フューチャーマチック

  • KADOKAWA
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感想 : 9
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  • Amazon.co.jp ・本 (315ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784047913455

感想・レビュー・書評

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  • この小説の構造をロバート・アルトマンの映画に擬している批評があったが、たしかに、さまざまな登場人物が登場し、それぞれの場所でまったく違った複数のドラマが進行しているのかと思わせておいて、最後にはそれらがすべて一つの物語に収斂するという構成はアルトマンお得意の群像劇を思い出させる。ただ、映画の場合、カットごとに登場人物が替わっても観客はカメラの位置からそれを見ているわけで、さして違和感はないが、この小説は短い章立ての章が変わるたびに視点が替わる。読者はその度に新しい人物の視点で小説世界を見ていくことを要請されるので、慣れないうちはめまぐるしく感じられるかもしれない。

    時代はほとんど現代と言っていいくらいの近未来。場所はサンフランシスコ、地震で壊れた後放置され、今やジャンクヤードと化したベイブリッジを中心に、新宿地下通路の段ボール街とネット上に構築された九龍の城砦都市という、ギブスンファンにはお馴染みの舞台設定である。特に橋梁のいたるところに廃物をエポキシ樹脂で接着して作られた店舗や住居からなる猥雑な街の描写がリアルで、想像力を刺激される。映画『ブレード・ランナー』を思い出す人も多いだろうが、こちらが本家である。先行する二作品『ヴァーチャル・ライト』、『あいどる』とともに三部作を構成する。無論、単独で読んでも充分面白い。

    レイニーは、ネット・ランナー。連邦孤児養護センター時代に被験者として投与された薬品の影響で、ネットに流れる膨大なデータから時代の変化の予兆を読み取る特殊能力を持つが、事情があって今は新宿の段ボール街に身を潜めている。彼によれば、1911年以来の大きな時代の結節点(ノーダル・ポイント)が迫っている。世界最大の広告代理店の経営者ハーウッドは、変化の後も自分の力を維持するために、世界中に広がるコンビニ・ネットワークを使って何かを計画しているらしい。

    自分は動けないレイニーは元警官のライデルを使ってそれを阻止しようとするが、ヤク中のカントリー・シンガーや、〈橋〉で古物商を営む老人と腕時計に異様に執着する驚異的な記憶力を持つ少年、バイク便のメッセンジャーでライデルの恋人、禅の境地で短刀を振るう教授風の殺し屋、それにヴァーチャル“あいどる”投影麗(レイ・トーエイ)、という個性際立つキャラクターが入り混じり、事態は錯綜するばかり。

    コンビニ・チェーンを使った複製物質転送システムといういかにもSF的なアイデアはあるものの、凝った文体、武器や乗り物、それに題名にもある時計と、細部にこだわる描写、それに、叙情的な情景描写からスピーディなアクション・シーンの素早い転換は、むしろハード・ボイルド小説のタッチ。「依頼」と「探索」という物語の基本構造に忠実なストーリー展開は、短いカットの切り返しの効果もあってサスペンスを盛り上げる。散らばっていた人物がしだいに〈橋〉の磁力に引き寄せられるようにして輪が縮まり、橋の上で出会う。そして急激に訪れるクライマックス。『ニューロマンサー』以来の最高傑作という惹句に嘘はない。

    原題の“ALL TOMORROW'S PARTIES”は伝説のバンド、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのために書かれたルー・リードの曲名。章の表題にもストーンズの曲の歌詞があったり、アウトロー・カントリーについての言及があったりとポップ・カルチャーからの引用が印象的である。邦題のフューチャーマチックはルクルト社製の世界最初の自動巻時計の名。ムーブメントを動かし続けるためには腕から離してはいけないが、ずっと動かしっ放しに出来るほどの耐久性はなかったという。ひねりの効いた題名ではないか。

  •  ギブスンの「ニューロマンサー三部作」後に発表された「ヴァーチャル・ライト三部作」の第三弾完結編。今まで広がっていた人間ドラマが収束しながらラストに向かっていく感覚にドキドキできる本書。群像劇的展開が思わぬ終結場面に着地します。

著者プロフィール

ウィリアム・ギブスン
William Ford Gibson
米国のSF小説作家、脚本家。1948年、サウスカロライナ州コンウェイ生まれ。1984年発表の「ニューロマンサー」(ハヤカワ文庫刊)で長編小説デビュー。本作のヒットによって〝サイバーパンクSF〟と呼ばれる文学ジャンルが確立した。以後、「電脳」三部作、『ディファレンス・エンジン』、「橋」三部作など数多くの著作を発表している。ハリウッドからも早い段階から注目されていたものの、彼の原作である『ニューロマンサー』『クローム襲撃』なども映画化の案アナウンスは出るものの実現にはいたらなかった。ギブスンの関わった映像作品には以下がある。脚本を執筆した映画『JM』(1995)、短編『ニュー・ローズ・ホテル』を原作とした『ニューローズホテル』(1998)、テレビシリーズ『X-ファイル』の2エピソード(「キル スウィッチ」「ファースト・パーソン・シューター」)の脚本を執筆している。

「2022年 『ウィリアム・ギブスン エイリアン3』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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