- Amazon.co.jp ・本 (306ページ)
- / ISBN・EAN: 9784041454039
感想・レビュー・書評
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向田邦子や山田太一ドラマのような、石立鉄男主演のホームコメディのような、あるいは『あばれはっちゃく』のような世界観のミステリ短篇集。
でも「日常の謎」ではない殺人事件満載のがっつり本格派。
昭和五十四年三月三十日 初版発行
この辺りの時代の角川文庫が好きだ。
作家ごとに背表紙の色を揃え、表紙絵を含めたアートディレクションを統一する(たとえば横溝正史作品における杉本一文画伯のイラストのように)。
それでいて角川文庫全体の均衡も損なわれない。
仁木悦子さんの作品はすべて絵本作家上野紀子さんによる猫の絵。
Amazonやブクログで書影がでないのは本当に残念だが、これが実に味わい深い。
『みずほ荘殺人事件』の表紙は、鮮やかなロイヤルブルーのバックにチェッカーフラッグ。差し込む月光。
そのまえに黒猫が一匹、そろりと忍び足でこちらをみつめている。
六篇を収録。
『みずほ荘の殺人』
新年早々アパートで起きた殺人事件。
「みずほ荘」の住人で自宅療養中の新聞記者が謎を解く。
銀行員、自動車のセールスマン、画家、中学教師、病弱な姉とそれを養う妹、未亡人と幼い息子などさまざまな人生が入り乱れる人間模様。
米を研ぐのが煩わしくて結局もちばかり食べ続けていたり、三ヶ日に住人たちがどこかの部屋に集まって麻雀に興じていたり、昭和ののどかな風景が面白い。
しかし日常の細部にまで伏線がきっちり組み込まれ、アパートの見取り図まであるのは「探偵小説」好きにはたまらない。
『死を呼ぶ灯』
古道具屋で偶然手に入れた電気スタンドから呼び起こされる幼い頃の記憶。
『肌さむい夏』
またまた見取り図つきのアパートの殺人。
大学生たちのひと夏。
『あのひとはいずこの空に』
JBCの奥様ショーで、毎週金曜日に放送される「あのひとはいずこの空に」という尋ね人のコーナー。
ダイニングでテレビを見ていた僕とママは同時に叫んだ。
「あっ! 米屋さんだ!」
生放送中にママがテレビ局に電話をしちゃったから、さあ大変。
★★★★星4つ。
実はこれがいちばん面白かった。
何かのアンソロジーで『かあちゃんは犯人じゃない』という作品を読んだがあれも良かった。
子供の視点で描いた仁木悦子のミステリには傑作が多いのかもしれない。
少年の小さな冒険のわくわく感と張り巡らされた伏線。そして意外な真相。
『最も高級なゲーム』
小雑誌「謎と怪奇」の同人たちが館でおこなう犯人あてゲーム。
稚気に富んだミステリ。
仁木悦子御本人と彼女が生み出した名探偵について触れられているのも楽しい。
『老人連盟』
あたしが公園で会った「ネコのおばあちゃん」と仲間たち。
ミステリ云々よりも、お年寄りたちが団結して犯罪に立ち向かう姿がいい。
仁木悦子さんは、江戸川乱歩賞が公募に切り替えられてからの最初の受賞者で「日本のクリスティ」という異名もあったらしい。
受賞作が『猫は知っていた』ということもあり、角川文庫の表紙が猫で統一されているのであろう。
でも読み終えると、都会で生きることの孤独や寂しさ、だからこそ寄り添いあう温かさ、その象徴があの「猫」であるようにも思えてくる。
たとえ殺人事件が起ころうとも、彼女の人間に対するまなざしはどこか優しい。
もちろんミステリとしても面白く、他にはない味わいで別の作品も読みたくなる。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
神保町古書店での戦利品その2。密度の濃い短編集でした。記者の住むアパートでおきた殺人事件。偶然手にした電気スタンドに纏わる謎。近所のおばさんの冤罪を疑い奔走する学生に、失踪人探しが思わぬ展開になったり、ミステリ愛好家たちによる知恵比べ、ご近所のおじいちゃんおばあちゃんの活躍。本格的なミステリもあれば、日常の謎に近いようなほのぼのしたものも。ほんと幅広いです。
共通するのは、登場人物同士の距離の近さと細かい人間観察。これは人間が好きな人じゃないと書けないな、と唸る場面が多々ありました。それが仁木女史の作品の一番の魅力だと思うし、さらにはお人柄に惚れ込む理由です。 -
2017年5月18日購入。
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「みずほ荘殺人事件」「死を呼ぶ灯」「肌さむい夏」「あの人はいずこの空に」「最も高級なゲーム」「老人連盟 」