五色の舟 (ビームコミックス)

  • KADOKAWA/エンターブレイン
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  • Amazon.co.jp ・マンガ (197ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784047295476

感想・レビュー・書評

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  • 津村泰水・原作、近藤よう子・漫画。

    第二次世界大戦終盤の日本。
    不思議な一座が旅をする。
    或る者は両脚がなく、或る者は侏儒。或る者は半身を失った片割れで、或る者は関節が逆についた脚を持つ。或る者は両手を持たず、聾唖である。
    血のつながらない彼らは「家族」として暮らし、見世物興行で糊口をしのぐ。
    彼らの住処は粗末な舟。
    ありあわせのとりどりの色の布で覆われた五色の舟に、異形の五人が暮らしていた。

    「父」であり、かつての名女形である雪之助は、あるとき、「くだん」の化け物が生まれたという噂を聞く。
    人と牛のあいのこであるその化け物は、牛だけれども人の顔を持ち、過去のことも未来のことも、本当のことしか言わない。それを一座に加えて一儲けすれば、皆の生活も安定するだろう。そう決心した父に連れられ、一行は「くだん」を買い付けようと、その地、岩国へと向かう。

    「くだん」とは本当に未来を知ることができるものなのか?
    彼らは「くだん」を手に入れることができるのだろうか?
    予知能力を持つ「くだん」を求めているのは彼らだけではなかった。
    もう少しのところで彼らは「くだん」を手に入れそこなうが、聾唖の和郎はちらりと「くだん」を見かける。
    その日から、彼は不思議な夢を見るようになる。

    幻想的、耽美的な一編である。
    「くだん」の持つ不思議な力に導かれ、彼らは「皆が幸せになれる世界」に向かう。

    「くだん」が予言した「恐るべき爆弾」は落ちたのか。それとも落ちなかったのか。
    此方か、彼方か。
    どちらが真実の世界なのか。

    すべての業苦から解き放たれた夢のような世界。
    しかし襤褸の小舟は追憶の中で五色の光を放つ。

    郷愁と妖しさ。夢のような虚しさを秘めた幻想譚。

  • 近藤ようこが津原泰水の短編小説をマンガ化した『五色の舟』(ビームコミックス)を読んだ。

    例によって、「漫棚通信ブログ版」さんがホメていたので買ってみたもの。ま、私はもともと近藤ようこのファンだし……。

    津原泰水の原作(短篇集『11 eleven』所収)も読んでみた。津原の短編の中でも、際立って評価の高い一編なのだそうだ。

    私は原作も面白く読んだが、比べてみればこのマンガ版のほうがよいと思った。原作を凌駕している見事なコミカライズである。

    「あとがき」によれば、「五色の舟」のマンガ化を望んだのは近藤のほうだったそうだ。たしかに、この原作と近藤の作風は相性バツグンだと思う。

    本作の舞台となるのは太平洋戦争の戦時中だが、テイストとしてはむしろ、近藤が得意とする中世もののマンガに近い。

    中世は、「人ならぬ異形のもの」が現実の中にまぎれこんでいても不思議ではない時代であった。だからこそ、人面牛身の怪物「くだん」が重要なキャラクターとなるこの幻想譚は、近藤によってマンガ化されるのがふさわしい。

    『水鏡綺譚』や『美(いつく)しの首』など、近藤の幻想的な中世ものマンガが好きな人なら、本作の作品世界にもすんなり入り込めるだろう。主人公の1人・桜のキャラ造形は、ほとんど『水鏡綺譚』の鏡子そのまんまだし。

    生まれつきの奇形や病気による欠損をもつ、男3人・女2人の見世物一座が主人公である。彼ら異形の者たちが擬似家族を構成している……という設定がまた、どことなく中世っぽい。

    近藤のマンガ化はおおむね原作に忠実だが、原作読者にも改変を意識させない細部のアレンジが随所に施されており、それがバツグンにうまい。

    また、原作を読んだだけではなかなかイメージしにくい、異形のキャラクターの造形も素晴らしい。とくに「くだん」の造形は、今後「くだん」をイメージするときにはまずこれが思い浮かぶだろう、と思わせる自然さだ。

    これがたとえば花輪和一や丸尾末広によるマンガ化だったなら、見世物一座の5人も「くだん」も、もっとグロテスクな造形になっただろう。近藤ようこのシンプルな絵柄だからこそ、グロテスクになる一歩手前で踏みとどまることができたのだ。むしろ、エロティックで儚い美しさに満ちたキャラ造形である。

    「小説のマンガ化」の傑作というと、私に思い浮かぶのは『餓狼伝』(夢枕獏→谷口ジロー)、『陰陽師』(夢枕獏→岡野玲子)、『パノラマ島綺譚』(江戸川乱歩→丸尾末広)、『老人賭博』(松尾スズキ→すぎむらしんいち)あたりだが、本作もそれらに勝るとも劣らない。

  • 戦時中の広島を背景に描かれる、見世物小屋で生計を立てる旅一座の物語。
    一座の各員は、身体の一部が欠損していたりして哀しい生い立ちを背負うものも多い。
    彼らは互いに血の繋がりはなくとも家族として互いに強く結び付いており、悲壮感は感じられません。
    淡々と静かに描かれる彼らの姿は、とても純粋で愛おしささえ感じられます。

    一座の中心の「父」は、あらゆる未来を見通す「くだん」と呼ばれる人面牛の噂を聞きつけ、一座に加えようと岩国へと向かう。
    広島を襲う悲惨な未来を淡々と語る「くだん」。
    その運命を避けるための方法を「くだん」は語り、物語は大きく動きだします...

    優れた原作と近藤ようこの魅力が見事に調和した結果、大変な傑作が生まれたように感じます。
    近藤ようこの、独特のリズム感と、空間・余白の使い方の上手さは本作でも健在です。
    無駄をそぎ落とした1コマ1コマは、読み手の想像力を刺激し、時にハッとするような美しさを放っています。

    読了後に冒頭のカラーページを読み直したところ、初めて意味が繋がり、心臓を掴まれたかのような切ない感情に襲われました。
    自分にとっては忘れられない作品となりそうです。
    1人でも多くの方がこの傑作を読まれる事を願っています。

  • 必読。ただその一言です。

    名手・津原泰水の手になる短篇「五色の舟」(短篇集『11』所収)、そのコミカライズですね。
    見世物一座の少年、和郎を語り部とする本作は、原作からして傑作といえるものでした。津原泰水一流の高密度な文体を見事に視覚化した本書もまた、原作に勝るとも劣らない素晴らしいものです。

    いずれも何かしらの欠損を抱えながら、互いに「家族」として日々を過ごす見世物一座の人々。彼らが出会う、未来を予言するという化生「くだん」。そして和郎が見る「五色の舟」の夢……あくまで静かに語られる物語の末に和郎たち家族が迎える運命は、幸福でいながら喪失感に満ちています。

    わけても終盤のモノローグ、そして最後に描かれる俯瞰の構図はあまりにも切ない。和郎と、彼の半身ともいえる少女・桜のやり取りが強く胸に迫ります。

    とにかく読め、としかいえない一作。是非。

  • どうしたらいいのだろう、何とも不思議な読後感。
    異形の者たちが身を寄せ合い家族となり、見世物となって戦時下を生き抜く。

    ひと昔前、世間から隠され、弾かれてきた人たちの哀しさ、強さ。
    弱い存在に思えるけど、彼らは逞しい。ただ自分への執着が薄く、家族への愛だけを強く持っている。そんな人たちを見ていると苦しくなるのだ。

    五色の舟というタイトルも、五色となった理由含め美しい。

    しっくりくる言葉が見つからない。こことは違う未来へと導く「くだん」、一度では無理だ。また何度も読もう。

  •  ビームでの連載で読んでいて、改めて単行本で通して読んだ。フリークスたちが身を寄せ合って健気に生きている感じが心に沁みる。ただどんなに仲がよくても、あんな狭い舟で寝泊りするのはオレには無理だ。

     言葉を話せなくて、テレパシーで意思の疎通をしているところをとてもすっきりと表現されていて素晴らしい。桜が初めて言葉を話すところがじわじわと感動的だった。

     くだんがとても不思議な存在で、平行世界のSF的な展開がすんなり入ってくる。今より古いけどそんなに古くないテクノロジーの時代と悲惨な展開を迎える場所がとてもよかった。

  •  人間ポンプや見世物について調べていると、このマンガについて言及されている方がいたので読んでみました。
     太平洋戦争末期に身体に障害を負った人々が見世物一座として生きていく様が淡々と描かれています。
    “件”という異形の生物に出会ってからは怒涛の展開。登場人物がパラレルワールドに移動して、その世界が微妙に違う。読者である私も頭がクラクラします。
     このセンス・オブ・ワンダーをどう表現したらいいのか。
     私には表現する能力はありません。
     他の方の感想文を検索して読むと、皆さんうまいですね。
     私もそのような文章を書けるように努力しないと。
           
     それにしてもこの“件”という伝説上の動物、非常に不気味な存在です。
     しかし本作品では、美しい言葉使いだし言動も立派なので、いい人というかいい生き物のように思えてきます。
     ネット上で“件”の伝説について調べてみると、非常に不気味な言い伝え・都市伝説が出てきます。
     私は何でも真に受けて信じてしまう方だから怖くなってきます。
       http://d.hatena.ne.jp/nazegaku/20170125/p1

  • ヘタウマな雰囲気の漫画でした。荒削りな線が逆に妙にリアルで、とても気持ち悪い。それが良かったのかもしれない。
    女性の牛みたいな雰囲気の人がもしかしたら主人公なのかもしれない。

  • 文化庁メディア芸術祭で展示されているものを読み、大きな衝撃を受けた。漫画を読んで、最近ここまで深く心を揺さぶられたことはない。残酷でグロテスク、それでいて優しく甘美。描き込みの少ないあっさりとした絵柄と濃厚すぎる内容との落差が、逆にイマジネーションを刺激する。「優しさに満ちた『少女椿』」のような前半だけでも十分に良いのだが、幻想譚としての色彩が強くなる後半はさらに圧巻。読者自身がどこに「心の置きどころ」を見いだせばいいのか分からぬまま取り残されるようなラストは、これまでに読んだり見たりした幻想作品の中でも屈指のものだ。原作は短編小説らしいが、もはや小説だの漫画などというジャンルを超越した一大芸術。本当に恐るべき作品だ。

  • なぜ異形のものに惹きつけられてしまうのだろう。目を背けつつ凝視してしまう。憐れみながら嫌悪し、好奇の目を向ける己の醜悪さにいたたまれない気持ちになる。

    異形の家族の話。彼らは自身の欠損を生活の糧に替え、戦中の貧しさのなか、したたかに逞しく生きています。しかし残酷な未来を知り、くだんに導かれ別世界へと旅立つことになる。体の欠損が補わられ、皆が幸せになる世界…。

    でもこの幸せがもの哀しく感じられるのです。それは何故なのか?グロテスクなのに美しい物語です。

著者プロフィール

1957年新潟市生まれ。漫画家。国学院大学文学部卒。大学在学中にデビュー。「見晴らしガ丘にて」で第15回日本漫画家協会賞優秀賞を受賞。折ロ民俗学や中世文学への造詣が深く、安吾や漱石作品の漫画化にも取り組む。作品は「水鏡綺譚」「説経小栗判官」「ルームメイツ」「恋スル古事記」「戦争と一人の女」「死者の書」「夢十夜」ほか多数。第18回文化庁メディア芸術祭大賞受賞。

「2021年 『兄帰る 』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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