- Amazon.co.jp ・本 (216ページ)
- / ISBN・EAN: 9784003311905
感想・レビュー・書評
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(01)
「地理学考」が3年後に「地人論」となって改題,再販されたという事情も興味深い.文庫版解説によると,さらに20年後に全集にむけ,訂正と校正の作業が著者自身によってなされていたが,その成果は全集には録されていない.
大陸の形と配置,山脈や湾の方向性など地理的なかたち(*02)を歴史に接続し,東洋や日本の天職にまで話題は及ぶ.
日本を蜻蛉州と「とんぼ」に見立てた古代の隠喩を卓見とし,著者はその呼称を愛している.その明治後期の日本の現在性を軸に,現代から眺めると,歴史からやや無理筋へと大まかに類推し,未来のあるべき「地理」を「摂理」と「意匠」の関係のなかに提案している.あくまで地政学的な地理であるが,そもそも近代地理学の成立にあたっては政治的な経緯が織り交ぜられていたという理解も本書から読むこともできそうである.
(02)
パンゲアや大陸移動説からプレートテクトニクスへと連なる理論以前に著されているが,その理解に先立つ大西洋両岸のかたちの付合や,緯度方向と経度方向への人類学的な移動速度の違いを指摘したジャレッドを予感させるような,山脈の東西方向と南北方向が人類の交流や移動に及ぼす決定的な素因に本書は触れられている.こうした指摘は,当時の地理書からの影響も考えられる.
志賀の「日本風景論」や和辻の「風土」との関連も仮定されてよいだろう.詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
まず目次から。
第1章 地理学研究の目的
第2章 地理学と歴史 その1 総論
第3章 地理学と歴史 その2
第4章 地理学と摂理
第5章 亜細亜論
第6章 欧羅巴論 各論
第7章 亜米利加論
第8章 東洋論
第9章 日本の地理とその天職 結論
第10章 南三大陸
一応,一般的には第1章から第4章までが総論,第5章から第8章までが各論,第9章と第10章が結論とされる。しかし,その第1章から続く論理は明確で,一見第10章の配置に疑問がわくが,読んでみるとすっきり理解できる。
本書は明治27(1894)年に『地理学考』の書名で出版されたもので,地理学書である。3年後に『地人論』と改名されたが,本文にほぼ変わりはない。よく知られているように,またこの読書ノートでも彼の伝記を紹介したように,内村鑑三はキリスト教の伝道者として生涯活動した人物。札幌農学校時代には水産学を志したが,地理学に関する書物は本書のみである。
しかし,農業経済学を志すなかで地理学にも大いに関心を示していた新渡戸稲造は内村と農学校の同期であるし,同じ農学校の後輩としてはやはり地理学書として書かれた『日本風景論』の志賀重昂がいる。また,この二人と関係する人物としては『人生地理学』を書いた牧口常三郎(創価学会創始者の一人)もいたりして,国粋主義が流行(?)するなかで,日本のナショナリズムと地理学というのは強く関係していたといえる。
そんななかでも,例えば福澤諭吉『世界国尽』などが地理的知識の羅列でそれを丸暗記させようという書き方であり,志賀重昂『日本風景論』が英文書の無断翻訳を一部に含むのに対し,内村の『地人論』は参照文献への忠実な言及と,読書で得た知識を自分なりに咀嚼して,また彼の本職であるキリスト教の教義に従った一貫した論理で構成された著書となっており,非常に魅力的な書である。
本書には近代地理学の創始者の一人として有名なドイツのカール・リッター(本書中の表記はリッテル)も登場する。リッターの著作はほとんど日本語になっていない(手塚 章編訳『地理学の古典』に一部あり)ので,その全貌は精確には分からないが,教科書的には「神学的目的論」を含むものだと習う。内村の地理学を読んで,まさにそんな感じがした。「摂理」や「天職」などという言葉を用い,神が造った地球上で,また神が造った人間が,その地球上で地方によって異なる自然環境に応じて,そこに住む人間が与えられた天職を全うし,歴史のなかでその役割を果たし,将来的に地球が完全形に向かうという物語が本書に描かれる。
その内容は,確かに1942年版の岩波文庫に解説を寄せた鈴木俊郎が「地政学」と呼ぶのに相応しいし,また現代の地理学的ベストセラーであるジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』のように,大陸の形状や海岸線,山脈の方向や大河の流れなどから人類を大陸別の性格に分けるという大胆な試みは人種差別の危険性すら孕む,ある意味で環境決定論でもある。
まあ,それは時代的な制約だとしても魅力的な地理学書であることは変わりない。 -
「之を無限大の空間に比すれば...」地理学や社会科学のみならず、すべての学問の基盤となる一冊だと思う。