- Amazon.co.jp ・本 (144ページ)
- / ISBN・EAN: 9784000296342
作品紹介・あらすじ
眼だけで見ているのではなく、耳だけで聞いているのでも、皮膚だけで触っているのでもない…?人工知能、モノづくりからアートまで、多分野で注目を集めるアフォーダンス理論をわかりやすく解説。ヒトをいわば「知覚システムの束」ととらえ、知性の本質に迫る。ロングセラーに20年ぶりの大改訂を加えた決定版!
感想・レビュー・書評
-
アフォーダンスについて大まかに知ることができた。
詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
kindle unlimitedです。
岩波科学ライブラリー、いいですよね。
アフォーダンスとは物自体に行為をされる性質がある、こんな感じの軽い認識で、ぽっと出てきたある立場、考えだと思っていたのですが、この本を見てかなり長い系譜があるのを知ってさらに興味がわいてきました。
ちょうど直前に『時間は存在しない』を読んでいたので、世界観の共通点が面白かったです。世界を認識する対象は存在するけれども、相互作用することで主観的に世界を構築し始める、という内容の共通点がありました。
もう少し深めて見たいと思います。 -
科学と哲学ってご近所さんなんだなと改めて思う
-
アフォーダンス無知の私も何となくはわかるようになった。
読んでから身近なもので考えるようになったのが楽しい。
アフォーダンス=物から人へ与えられる意味
というところをおさえて、50キロの人と100キロの人が橋を渡れると思うかの例を読むとわかりやすい。
数年後読み直すことになりそうな一冊だった。 -
アフォーダンスを理解したい人は読むべき本
-
《ギブソンの理論の醍醐味の一つが、「局在する精神」、「世界像の構成者としての精神」の存在を認めてきた知覚理論を、実証の力もかりて、土台からくつがえしてみせたところにあることは確かだ。ギブソンの理論に出会ったら、精神が頭や脳のどこかにあり、世界の像がそこでつくられているなどという説明が急速に色あせ、信じられないものになる。そして、いまこのように見えていることの原因を、環境の中に探してみようとしはじめるようになる。他者のなにげない知覚行為が俄然いきいきとしたものに見えはじめる。つまり、世界や人間の行為や精神についての見方が根本的に変わるのである。》(p.132)
-
アメリカの知覚心理学者ジェームズ・J・ギブソンにより提唱された「アフォーダンス」についての入門書,ページ数が少なく元をあたるよりもハードルは低いだろう。デザインの理論としても重要な概念の一つであり,本書で入門して損のない内容だと思う。
-
難しい。
-
読み始めたばかりだが、感覚=知覚でないことを知った。
-
ものを見ると言うことが初めて分かった!
-
感覚というものが単独の感覚器官によって生じるのではなく、環境との相対的なつながりにより発生する、それがアフォーダンス(と、理解した。)。
ひとつひとつの実験や主張についてはなんとなくわかるような気がするが、このアフォーダンスという概念、なかなか言語化が難しいのか読んでいていまひとつ正鵠を得ない印象。
UI・UXの分野ではアフォーダンスという言葉に触れる機会があるが、こういった難しい概念をプラグティカルな領域にまで落とし込んだ先人たちの偉大さに感服する。 -
むずち
ここまでしかかかわれなかった -
新版 アフォーダンス (岩波科学ライブラリー)
ギブソンの言ってることがどうにも腑に落ちず、他の人はどう読んでるのか気になり、佐々木正人。教祖ギブソンに従うだけのつまらんやつ。不満は解消されず、むしろ金魚のフン野郎へのイライラが募ったばかり。雑だし荒いし、、、。ギブソンへの反論はないのか?
やむをえないので、生態学的視覚論を一時中断して、生態学的知覚システムから読み直すかな、、、。 -
表面的なところでしか説明できないなぁ。日常生活と結びつけることや対立する概念を関連づけられれば理解に近づくだろう。夏の課題だな。
-
アフォーダンスの入門編におすすめされたため購入。
2015新版が出たということでタイムリーな内容も含めれ参考になりました。
はじめの内容は少し難しい内容でしたが、読み進めることで理解が深りました。
環境が動物に与え、提供している意味や価値
なんどか読み直す予定です。 -
認知科学というのは言いたいことは分かるが理解が追いつかない。無意識のうちに行っていることを理論で説明しようとしても、その実感が無いため説明を素直に受け入れることができないからである。このアフォーダンスもまさにその典型である。一言で言ってしまえば「自分と環境の関係」であるのだが、これがなかなか難しい。例えば椅子に座っている状態で机の上にあるペンを取ろうとした時に、手を伸ばすだけなのか、腰を浮かすのかの判断をするが、この判断の要因が机の上のペンが持っているアフォーダンスであるという。また、目隠しをした状態で棒を降ったとき、おおよその長さが分かるが、これは棒がもつアフォーダンスらしい。これらが「自分と環境の関係」ということは間違いないと理解できるのだが、それが「アフォーダンス」と言われてもいまいちピンとこない。このあたりが認知科学の難しさなのだろうと思う。しかもこれが単なる机上論でなくすでに実用化されているという。お掃除ロボットの『ルンバ』がそれである。「壁にぶつかったらランダムな方向へ動く」、「段差があったら落ちないように向きを変える」、「バッテリーが切れそうになったら充電器を探して戻る」という一連の動きを地図を持たずに環境を認識して判断しているというのがアフォーダンスの実用例らしいのだが、やはりいまいち理解が追いつかない。
-
ギブソンのアフォーダンス理論について説明した本であるが、あまり一般的であるとはいえない。したがって、卒論でアフォーダンス理論を取り上げる学生にとってだけは読んでおくといい本であろう。