- Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
- / ISBN・EAN: 9784022735645
感想・レビュー・書評
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企業ではSNS疲れの大作として顧客の生の声を聴くのはいいが、その場で苦情は受け付けない。顧客には媚びない。
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SNS疲れとか言われて久しいが、それが何に起因しているのか、その結果、世の中がどちらに向かっていくのかなど。学生を相手にしていれば、そういうこともあるだろう。確かに、「いいね」しかないFacebook、スタンプという文字のないコミュニケーションは、相互のコミュニケーションとは言い難いところはある。
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ツイッター、フェイスブック、LINE当のSNSは生活に深く浸透しているが、その息苦しさ・気持ち悪さを論じた本。
自分自身を考えても、そもそも何のためにどうしたくてやっているのか、解らなくなっているのが現状ではないだろうか。
ネット上でのつながりを求めて参加するものの、その反対にある悪意や炎上、リスク等について分析を試みていて、納得できる点は多い。
しかし、そのSNSが変えつつある人間関係についての今後の展望については、こうあるべき、こう進むべきとの提示はなかなか難しいと思われる。 -
ツイッターをやめたいのにやめられない学生。同僚のつぶやきを深く考え過ぎてSNS疲れするOL。ブログに書くために3万円のディナーに出かけるネタ消費。SNS上では正義の味方になり、他人のルール違反に過剰な攻撃を加える人。紙に書いていた世代に比べ、文字制限のあるSNSが普及したネット世代では思考がスカスカになっていく恐れがあるという指摘。。。
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ソーシャルメディアの使い方について、何が気持ち悪いのか書かれている本。
個人的には、ソーシャルメディアの使い方については、きっと人それぞれです。とは言え、新しいものが出てきた時には時代に対応した考え方が必要になってくると思います。そうした考え方をまずは大人が大人として高めていくことが重要です。それを周りの人(子供を含めて)とも共有することが大事だと思います。
ブログはこちら。
http://blog.livedoor.jp/oda1979/archives/4721112.html -
SNSの大衆化により、単純化が進行。
物事を深く考えず、レッテル貼りをし、炎上させる。
梅崎健理さんの持つ危機感と同じ。
劣化する日本人も読んでみよう。 -
粗製濫造以外の何物ではない本。のっけから著者が広めた「新型うつ病」バッシングを行いつつ、ソーシャル・ネットワーキング・サービスの「問題点」を列挙するものの、ほとんど自分が「違和感を覚える」事例を「日本人の本質が変わった/変わりつつある」と述べるだけの代物であり、一般的な問題としての広がりを決して持つことはない、ただの空疎な世代論になっている。しかも知り合いから聞いた話などすら”論拠”になってしまっている体たらくである。
援用されている資料もせいぜい荻上チキ『ネット炎上』くらいであり(同書は悪い資料ではないが、それでも新書一冊だけ、というのは余りにも調査不足ではないか)、議論にしても正高信男『ケータイを持ったサル』(中公新書、2003年)などに代表される数周遅れの通俗的青少年言説の焼き直しでしかない(むしろ自身が過去に森健と出した『ネット王子とケータイ姫』(中公新書ラクレ、2004年)より著しく後退していまいか)。本書の研究としての意義など、皆無に等しい。 -
めっちゃ挑発的なタイトル。
『弱者はもう救われないのか』とはうって変わって、いつも通りのふわふわした香山さん、という感じ。
わたしはソーシャルメディアよりも現実のほうが好きやなぁ。