父を焼く――上野英信と筑豊

著者 :
  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000238649

作品紹介・あらすじ

一九五八年、北九州筑豊の地で、職場や地域のサークル運動に大きな影響を与えた『サークル村』が刊行された。谷川雁や森崎和江と共に、この雑誌の中心となったのは、「筑豊文庫」と名付けた自宅を拠点に活動した上野英信(一九二三〜八七)であった。その一人息子である著者が、戦後を代表する記録作家であった英信と彼を支えた母・晴子の思い出、さらには著者の幼い頃からの回想を交えて、筑豊とそこに住む人々を描いた珠玉のエッセイ集。英信の葬儀の時、大量の本を入れたために大変な火葬になった表題作など二七篇を収録。

感想・レビュー・書評

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  • このたびのチリの炭鉱落盤事故救出報道を見ていて、ふと思い出したのが今は昔の日本の炭鉱のことでした。

    私自身は炭鉱というものを実際に見たこともないのですが、真っ黒になって過酷な労働に明け暮れる仕事・職場に対して、私ごときのチャラチャラした格好でいるシティ・ガール(!)が不謹慎かも知れませんが、高校生の頃から長らく憧れの的でした。

    というのも、筑豊で炭鉱労働者の共同体≪サークル村≫を作り、同名の雑誌を発行して詩や散文や評論を発表し、独自の創作・思想を構築した谷川雁や森崎和江や石牟礼道子らの歩みを、憧憬の眼差しでみて読んでいたからです。

    今もそうですが、どうしても単なる知識人の思想は、最新や古典の西洋の思想を切ったり貼ったりして繋ぎ合せたり、ただの机上の空論に陥りがちだったり、それがゆえに現実との乖離が著しく思想の体をなさないものが多すぎるような気がしていました。これが思想ですと提出されているものの多くは、よく頑張りました努力賞をさしあげますというくらいのもので、有効性はほとんどないものが少なくないと思われたのです。

    もちろん彼らは、ただの闖入者にすぎなかったかも知れませんが、それでも温室で気楽に衛生無害なおしゃべりをしているのではなく、あえていばらの道を選んで地に足をつけて本気で取り組む彼らの姿に胸打たれました。

    その中で、一緒にサークル村を結成したのがこの本の著者:上野朱の父の上野英信ですが、亡くなったのが1987年ですからすでに23年も経っていますが、『地の底の笑い話』『骨を噛む』『天皇陛下萬歳・・爆弾三勇士序説』『出ニッポン記』など、どれも彼にしか書けない骨太のドキュメント=記録文学の域を超越した独自のすばらしい創作ですが、私は未知なるこれらの民俗学的世界っぽいといってもいい領域に、完璧に魅了されて一時期没頭したのでした。

    「父を焼く」とは父・上野英信の葬儀のことであり、この本は生活そのもの・生き方すべてをサークル村にかけた父と母の一人息子だった著者が、両親と筑豊の地とサークル村に捧げたオマージュであり、単なる懐かしい回想として書かれただけでなく、私たち遅れて来た知らない世代に対する伝播を企図しているように思われてなりません。

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