私たちの星で

  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (176ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000612173

感想・レビュー・書評

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  • 作家、梨木香歩さんと、日本人の母とエジプト人の父を持つ文筆家の師岡カリーマ・エルサムニーさんの往復書簡。
    ISが猛威を振るう2016年当時、イスラームについて知りたいと、カリーマさんとの書簡のやり取りを希望した梨木さん。二人の往復書簡は20通に及ぶ。

    イスラームやアラブについて、「付き合いながら合点していく友人の癖や習慣を知るように、絶えざる関心の鍬を持って、深い共感の水脈を目指したい」という梨木さんに対し、カリーマさんは、自身を渡り鳥になぞらえ、「どこにも根を張らない私の身軽さは、裏返せばそのどれにも責任を負わない逃避でもある。」という。

    自身があとがきで述べているように、実はカリーマさん、ちょっとネガティブな考えに陥りがちなんだそう。それをポジティブな特性としてとらえ直す梨木さんの視点が温かい。
    やりとりを続けるうちに、カリーマさんの言葉が生き生きとし、ユーモアを持った深い洞察力が発揮されていく。

    信仰や文化の受容、といった重厚なテーマが話されているものの、二人のやりとりは決して重苦しくない。
    すっきりと晴れた正月の朝にアジア人旅行者と富士山を見た話や、祖母のように慕っていたタタール人の「アブケイ」が作る征服者ロシア風味のタタール料理の話、旅先で知り合ったユダヤ人女性の話など、生活の延長上での出来事について、まるでおしゃべりをしているみたいに話が弾む。

    なにより、二人の文章がとても美しいのである。
    カリーマさんはすっきりと知的で、梨木さんは温かみの感じられる詩的な文章だ。
    まるで詩集を読んでいるような心地よさの中で、二人の言葉が心にしみこんでくる。

    相互理解とは、結局、こういう個人と個人のつながりなのではないだろうか。
    エジプトが、アラブが、イスラームが、といっても、それらを構成するのは一個人で、彼らには独自の性質や生活があり、その中に自然な信仰や国への帰属意識がある。
    個人としての彼らを知ることから異文化への理解や受容が始まるのではないか。

    二人は、「日本はすごいんだ!」と声高に叫ぶ昨今の日本社会、ムスリムの、特に女性に対する画一性を求める動きは、「西洋的価値観を絶対視するグローバル化に反撥し、対抗する形で生まれた」歪んだ価値観ではないか、と分析する。
    本来の愛国心や信仰心は、もっと個人的で自然発生的なもののはずなのに。
    「アイデンティティにコミットするということは『ごめんね』と言える覚悟が決まっているということ」というカリーマさんの言葉が印象的だ。

    知らないことがたくさんある。もっといろいろな地域のことを知りたい、訪れたい。いろいろな人に会って話をしてみたいと思う。

  • 作家の梨木香歩さんと、エジプト人の父と日本人の母を持つ文筆家の師岡カリーマ・エルサムニーさんの往復書簡。
    20通の手紙の中で、互いをの生い立ちや経験、思考や信仰を尊重しあう、彼女たちのしなやかで知的でおおらかなまなざしが満ちているように感じます。

    「カリーマ」「香歩さん」という呼びかけが、とても優しくて、読みながらじんわりと胸が温かくなりました。
    豊かな心の在り方のヒントにたくさん出会えたのですが、特に印象に残ったのは「寛容」「寛大さ」というキーワードです。
    寛容を鍛えて、洗練させていく。
    互いに異なるということを恐れないために。
    また心に刻むべき教えが1つ増えました。

  • キッカケはアラビアン・エッセイを読みたいという思いからだった。
    まさか梨木香歩との往復書簡がヒットするとは思わなかったけれど。

    カリーマさんが述べる「根無し草」の申し訳なさと、梨木さんが「そんなことないよ」と言葉を返すやり取りが、序盤で繰り返されるのが印象的だった。

    たとえば、日本人として海外の活躍さえ一括りにし、殊更に「日本らしさ」をPRしなくてはいられない、そんな危うさに梨木さんは眉をひそめ。
    それに対しカリーマさんが「話しにくいテーマ」だと、一歩下がるような。

    その人が何に対してアイデンティティを見出すかという問題?の答えは、もしかすると、とても狭いものなんだろうか。

    私は、カリーマさんのように「私事」として語ることに慎重になる、言葉を選ぶ、そういう姿って素敵だなと思う。

    宗教であっても、家であっても。

    あとがきに、人は白紙で生まれることで選択の余地を得るという言葉が書かれていたが、なるほどと思うのだ。

    ただし、こうも思う。
    命を賭して切り開いてきた歴史の矢印の先に立つからには、それまでの傷を全て背負わなければならない、そんな責任がやはり存在するのだろうか?

    それもきっと私にとっては「話しにくいテーマ」なんだろう。

  • 今、熱くなってる人たちに読ませたいなぁ、、、

    岩波書店のPR
    ムスリムのタクシー運転手や厳格な父を持つユダヤ人作家との出会い,カンボジアの遺跡を「守る」異形の樹々,かつて正教会の建物だったトルコのモスク,アラビア語で語りかける富士山,南九州に息づく古語や大陸との交流の名残…….端正な作品で知られる作家と多文化を生きる類い稀なる文筆家との邂逅から生まれた,人間の原点に迫る対話.
    https://www.iwanami.co.jp/book/b309270.html

  • 大好きな本。
    一語一句味わいたくて、わざとゆっくり読んだ。
    最後のカリーマさんからの手紙で、ポロポロと涙がこぼれてきた。心のもやもやがほぐれていく本だった。
    何度でも読み返したい。

  • 梨木香歩さんと、諸岡カリーマ・エルサムニーさんの往復書簡。数々の人気小説を柔らかいタッチで書き続けてきた梨木香歩さんは、実はエッセイもなかなかイケる人。「春になったら苺を摘みに」のエッセイのころからわかるように、異文化や宗教への感度の高い方です。一方カリーマさんは、半分アラブ人でエジプト育ちのムスリムの女性。翻訳家としてや、大学での教鞭、テレビのアラビア語講座等で活躍してる、非常に稀有なバックグラウンドをもち、豊かな感性と知性を持ち合わせている方。この二人がイスラームやナショナリズムや異文化共存について、率直で優しくて深い対話を重ねます。なんという贅沢。

    ー 何か道があるはずだと思うのです。自分自身が侵食されず、歪んだナショナリズムにも陥らない「世界への向き合い方」のようなものが、私たちの日常レベルで。(梨木香歩)ー

    カリーマさんの文章は知性に溢れ何度も読み返したくなります。梨木香歩さんの文章は、声に出して読みたくなるリズムとタッチで、実際はじめの章は音読してしまいました。

    時は2016年。アラブの春やらISやらテロやら国会議事堂前デモなど、思いかえすと世界も日本も不穏な空気がただよい、そこここに噴出する妙なナショナリズムに世間が戸惑っていた時期でした。四年後の今や、誰も予想だにしなかった感染症で各国混乱、もはや、やや偏りのあるナショナリズムは規定路線のよう。ムスリムやハラルや彼らの礼拝習慣については、当時よりも世間の知識は高まったように思うけども、果たして世界は平和的共存に歩みを進められているのか。

  • 石牟礼道子さんを
    想い起してしまった
    人も
    海も
    山も
    自然も
    それはそれとして
    すんなり受け止めて
    自分も自然の一部分に
    過ぎない
    だからこそ
    唯一無二の存在として
    人も我も
    大事にされなければならない

    人種だとか
    民族だとか
    宗教だとか
    国だとか
    そんなものを
    遥かに超える
    ものが確かに在る

    梨木香歩さん
    師岡カリーマ・エルサムニーさん
    のお二人の間の
    やり取りであるからこそ
    自ずと
    滲み出てくるもの
    なのでしょう

    梨木香歩さんの「あとがき」の中の一節で
    ー(心を震わせるような出来事があった時)
    あのひとがなんというか聞きたい、
    と思える大切な友人が増えることは、
    なんとひとを豊かな思いにすることだろう。

    と綴っておられることに心震えました。


    追記
    〽あたまを雲の 上に出し
     四方の山を 見守りて
     かみなりさまは 下で鳴る
     富士は 日本晴れの山


    上でも下でもない
    右でも左でもない
    一人の個人として
    立っておられる
    梨木香歩さんの替え歌には
    まったく そのとおーり

    • MOTOさん
      羨ましいな。用事とか報告以外の話を延々(永遠でも可)出来る友人の存在って、何より大切な宝者って気がします。(^^;
      羨ましいな。用事とか報告以外の話を延々(永遠でも可)出来る友人の存在って、何より大切な宝者って気がします。(^^;
      2018/03/12
    • kaze229さん
      ほんとうに! おっしゃるとおり!
      ホウ・レン・ソウだけが何より大事だとされている関係ではない、
      そんな人とちゃんと繋がっている、
      だか...
      ほんとうに! おっしゃるとおり!
      ホウ・レン・ソウだけが何より大事だとされている関係ではない、
      そんな人とちゃんと繋がっている、
      だから人は豊かに生きていけるのでしようね
      2018/03/13
  • 著者2人が、イスラム教や今の日本の状況、世界で触れ合った人々について、わかりやすく率直に表現している往復書簡本。
    とてもポジティブな気持ちになれます。

    お互いの気持ちを思い合いながら書かれているので、読んでいるこちらまで、とても素直な気持ちになり、2人の言葉が心にスッと入ってきます。

    読むごとに、私の考えや想像力も、空を舞うように、土に水が染み込んでいくように、豊かに広がっていく感じがして、とても素晴らしい読書体験が出来ました。

    宗教ってどうなんだろう?と漠然と考えている人や、世界のこれからに悲観的な思いがある人に、それ以外の全ての人にも、是非オススメの一冊です。

  • 初読。図書館。往復書簡。選び抜かれた言葉で心の底にある思いを真っ直ぐに届けあう幸福。そしてそれが読者にも開かれている幸運。この時代を生きていくためにどのような個人であるべきなのか。示唆に富むやり取りの中から勇気づけられる光の道筋を探し当てることができる気がする。

  • ひとめ表紙を見たときの予感を外さず、いい本だった。往復書簡という体裁をとって梨木香歩さんと諸岡カリーマ・エルサムニーさんが交わした対談。梨木香歩さんは「家守綺譚」「西の魔女が死んだ」などの文学作品や、自然と人の暮らしを語るみずみずしいエッセイを綴る作家。諸岡さんはエジプトと日本のダブルで、幼少時には日本で暮らし、高等教育をカイロとロンドンで受けて、現在は日本でアラビア語教師をされつつ、翻訳やコラムを手がけておられる方。個人と集団への帰属意識、アイデンティティの問題、歴史と異文化同士の衝突と融合、信仰と暮らしといったテーマを扱いながらも、そこで語られているのは常に、ひとりひとりの人と人との関わりのあり方について。”それぞれの「寛容」を鍛え抜き、洗練された寛容にしていくこと。””その人の信仰故にあるべき姿を基準にその人の行いを裁くのは、必ずしもフェアではないということ。”自分がいま持っていない視点、に触れてものを考えることが好きな方には、ぜひおすすめしたい。

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著者プロフィール

1959年生まれ。小説作品に『西の魔女が死んだ 梨木香歩作品集』『丹生都比売 梨木香歩作品集』『裏庭』『沼地のある森を抜けて』『家守綺譚』『冬虫夏草』『ピスタチオ』『海うそ』『f植物園の巣穴』『椿宿の辺りに』など。エッセイに『春になったら莓を摘みに』『水辺にて』『エストニア紀行』『鳥と雲と薬草袋』『やがて満ちてくる光の』など。他に『岸辺のヤービ』『ヤービの深い秋』がある。

「2020年 『風と双眼鏡、膝掛け毛布』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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