時の旅人 (岩波少年文庫 531)

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  • / ISBN・EAN: 9784001145311

感想・レビュー・書評

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  • イギリス児童文学の豊かさを存分に味わえる名作。
    多分1940年位のロンドンで暮らすペネロピーは、転地療養で、姉兄と共に、ダービーシャーにある母の実家のサッカーズ屋敷で大叔母、大おじとしばらく暮らすことになる。ペネロピーは、母方の祖母の血を強く受け継ぎ、過去の人物を見ることがあったが、サッカーズ屋敷に暮らすうち、屋敷の持つ歴史の記憶に感応して、1528年、領主アンソニー・バビントンがメアリー・スチュアートを救出する策を練っていた時代を行き来するようになる。
    ポイントは、メアリー・スチュアートがどうなるかは(アンソニー・バビントンのことは、私の記憶にはなかったのだが)皆知っていること。もちろん、ペネロピーだって知っている。
    歴史的事実から言えば、アンソニーはエリザベス一世の王位を転覆させようとした罪で処刑され、メアリー・スチュアートも処刑される。
    例えば、男の作家だったら、もっとガチガチのSFファンタジー、あるいは歴史ものにしたのではないかと思うが、アトリーは、あくまでペネロピーの感じたこと考えたことを丁寧に描いている。
    ストーリーは十分に面白いが読みどころはそこだけではない。
    岩波少年文庫にしては厚いが、この厚さは例えばタイムパラドックスなどの理論や、歴史上の人物やその人間関係の描写に充てられてはいない。
    日常のディテールが描かれているのだ。1940年代と1582年、1584年のサッカーズ屋敷がどんなところであったか、目に見えるように描かれている。台所で女達がどんな風に食事の支度をしていたか。庭師達がどんな思いで花や草木の手入れをしていたか。農夫がどんな風に働いていたのか。領主一家が何を身に着け何を食べ、何を楽しみにしていたか、苦しんでいたか。ここが、基本のストーリーと絡みながら(なぜならペネロピーはサッカーズ屋敷の家事を担っていた女性の子孫であり、家事や手仕事の繊細さ奥深さ、魅力を知っていたから)進むので、サクサクッと筋が知りたい人には向くまい。むしろこのディテールを楽しめる人が、本当にこの本を堪能できる読者であろう。そして、それはやっぱり女性の方が多いんじゃないかと思う。
    少年文庫で中学生以上とあるが、イマドキの中学生がこのディテールを楽しめるかというと、難しいんじゃないかと思う。むしろ、人生半分過ぎたくらいの大人の方が楽しめるのではないか。
    初めてタイムトラベルする時のペネロピーは、おそらく12歳くらい。まだ子どもっぽいところもある。しかし、2回目は14歳くらいで、大人の世界の入口に立ち、恋も知る年頃。この設定がとても上手い。もっと幼けれぱここまで人間関係に入れないし、ハイティーンでは16世紀にはもう大人。14歳くらいだと、16世紀ならもうすぐ大人、という扱いで、ちょうどいい。
    それにしても、暮らしの描写、本当に素晴らしい。焼きジャガイモをオーブンで焼いて、二つに割って、塩をふりかけ、バターとクリームを入れてスプーンで食べる。「茶色く焼けたぱりぱりの皮まで食べました。」(p54)
    クルマバソウとヨモギギクで香りをつけたリネン、食料部屋、ハーブガーデン、何もかもうっとりする。
    もちろん、物語も素晴らしいし、終わり方がまた良い。
    口はきけないが、特殊な能力を持つジュードという少年は、自閉症のような気がする。
    至福の読書時間。

  • さすがのアトリー。ハーブの匂いや乾草の香り、教会の鐘の音など、実際に体験しているかのように感じられる情景描写が美しい。
    スコットランド女王メアリーの処刑に関する史実に基づいて書かれた話を、土の匂いのする生活感あふれる地元の人たちとの様子とともに描いており、実際にあったことなのだ、という感慨が湧く。
    それと同時にイギリスのフェアリーテイルのような時空を行き来する描写が、ナチュラル。
    歴史として知っていることをどうにもできない切なさの残る作品。

  • 先輩司書さんおすすめ。

    時を超える話は混乱しやすく苦手意識がありましたが、もともと外国の田舎暮らしへの憧れがあるせいか、暮らしの様子が生き生きと丁寧に描かれているだけでも十分でした。
    歴史を知らなくてもフィクションとして読んでもいいと思いますし、これを読んで歴史に興味を持つのもありかと思います。

    読書好きの子なら、小学校5年生ぐらいから手にとってほしいです。

    • workmaさん
      こんにちは。はじめまして。workmaと申します(*^_^*)

      『時の旅人』、有名な物語で気になりつつまだ読んでません。今度、図書館で借り...
      こんにちは。はじめまして。workmaと申します(*^_^*)

      『時の旅人』、有名な物語で気になりつつまだ読んでません。今度、図書館で借りようと思いました。
       イギリス系のタイムトラベル系、結構好きな方でして、ジョーン・G・ロビンソン著『思い出のマーニー』

      フィリパ・ピアス著『トムは真夜中の庭で』
      は、とても好みの物語でした。
      2023/12/28
    • alouette18さん
      workmaさんこんにちは。
      コメントありがとうございます。『時の旅人』、ぜひ読んでみてくださいね。

      『思い出のマーニー』も『トムは真夜中...
      workmaさんこんにちは。
      コメントありがとうございます。『時の旅人』、ぜひ読んでみてくださいね。

      『思い出のマーニー』も『トムは真夜中の庭で』も名作ですね。

      フィリパ・ピアスなら、『まぼろしの白い犬』が私は1番好きです。
      2024/01/04
    • workmaさん
      まぼろしの白い犬、まだ読んでいませんので、これから読む本が増えてきて楽しみです(^^)
      おすすめをありがとうございました(*^^*)
      まぼろしの白い犬、まだ読んでいませんので、これから読む本が増えてきて楽しみです(^^)
      おすすめをありがとうございました(*^^*)
      2024/01/04
  • とてもよいお話だった。舞台はイギリスで、療養のために、母方の田舎の農場サッカースに滞在することになったペネロピーが、16世紀当時のサッカースと現在とを行き来する「時の旅人」になるお話。歴史上の大事件も絡んできて、なかなか読みごたえがあった。美味しそうな食べ物や、ドレスや室内装飾、豊かな自然の描写は「大きな森の小さな家」シリーズを彷彿させるが、あちらはフロンティア精神満載で、こちらは時を隔てた同じ場所で、大きく変化したものもあれば、変わらないものも確かにあると噛みしめれられるような感触を受けた。どちらもよいと思う。

    特に印象に残ったのが、昔のサッカースの領主の母親が、ペネロピーに本を見せながら、つづりは人それぞれ、好きな文字を選ぶ、と説明しているところ。これは当時当たり前のことだったのだろうか。だとしたら、とても自由で豊かだなあ。皆同じ文字で同じつづりで書けば、確かに分かりやすいけれど、例えば自分の名前もその時々で好きな漢字を使ったり、少しぐらい音を変えて書いてみることができるとしたら、楽しいだろうなあ、とワクワクした。

  • ペネロピーは静養のため、田舎の古い屋敷に住んでいる大おばさんのところに行く。
    <時>の壁を越えて、16世紀にその屋敷に住んでいた人たちと交流する。
    イギリス人が、古いものを大切にする訳がわかったような気がした。それには、遠い昔にそれを使った人がいて、その気配が息づいているからかな…

  • 再読。じっくり読んだので時間がかかった。
    スコットランド女王メアリにまつわる歴史的な事件の悲劇的な結末が分かっていながら、現にその事件の渦中にいる親しい人たちのなかで過ごす辛さとか、とうとう別れの時がやってきて、現在の世界のことが煩わしく思える場面とか、ぐーっと引き込まれた。

  • ふとしたことから、16世紀の荘園に迷い込んだ主人公ペネロピー。彼女はそこで繰り広げられる王位継承権にまつわる事件に巻き込まれることになる。
    ペネロピ―と共に自分も時を越えているような気がしてくる。そして・・・過ぎてしまった時を変えることが出来ないとわかってはいるのに、それでも変えたいと願ってしまう。会えないとわかっているのに、また会いたいと願ってしまう・・・。
    美しい風景が余計に切なくなった。

  • 子どもよりも大人が読んで味わいのある作品だと思う。
    主人公のペネロピーが現在から300年前の過去へと、すーっと入っていく描写が読んでいてドキドキしました。
    歴史の結末を知っているけれど、彼女には変えることができず、ただサッカーズに暮らした人々をそばで見守ることしかできなかったのがもの悲しい。
    スコットランドの女王に心奪われた夫を止まらせる事もできず、お腹の子の未来を祈るしかできない若い奥方が、可哀想でした。
    はじめは囚われた女王の奪還に燃え上がる兄を理解できないと言っていた弟も、2年後には兄と一緒になって、トンネルを掘る姿が破滅へと歩いていくようで、結末を知っていると何とも悲しい気持ちになりました。

  • 珠玉の物語。
    五感を通して物語の世界を味わった。読みながら、広々と開けた緑の田園風景を目の前に浮かべ、教会の鐘の音を聞き、ハーブの香りを鼻一杯に嗅ぎ… 「ペネロピ―!」と呼びかけるみんなの声が耳に残った。
    描かれている世界は繊細で美しく、生き生きとして、そして物悲しい。いつまでもこの世界にとどまっていたい気持ちになる。

    今のこの時は、幾世代もの営みが積み重なった結果。荘園屋敷にも農場にも、いたるところに幾世代もの人々の営み、思いが刻み込まれている。何人ものペネロピ―がその空気のなかで育まれてきた。この土地に結びついて生きることで、生きる底力を得ていく。
    故郷を持たず、世代をこえて受け継ぐ記憶も持たない私は、生命力の弱いみなしごだ。

    読み終わっても、いつまでも余韻に浸っていたい気持ちになる物語だ。

  • 久しぶりにすごくよかった。過去は変えられないという事実の残酷さと、主人公がその過去をどれだけ思っているかと、田舎の風景が合わさって、静かに悲しく胸にしみいる。

著者プロフィール

アリソン・アトリー 1884年、イギリスのダービシャー州の古い農場に生まれる。広い野原や森で小動物とともにすごした少女時代の体験をもとに、多くの物語やエッセーを書いた。日本語に翻訳された作品に『グレイ・ラビットのおはなし』『時の旅人』(以上岩波書店)、『チム・ラビットのおはなし』(童心社)、「おめでたこぶた」シリーズ、『むぎばたけ』『クリスマスのちいさなおくりもの』『ちゃいろいつつみがみのはなし』(以上福音館書店)など多数。1976年没。

「2020年 『はりねずみともぐらのふうせんりょこう』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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