • 黒人神学者の元で学んだ日々の回顧録。
    これほど純度を保ってまっすぐ届く言葉には滅多に出会えない。

  • 神学に、あえて「黒人」と冠せなければならない不条理を感じながら読んだ。キング牧師、マルコムX、そして僕には初めての名前だったが、ジェイムズ・H・コーン。彼らの名前を辿って行きたい

  • 文章の熱にアジテートされる。だが作者が知的に誠実なため、ナルシスティックな左翼本、ポリコレ本にはならない。マイノリティに憑依してルサンチマンに溺れたいのに溺れることができない葛藤として読んだ。いま研究しているという沖縄についても結局は同じ越えられない矛盾にぶつかるのではないかと懸念するが、その矛盾に苦しむこと自体が彼の生きる目的なのかもしれないとも思う。

  • 自分のルーツを知り、それが歴史的になにをして、なにをされたのか、一度立ち止まり考えて、自分が今どこに立っているのかを認識しないといけないと思った。

    第5章の「アリマタヤのヨセフ」で著者からヒントをいただいたような気がする。

  • あまり馴染みのない神学の話。
    ちょっと文章に稚拙なところもあるけど、アツい想いは伝わってくる。
    アメリカ社会に対する思いは、いろいろあるのだけれど、考えさせられるものがある。

  • 女子栄養大学図書館OPAC▼ https://opac.eiyo.ac.jp/detail?bbid=2000058098

全13件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1988年、滋賀県に生まれ、沖縄県伊江島で育つ。同志社大学神学部修士課程終了。台湾・長栄大学留学中、神学者C.S.ソンに師事。米・ユニオン神学校S.T.M.卒業。2018年よりノースカロライナ大学チャペルヒル校人類学専攻博士後期課程に在籍。

「2020年 『誰にも言わないと言ったけれど』 で使われていた紹介文から引用しています。」

榎本空の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×