宮本武蔵(五) (吉川英治歴史時代文庫)

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  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (404ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061965188

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  • 「志賀寺の上人でさえ、同じ血をもっていた。法然の弟子親鸞も、同じ煩みを持っていた。古来、事を成す人間ほど、生きる力の強い人間ほど、同時に、この生まれながら負って来る苦しみも強く大きい。」

    「『ああ、富士山か』
    武蔵は少年のように驚異の声を放った。絵に見ていた富士、胸に描いていた富士を、眼のあたりに見たのは、今が生れて初めてなのだった。
     しかも寝起きの唐突に、それを自分と同じ高さに見出して、対い合ったのであるから、彼はしばらくわれを忘れ、ただ、
    『――ああ』
    というため息を胸の中に曳いて、瞬ぎもせず眺め入っていた。
    何を感じたのであろうか、そのうちに武蔵の面には涙の玉が転びはしっている。拭こうともしないで、その顔は朝の陽に灼かれて涙のすじまで紅く光って見えた。
    ――人間の小ささ!
    武蔵は衝たれたのである。。広大な宇宙の下にある小なる自己が悲しくなったのであった。
    (中略)
    畢竟、人間は人間の限度にしか生きられない。自然の悠久は真似ようとて真似られない。自己より偉大なるものが厳然と自己の上にある。それ以下のものが人間なのだ。武蔵は、富士と対等に立っていることが恐くなった。
    (中略)
    ――ばか、なぜ人間が小さい。
    と、いう声がした。
    ――人間の眼に映って初めて自然は偉大なのである。人間の心に通じ得て初めて神の存在はあるのだ。だから、人間こそは、最も巨きな顕現と行動をする。――しかも生きたる霊物ではないか。
    ――おまえという人間と、神、また宇宙というものとは、決して遠くない。お前のさしている三尺の刀を通してすら届きうるほど近くにあるのだ。いや、そんな差別のあるうちはまだだめで、達人、名人の域にも遠い者といわなければなるまい。」

    「――剣術。
     それではいけないのだ。
     ――剣道。
     飽くまで剣は、道でなければならない。謙信や政宗が唱えた士道には、多分に、軍律的なものがある。自分は、それを、人間的な内容に、深く、高く、突き極めてゆこう。小なる一個の人間というものがどうすれば、その声明を託す自然と融合調和して、天地の宇宙大と共に呼吸し、安心と立命の境地へ達し得るか、得ないか。行ける所まで行ってみよう。その完成を志して行こう。剣を『道』とよぶところまで、この一身に、徹してみることだ。」

  • 相変わらず又八にはイライラするけど、一番人間味があって、気持ちが分かるのも又八なんだよなー。小次郎のキャラクターがあまり掴めない。この巻の最初の方はちょっとホッとするところもあり、良かった。

  • 又八のための助言や、剣術でなく剣道を志すことを悟る姿を通して、武蔵の人格に益々惚れ込む。自分のためでなく人のために何故剣を使わないのかー石田母記の言葉がすごく心に響いた巻。誰のために頑張るのか。自分のためだけであれば勿体無い。人のために力をつけるのだ。

  • 吉岡一門とのバトル完結。バガボンドで良いと思っている方、もったいないからこちらも読みましょう。

  • 巌流島への宮本武蔵を知る。
    剣の道の面白さ。

  • 吉岡一門との闘争のはて十代の少年に手をかけたという悪夢を振り払う一方、やっと道連れになったお通女史とまさかの痴話喧嘩の武さん。又八アンドお杉婆や小次郎、朱美に城太に半瓦の親分と、新旧登場人物入り乱れてのチューチュートレイン状態。まだ未開の地という江戸の描写が面白かった第五巻。そして物語は大団円へ。

  • ストーリーを次の展開に移す為の巻だった。この巻から後編始まり、といった内容、前編までごちゃごちゃしていた登場人物(それがまたおもしろったが)が一気に整理されて、舞台は江戸へ。この巻の後半は武蔵は一切出てこなかったが、前フリはもう十分か、次巻が楽しみ。

  • 武蔵もやはり人間だと思った瞬間。

  • 『「……自分のしたことを、共々欣んでくれる者があるのは大きな張り合いというものじゃないか。――それのある者には、陳腐な道義の受け売りをしているように聞えるだろうが、こういう漂白の空にある身でも、アアいい景色だなあと感じた時のような場合、側にもどこにもそれを語る者がいないということはその一瞬、実にさびしい心地の身になるものだぞ」』p51

    『人中の賑やかな中にいると、彼のたましいはなぜか独り淋しくなる。淋しい暗夜を独り行く時は、その反対に、彼の心は、いつも賑わしい。
    なぜならば、そこでは、人中では心の表に現れないさまざまな実相が泛んでくるからであった。世俗のあらゆるものが冷静に考えられると共に、自分の姿までが、自分から離れて、赤の他人を見るように、冷静に観ることができた。』p239

  • 『「……自分のしたことを、共々欣んでくれる者があるのは大きな張り合いというものじゃないか。――それのある者には、陳腐な道義の受け売りをしているように聞えるだろうが、こういう漂白の空にある身でも、アアいい景色だなあと感じた時のような場合、側にもどこにもそれを語る者がいないということはその一瞬、実にさびしい心地の身になるものだぞ」』p51

    『人中の賑やかな中にいると、彼のたましいはなぜか独り淋しくなる。淋しい暗夜を独り行く時は、その反対に、彼の心は、いつも賑わしい。
    なぜならば、そこでは、人中では心の表に現れないさまざまな実相が泛んでくるからであった。世俗のあらゆるものが冷静に考えられると共に、自分の姿までが、自分から離れて、赤の他人を見るように、冷静に観ることができた。』p239

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著者プロフィール

1892年、神奈川県生まれ。1921年、東京毎夕新聞に入社。その後、関東大震災を機に本格的な作家活動に入る。1960年、文化勲章受章。62年、永逝。著書に『宮本武蔵』『新書太閤記』『三国志』など多数。

「2017年 『江戸城心中 』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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