- Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
- / ISBN・EAN: 9784001146080
作品紹介・あらすじ
バーニーはごくふつうの少年。ところが大叔父の死んだ日から、幽霊のような男の子を見たり、奇妙な声を聞いたりするようになる。日ごとに近づく足音の正体とは?パニックに追いこまれていくバーニー一家をミステリータッチで描く。中学以上。
感想・レビュー・書評
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(あらすじ)
バーニーは本当の母を覚えていない。彼を産んだ時に亡くなってしまった。でも一年前に父と再婚したクレアは大好きで、クレアこそ本当のおかあさんだと思っている。バーニーには無口な長姉のトロイと四六時中喋ってる次姉のタビサがいる。そしてクレアのお腹の中には赤ちゃんも。
バーナビー大叔父さんが亡くなってから、バーニーの身の回りで不思議な事が起こるようになる。何処からか自分に話しかける声が聞こえる。姿は見えない。ある時は紙の上にひとりでに文字が書かれる。青いビロードの服を着た男の子の幻想が現れる。
バーニー一家がバーナビー大叔父さんのお悔やみにおじいちゃんの家に行った時、青いビロードの服を着た男の子の写真を発見する。それは随分昔に亡くなったコール大叔父さんで、コール大叔父さんの話題は一族の中で話してはならない事柄だった。
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ホラーとファンタジーの違い、それはある対象に対して周りの人々の反応の違いなのじゃないかと思う。例えば、幽霊を見た人がそれを怖がってしまったらホラー。幽霊と友達になって仲良く遊べばファンタジー。
私ももともとファンタジー体質なのか、オカルト映画を見てもあまり怖く感じないのですよ。
このお話はホラーっぽく始まって、ファンタジーっぽく終わる。だから結果ファンタジーなんでしょううね。そして詰まる所家族愛の物語。
[国際アンデルセン賞受賞作家 26/35]詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
読書会のお題につき。
_何の前ぶれもなく、ごくふつうの金曜日に、バーニーは、世界が傾いて、どちらを向いても足もとの地面がどんどん下り坂になってしまうような気がした。そしてまた幽霊が自分にとりつこうとしていることがわかった。_
どうやら、この子には小さなころから空想のカマキリやブーンブーンやユウレイたちが見えていたようだ。久しぶりにそれが帰ってきた。。
バーニーは8歳の男の子。父親と姉ふたり、そして新しいお母さんのクレアと暮らしている。バーニーはほんとうのお母さんを覚えていない。自分を産んだ時に死んでしまったのだ。
この、いわゆる新しい母親と少年がとても上手くやっているという設定に驚きました。大抵のYA文学では、子どもは本当の親の方に心があり、継母には心を開かないものというイメージがありました。
てもバーニーにとってはクレアが家にやってきたことは素晴らしいことで、母親代わりの彼女の存在を喜んでいるし、クレアも素晴らしい女性で、まだ1年ほどだけれども、この家の本当の家族になろうと素敵に振舞っている。
バーニーにはいま、レースの襟の付いた、古風な青いビロードの服を着た男の子が見えてくる。「バーナビーが死んだ!ぼくはとってもさびしくなるよ。」
とその男の子の声がする。バーナビーとは、バーニーの正式名だ。
そしてこの日決定的な事が起きる。
家に帰ると、ひとつ上の姉タビサが、
「あたしたち 喪にふくすのよ」
という。お腹に赤ちゃんのいるクレアを案じて「まさかクレア?」と心配するバーニーに
「バーナビー大叔父さんよ、スカラー家の(亡くなった母方の)」
バーナビー?
あの声が聞こえる、そてバーニーは気を失う。
怖いけれどかわいいのが、小説家志望のタビサは、気絶した弟への好奇心でいっぱいってところ。かつ、姉としての優しさも持ち合わせてる最高のキャラクター。
子どもたちはスカラー家の親戚へお悔やみの挨拶に出かけることになる。
スカラー家のおじいさんおばあさんはともかく、ひいおばあさんが子ども達には苦手な存在。タビサいわく
「ひいおばあさんに会いに行くのって、魔法は使えなくなったけど、意地悪なところはそのままの魔女に会いにいくみたいなもん」だそう。
スカラーのひいおばあさんには4人の子どもがいるが、つまりおじいさん以外に3人の大叔父がいた。ガイ大叔父さん、アルベリック大叔父さん、亡くなったバーナビー大叔父さん、そしてもう一人この一家から忘れられているコール大叔父…幽霊の正体はこの人のようなのだ。
しかし、この人たちと関わっていくうちに幽霊のように足音に取り憑かれる謎が解けてゆく…というお話し。
バーニーのお父さんはいかにも典型的な現代の父親。仕事が忙しくて家のことはクレアに任せっきり。そして、もう1人の姉、13歳のトロイ。彼女から見たこの一家はどうなのだろう?ほんとうの母親を覚えているトロイにとって、クレアの存在は?
河合隼雄さんは、『児童文学の世界』の中で
この物語の本質が8歳の男の子の内面よりも、13歳の少女の内界の方により深く関係しているように感じられる。と仰っています!
ここに魔法が入ってくるんだけど、魔法の在り方が現代的というか、魔法使いが生活の中に身を隠している感じが普通のファンタジーとは違っておもしろいのです。そして魔法使いは誰なのか、というのもミステリーチックで読ませるのでしょう。
どちらかと言うと細やかな情景描写を描くよりも、人間を描いている作品でした。
つまり、私の好きな要素は少ないけれど、人間関係の描写が素晴らしいのでとてもおもしろかった…というのがザクっとしたわたくしの感想です。はい。
でもストーリーテリングが素晴らしいので、ふた晩で読み終えてしまいましたよ。こういう名作に出会えるのは読読会ならでは、でした。 -
児童書なのですが、大人にも読みごたえ十分で満足度高かったです。ある幽霊の声が聞こえるようになってしまった主人公のバーニーと、その家族のお話です。登場人物の誰一人として嫌な人間が出てこない(頑ななひいおばあさんはいますが、悪い人ではない)ので、安心して読み進めることができます。
挿絵がなくてとっつきにくく感じるかもしれませんが、会話のテンポがよくてすごく読みやすい。相当考え抜いた訳なんだろうなと想像しています。
家族の会話がすごくいい。細かいことを言うと、中学生くらいの子供がこんなにうまく伝えたいことを言葉で表現できるものかなと疑問も沸きますが、この会話の内容が話の肝でもあります。
我が家もこういう会話のできる家族だったら良かったな、なんてちょっと思ってしまったり。
人と人との距離が気持ちいいです。家族をはじめ、人間関係はこのくらいの距離感が理想的なんじゃないでしょうか。
ミステリー調でありながら、家族それぞれの心の問題を癒していくあたたかな物語でした。 -
とはいえ、この人物には恐ろしいところがあった。それは握りこぶしを思わせる何かだった。世界にたいして開かれているべきだったのに、逆にコールのなかで固く包みこまれ、握りしめられているのだ。のびのびと育つべきだった何かが、この魔力を持つ人物、フクロウの眼をした魔術師のなかで成長を止められてしまっていた。(P166)
ニュージーランドの作家、マーガレット・マーヒーの作品を読むのは、これで2作目。魔法使いの血筋に生まれたらしい男の子のもとへ、おなじく魔法を使える大叔父が迫ってくる、という物語。
筋立てとしてはそういうものなのだけれど、ここで書かれた「魔法」は、ほかのなにかに置き換え可能で、たとえばそれは家族からの呪縛だったりする。こうあるべき、といった思念のもとに環境を構築されていけば、そこから抜け出すのは難しくなる。
子供は親の「やりなおし」の道具でないことは重々承知なんだけど、実際、そういう側面はあるわけで。
児童書のカテゴリだろうからか、物語としてはややこぢんまりとした印象もある。ここに登場した主要人物がもっと壮大な話に巻き込まれていったり、引き起こしたりする本編がべつに存在していて、その本編のためのプリクエールがこちら、とでもいうような。