資本主義の預言者たちニュー・ノーマルの時代へ (角川新書)

著者 :
制作 : 中野 剛志 
  • KADOKAWA/角川マガジンズ
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  • Amazon.co.jp ・本 (308ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784047317352

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  • 世界金融危機以降の経済システムは、金融を成長の原動力として期待する事ができなくなり、低い経済成長率と高い失業率が続くであろうと予測し、このような停滞状況を「ニューノーマル」と名付けた。

    19世紀末から20世紀初頭はベルエポック(良き時代)と呼ばれ、欧米諸国が繁栄を謳歌した華やかな時代とされているが、実際には当時の経済成長率は年間1~1.5%程度であり、しかも極端な格差社会であった。

    WW1頃から1970年初頭までの60年間は先進諸国において格差が劇的に縮小した。それは富裕層が保有する資本が物理的に破壊されたのと、相続税や累進所得税が導入された為。さらにWW2以降になると労働組合の力が強まり、労働者に有利な経済、社会政策が採られたから。この間の30年間が資本主義の黄金時代と呼ばれている。この黄金時代を支えていたのは公共投資。

    1970年後半から所得格差は再び拡大を始め、経済成長率も低調となったが、その原因は、富裕層や大企業に対する減税など、資本家により有利となるような政策が採用されたから。これは言うまでもなく新自由主義の影響。この結果、米英の富の偏在は100年前に近い水準となった。日本でも1990年代以降、新自由主義に傾斜してこれに追随し始める。

    長期停滞を克服するサマーズの3策
    1.労働者の職能、企業の技術革新能力、構造的な税制改革、社会保障プログラムの長期的持続性の確保と言った供給力の強化。いわゆる「成長戦略」。
    2.金融規制を強化しつつ、金融緩和を行う。
    3.インフラ更新や補強の為の公共投資の拡大。

    第一次産業革命(1750-1830)蒸気機関、紡績機、鉄道
    第二次産業革命(1870-1900)電気、内燃機関、上下水道
    第三次産業革命(1960-1995)コンピューター、インターネット
    最も大きなインパクトを持ったのは第二次。

    1970年以降、米国経営者はかつてのような技術革新に挑戦する企業家としての精神を失い、自分の任期中に成果を出そうとする短期主義に陥っている。企業だけでなく、社会全般も拝金主義や自己中心的な文化が蔓延している。失敗を恐れずに何かを成し遂げる事によってではなく、社会的地位によって評価されるような風潮が顕著になった。

    技術革新のダイナミズムを失った経済では企業の寡占化が進み、新規企業の創出が鈍化する。1950年代前半の米国では規模において上位200社の粗利益の合計は全体の15%程度だったが、60年代半ばに26%となり、2004年から08年の間には30%になった。雇用全体に占める新規雇用の比率も90年から2000年代にかけて低下した。

    1980年以前は、企業の所有者と経営者が分離し、経営者が株主に対して優位に立ち、企業経営を主導していた。当時の企業は技術開発を戦略的な目的としていた。社員に対して安定的な雇用を保障し、自社技術の開発に努め、労働者の技能向上を目指していた。だが、80年頃から米国を中心に新自由主義のイデオロギーが台頭し、企業は株主の利益を最大化するように行動すべきであるという発想が蔓延した。企業は言わば金融資産の一種としてみなされるようになった。政府もこのイデオロギーに従い、株主の利益を拡大する為の金融市場や労働市場の改革を次々と行った。例えば自社株買いを行えるようにしたり、役員の保有するストックオプションのロックアップ期間を撤廃したり、外国人労働者に対するビザ発給の規制緩和により、労働コストを引き下げた。こうして「株主資本主義」が成立し、企業の目的は技術開発ではなく、株価の最大化となった。

    経営者と労働者の間で所得格差は拡大した。高額CEO上位100社の平均報酬額は70年は40万ドル、79年は180万ドル、87年は590万ドル、91年には810万ドルにまで跳ね上がった。この間、労働者の実質賃金は殆ど伸びなかった為、大企業200社のCEOと正規労働者の平均報酬の比率は80年は42:1だったのが、90年には107:1、2000年には525:1にまで拡大した。

    配当率は1970年代までは40%程度だったのが、2000年代には60%を超え、2008年にはついに80%を超えた。

    今日、我々はミンスキーの人工知能など、過去50年の間に行われた画期的な技術革新の恩恵を享受して生活しているが、我々の世代の企業は目の前の金銭的利益だけを追い、今後50年の世界の為になるような技術革新に向けた努力を怠っている。

    長期停滞の根本原因は需要不足のみならず、株主重視の企業経営にある。つまり、公共投資の拡充による需要刺激策と同時に、株主資本主義を是正し、長期的な技術開発投資が可能となる制度改革が必要となる。

    株主重視の企業組織は、労働者の所得や経済成長の原資となるべき富を吸い上げて資本家の手に渡すメカニズムを内蔵しており、資本収益率を経済成長率よりも常に高く維持する装置となっている。株主資本主義の構造を改変しない限り、「r>g」の法則は成り立ち続ける。

    パレイの構造改革案
    1.グローバル化を管理し、労働者の地位や環境を保護する。対外不均衡を是正する為替管理や、金融危機を予防する国際資本規制も必要。
    2.政府と市場の役割を均衡のとれたものとする。雇用を創出し、民間部門の生産性の向上を促す上で、公共投資の役割は決定的に重要。金融市場の規制や累進課税、資本課税を導入する。
    3.マクロ経済政策は完全雇用の実現を最優先とする。
    4.労働市場は、生産性の向上と共に伸びる適正賃金と労働者の技能向上を促進し、労働者の連帯を促すようなものにする。労働組合の力を強める。

    所得分配の主な決定因子は技術進歩ではなく、金融システムや社会制度。-ストックハマー

    現在、世界が直面しているのは、経済の問題であると同時に、思想の問題でもある。金融資本主義に替わる「主義」が問われている。

    資本主義の基盤が「所有と経営の分離」による一撃によって「産業」と「金融」に分裂し、不安定化した。そして、恐慌とはこの資本主義の基盤の動揺を示す兆候にほかならない。

    ミンスキーモーメントとは、バブル経済が崩壊し、金融危機が訪れる瞬間の事。2008年9月に行われた。

    産業と金融の二重構造からなる現代資本主義はもはや均衡をもたらさない。新自由主義に基づく「小さな政府」は資本主義の不安定性を増幅させてしまう。

    ミンスキーが唱える資本主義の歴史
    1.商業資本主義:
    金融システムは未発達であり、金融は交易の為に使われた。商業中心の実体経済。
    2.産業資本主義:
    製造業、特に重工業が発達してくると、交易の為の金融比率が低下し、長期的投資の為の外部資金の比重が高まった。金融市場は未だ粗雑で荒々しかったので金融市場の混乱から生じた危機は世界恐慌を引き起こした。
    3.金融資本主義(今日言われるものとは別物):
    無秩序な金融市場に替わり、政府が主たる資金供給主体。
    4.父権的資本主義:
    政府が景気循環を調整する財政金融政策を実施し、公的資金を投入して輸送インフラ、産業、金融を整備し、特殊な公的機関が住宅や農業のような個別分野に介入する。歴史的、実践的に最善の時期。
    5.マネーマネジャー資本主義:
    父権的資本主義の成功により、経済的繁栄が続いた結果、金融システムが発達してより投機的な方向に向かった。巨大な金融資産を運用する制度や機関が中心となって経済を動かす。80年代以降の米国、世界で全盛期に入る。年金ファンドやミューチュアルファンドが登場し、投資家の利益の最大化の為に企業は短期的利益を重視するようになり、経営者も労働者も金銭的利益の最大化を追求する金融の理論に従属する。仮に、経済全体のパフォーマンスは悪くなくても、個々人の生活の安心は損なわれた。これは経済の不安定性や不確実性を拡大し、長期的な発展の可能性を毀損する資本主義の堕落形態に他ならない。

    日本における平成不況下の構造改革は、こともあろうにこのマネーマネジャー資本主義の成立を目指した。

    ケインズの予言
    自分たちの孫の世代には、経済的、物質的問題はほぼ解決の目処が立つであろう。人類は史上初めて生存の為の闘争から解放される。その時、目的性という新しい道徳律が現れるだろう。目的性とは、我々が自分たちの行動の遠い将来における結果により関心を持つ事である。自分の生きている間ではなく、後の世代において実現されるであろう目的を設定し、それに向けて活動する事である。

    産業と金融が分裂した資本主義は本質的に不安定なものであり、必ず危機を招く。

    人間は本質的に目的論的な存在であり、活動的な存在である。しかし、人間にとって、目的の達成だけが重要なのではない。目的を達成しようとして、活発に行動し続ける事もまた生にとって大きな意味を持つ。行動それ自体も人生の目的となり、意義となる。

    何らかの共同体に帰属している人間は共同体の将来という、自分の寿命より先の遠い未来における目的の為に行動する。人間が将来に向けて行動する為には、慣習、個人の能力、動機の3条件が必要。

    株式市場は企業の価値を金額という単一の基準でしか評価できない。金額で表された企業の評価は、その企業の本当の価値を伝えるものではない。従い、企業の真の価値を株式市場を通じて認識する事はできない。

    金融工学は、第一に本来、経営の実践に深く関わる事でしか克服できない、将来価値の不確実性の問題を確率論的に解決できる単なるリスクの問題にしてしまった。第二に、複雑で多様な価値を含み、共約不可能な側面を有する企業や資産の価値を金銭という数量で表現できる単一の基準に還元した。そのおかげで金融は企業や資産との長期的な関係から切り離され、また市場における交換を通じて自由に移動できるようになった。これが金融のグローバル化。

    新しい資本主義は、各国の国民性を反映し、またナショナルなものとなる意味で、「国民資本主義」と呼びうる。この基礎にあるビジョンは、資本主義をネイションに根付かせ、制御すべきであるという「国民資本」主義である。

    短期かつ利己的な「営利」よりも、長期で共同体的な「産業」を重視する事。

  • 著者は、ヴェブレン、ヒルファーディング、ケインズ、シュンペーター、、ミンスキーの五人の経済学者の理論を紹介しながら、一貫して、新自由主義、グローバリズム、金融資本主義を強く批判している。
    経営と資本の分離に端を発し、新自由主義のもとでコントロールできないほどに増殖してしまった金融資本主義、この社会悪を一掃する必要があるという問題意識に強く賛同する。ただ、著者のいう理想的な社会システムは、既得権益が守られ、非効率で発展しない閉塞社会の様にも思われてしまう。これが理想的な仕組みなのかどうか、良く分からないなぁ。
    新自由主義はアメリカ建国の精神に繋がり、現代アメリカの覇権主義そのものとも言えるように思う。
    「エンデの遺言」のマイナスの金利のアイデア、本書を読んで改めて優れたアイデアと思ったが、著者はどう評価するのだろうか。

  • 途中まで読んで返却。再読はなさそう。

  • 2009年4月
    恐慌の黙示録
    資本主義は生き残ることができるのか

    加筆、修正

  • 表層的だったり、現政権にべったりだったり、あるいは資本主義万々歳の風潮に対して、膨大な資料に基づく、全うな研究と洞察による資本主義の再定義と再分析のこの本は、是非とも多くの政治家、官僚、そして国民に読まれるべき一冊。

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著者プロフィール

中野剛志(なかの・たけし)
一九七一年、神奈川県生まれ。評論家。元京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治思想。九六年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。二〇〇〇年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。〇一年に同大学院にて優等修士号、〇五年に博士号を取得。論文“Theorising Economic Nationalism”(Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に『日本思想史新論』(ちくま新書、山本七平賞奨励賞受賞)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『日本の没落』(幻冬舎新書)、『目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室【基礎知識編】』『全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】』(ベストセラーズ)など多数。

「2021年 『あした、この国は崩壊する ポストコロナとMMT』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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