パリデギ: 脱北少女の物語

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  • Amazon.co.jp ・本 (263ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000244442

作品紹介・あらすじ

動物や死者の魂の声を聴き取ることのできる不思議な少女・パリ。飢餓に苦しむ北朝鮮を逃れて国境を越えたパリは、家族全員を失いたった一人で世界に投げ出される。行き着いたロンドンは、移民、難民が世界中から吹き寄せられる街。テロや暴力に苦しむ世界中の声が、パリの耳に響く。そこで出会ったのは、パキスタンから来た一人の男…。韓国随一の作家黄〓(せき)瑛は、89年、国禁を犯して北朝鮮に渡り、帰国後五年間、獄に投じられた。その後はパリ、ロンドンに居を移し、世界中を渡り歩いた。「パリデギ」はその経験を踏まえ、移民、難民の側から現代世界の苦しみ、哀しみを描いた小説である。

感想・レビュー・書評

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  • この物語の主人公パリは、幼いときから、犬の声が聞こえるなどの不思議な力を持っていた。そして、フットマッサージ師になってからは、足に触れることで、その人が歩んできた人生が映像となって浮かぶ。でも、この物語には(それが著者の意図だろうが)一人の少女では到底背負い切れない、重いと言うにはあまりにも重い、人間の深遠の闇が次から次に描き出される。

    北朝鮮から逃げ、たどり着いたロンドンで、パリは自分と同じように世界各地から流浪の果てにたどり着いた人たちに出会い、その心を自分の心に映し出す。出身国も肌の色も宗教も人生観も全く違う人たちの心の中は、人間の欲望や裏切り、誹謗中傷、金への執着、嘘などによって自分同様打ちのめされて、今の姿になっていると知る。
    パリは思う。人は見た目ではない、人間の真実はその心の奥底にあるのだと。だからパリは、マッサージで足を柔らかくほぐすと共に、その人の内面を映し取って理解することで心もほぐしていく。

    しかし、まだ若いパリには心の隙(すき)があった。中国にいたとき天涯孤独の自分を親身に世話してくれた“姉さん”が変わり果てた姿で自分に会いに来た。パリは躊躇せずに彼女を自分の家に招き入れ、2人で語り合い、そして彼女を信用し、我が赤子を預けてしまう。人の心を読めるパリが心を読むことをやめて他人に自分の心を預けた結果を、著者は残酷なまでに冷徹に描く。

    そもそも人は人間を、敵と味方(善と悪)と単純にどちらかに分ける傾向にあるのかもしれない。北と南。ムスリムとアメリカ。そしておそらく東側と西側も、アジアと欧米も、パレスチナとイスラエルも。どちらが悪でどちらが善なんてない。あるのは正の部分と負の部分。ちょうど2分の1ずつ。善100%、悪100%どちらもない。だからムスリムが100%悪いなんてのもないし、姉さんが100%善いなんてのもない。
    私たちは神ではないし、人の心を読む力もない。しかしその事実を素直に聞く謙虚さは持つことができるはず。人間の心の真実を読める特殊な力をもつパリですら、人間の負の部分に改めて気付き、それを受け入れざるをえない現実。

    それでも最後の章には、音信不通だった夫が無事に戻り、彼女には新しい生命が宿る。だが著者は、読者が「やっと幸せをつかんだかな」とパリに寄せる期待を断ち切るかのように、最後の最後にも、愚かな人間の行為を彼女の眼前にたたきつける。

    この本では、無邪気な少女の心の動きを追うことで表面上は明るさが保たれているが、その底流には重い鐘の音のようなものが鳴り続けている。まるで私たち人類全員に対して「パリ1人に未来を背負わせるな」と強く警告を発しているよう。だから、人間の心の真相を素直に聞き、清濁ともに受け入れようとする意思のない弱い人間には、この本は劇薬のように効きすぎる。そう思う。

    また日本のふやけた現代小説の数々からは、この韓国人作家の意図に比肩する作品はとてもじゃないが見当たらないと思う。でも小説ではないけど、The Blue Heartsの曲“ラインを越えて”ならば、これと肩を並べられるかな。
    (2012/12/6)

  • 捨て子を意味する「パリ」という名を授かった少女の物語。7人目の娘の出産に絶望した母親により捨てられたが、犬に咥えられて連れ戻され命を救われたという神話的な設定。
    飢饉と政治的弾圧により北朝鮮を逃れた少女は、孤独の身となる。脱北のリアリズム、中国山岳部での家族との死別など、前半の描写は生々しく、息をのむ。
    ロンドンの密入国者の社会を描く後半は、9.11、イラク戦争、アフガン戦争などがもたらす悲劇と、巫女的能力に目覚めたパリの幻視した世界が錯綜する。前半の息つかせぬ展開とは大きく趣を異にし、惹きつけらる。本書が悲劇を描きながら、絶望を思わせないのは、この巫女的空想世界のユーモラスな語り口によるところが大きい。
    東西冷戦後の新秩序に乗り遅れた国の移民たちの集まる集落の物語、というところにやや作為的な雰囲気を感じなくもないけれども、グローバリズムがもたらしている歪みを考える上で、信頼できる一冊を得た印象。

  • 七人姉妹の末っ子のパリは一度は母親に捨てられた。でも、飼い犬のシロが探し出して隠していてくれた。それで祖母がパリを探し出すことができた。そのため、小さいころから祖母とシロが仲良しだった。祖母は不思議なものが見えた。曾祖母が巫女(무당)の家系だった。そしてそれはパリにもあった。共和国はだんだんと食料事情が悪くなり、父親は叔父が南に行ったことを理由に連れていかれてしまった。母や姉たちも連れていかれ、祖母と残ったが、食べるものも無くなり、対岸の中国に渡って朝鮮族の人の家で仕事をしてなんとか食べていっていた。

  • 表紙のかわいさと主人公が脱北少女ということと国禁を犯して北朝鮮に渡った著者というところにひかれて読んだが予想以上に良かった…!名著!

  • パリデギ~捨てられし者~と呼ばれた少女は、
    死者と交流する不思議な能力を持つ。
    赤子のときに助けてくれた祖母、子犬だった時に助けたチルソンは
    死してなお、パリと不思議な交流を続ける。
    舞台は、脱北により中国、ひょうなことからロンドンへの密航と
    物語は大きな広がりを持つ。
    それは同じ名前を持つ伝承の「パリデギ(パリ王女)」が
    艱難辛苦の末、西方の生命水を探すのと同じ。

    不思議な世界と現実と。
    死者の世界以上に、現実の世界のおぞましさに気分が悪くなる。
    地獄は人の心にこそあるもの。
    生きていくことの厳しさを問う作品。

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