市場と権力 「改革」に憑かれた経済学者の肖像

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著者 : 佐々木実
  • 講談社 (2013年5月9日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (338ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062184236

市場と権力 「改革」に憑かれた経済学者の肖像の感想・レビュー・書評

  • <要約>
     竹中平蔵の本質は、他人のアイデアを元に規制産業を市場化する事業家である。理論的枠組みを米国の優秀な経済学者に依拠した上で、その理論を元に同士を組織化し、政治を利用して新しい市場を作成する。その際、彼自身はすでにその市場にアクセスできる立場を築いている。

    <抜粋>
    p.4
    「市場化」により社会を改造するという構造改革の思想は、その後、日本社会を変質させていくことになった。

    p,5
    自ら解説しているように、小泉政権における竹中のポジションは、東欧の旧社会主義国にビジネスチャンスを求めて押しかけたアメリカの経営コンサルタントとどこか似ていた。抜け目ない知的企業家は「市場化」の伝道師でもある。

    p.56
    牧原(※出)同じ大蔵官僚でも、主計局や主税局のような重要な局でキャリアを積んで事務次官などに昇進していく「原局マン」に対して、官房の調査部門や大蔵省の外に出向して経験を積みながら昇進する「官房型官僚」と呼べる官僚がいるという。[...]牧原は興味深い考察をしている。「原局マン」グループに対抗するために、「官房型官僚」グループが内閣の閣僚と結びつく場合がある。このパターンは、軍部と結託することで力を得た「革新官僚」の「千五バージョン」と見ることができるという。

    p.71,p.74
    竹中さんは、こうして人のものを取り込んでいく[...]問題設定の枠組みから問題の解法まで、アメリカの優秀な経済学者に依拠するやり方だ。理論的骨組みを(※ジェフェリー・)サックスや(※アンドリュー・)エイベルから拝借しているので、いわば彼らが守護神になっている。

    p.76
    (※「)大恐慌を知らない世代である彼らには、どちらかというと、ミクロ経済学的な視点から経済効率を追求する傾向が強く、所得再配分や政治経済学的な視点は欠落している」
     実際、(※マーティン・)フェルドシュタインのもとに参集した経済学者たちが標的にしたのは、福祉制度だった。彼らは「企業化」された巧みな手法を用いて、自分たちの主張を政治の世界に浸透させていった。
     媒介役となったのは『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙のジャーナリストなど学会の周辺にいる人々で、彼らのような「政策プロモーター」が経済学者の難解な表現を平易な表現に置き換え、政界や社会に伝播させた。
     竹中は、内には大蔵省財金研で長富から「事業化の手法」を学び、外からは「企業化」「政治化」するアメリカ経済学会から影響を受けていたということになる。

    p.88
     日本の戦略を練っているのは官僚であり、その力の源泉は軍事力ではなく情報収集力だ―日本を敵視するような報告書が注目を集めたのは、それがCIA(アメリカ中央情報局)の委託による研究だったからである。

    p.95
     ジェフェリー・サックスやローレンス・サマーズの世代になると、土台にある思想構造には必ずしも関心を示さず、「単なるテクノロジーとして経済学を操る」傾向がある

    p.102
     竹中が日本社会を変革するカギになると期待したのは、アメリカの「外圧」だった。

    pp.106-107
    おそらく、慶大でに博士号取得工作では、佐貫に働きかけることで加藤を動かしたように、B教授に働きかけることで本間を動かそうとしたのではないだろうか。B教授のほうから竹中に博士号取得を進める理由は見当たらないからだ。[...]結果的に見れば、経済学博士号という学位、あるいは大学教授という肩書は、「事業免許」のようなものだったともいえる。教授に昇格した翌年から、サイドビジネスを大々的に始めることになるからだ。

    pp.112-113
    日米の橋渡し役をつとめていたスズキが見出したのが、アメリカのシンクタンク業界に憧憬を抱く竹中だったので... 続きを読む

  • アベノミクスがらみでまた目にすることが多くなった竹中平蔵。本書は彼の半生をたどる形をとっている。しかし話のメインになっているのは、バブル期以降の日米の経済関係が誰によってどのように動かされてきたか、そこで日米の経済学者たちがどのような役割を果たしてきたか、ということである。その中で、政府(権力)のブレーン・スタッフとして経済(市場)に影響を与えながら、それによって自身のビジネスで利益をあげる、アメリカのある種の経済学者たちの言動が具体的に描かれている。そして竹中はそれを日本に持ち込んだ人物として描かれている。竹中はまさに「ホモ・エコノミカ」(経済学が前提とする欲望と合理的思考の塊のような人物像)だ、とする筆者の皮肉には、思わず膝を打った。

  • 小泉政権時代に竹中大臣のもとで仕事をしていたある官僚は、竹中大臣とこんなやりとりをしたことがあるという。
    「「構造改革」には明確な定義がありませんね」
    「ないんだよ」
    「なにをやれば「構造改革」を実施したことになるんですか?」
    「海外で普通にやられていて、日本ではやっていないこと」(323p)

    もちろん霞が関では「海外」とはアメリカのことである。

    竹中平蔵とは何者なのか。経済学が苦手な私には厳しい記述が多かったけれども、一方では大変面白い書物だった。長年に渡って竹中を追い続けてきた元日経記者が、その人生と行動を深く暴き出したと思う。

    読んで見ての私の印象は、この人は学者ではない。ということである。政治家に似ているけれども、本人は違うと言うだろう。狙っているのはやはり子供がねだるように単なる「権力」なんだと思う。

    信念があって新自由主義をやっているわけじゃない。まるでゲーム感覚で、学界と政界と市場を操っているとしか思えかった。つまり、最初にゴールの結論があって、そのためになんでもやるということで、その戦術を作るためにはとても頭が回るというタイプに見えた。どう考えても郵政民営化は、170兆円と言われる巨大な郵便貯金の資金を民営化して株式市場に出して海外(アメリカ)に売り飛ばすために仕掛けたとしか思えかった、この著者はその見解は避けているけれども。

    高校時代、竹中は民青に入っている。元旦登校問題とかに関わっていたらしい。しかし、そこで彼はかえって共産主義に見切りをつける。一橋の経済学部に入る時に「マル経じゃなくて近経をやるわ」と民青仲間に宣言したらしい。大学では、高級官僚を親にもつ友達をえる。銀行から経済研究員になり、「つて」の構築に才能を発揮、政府のシンクタンクに近づく。他人のものを取り込み、他人の情報を我がものにして、何時の間にか目的を達成する。しかし、やっぱり「なんのための目的」かは一切明らかにならなかった。

    著者は経済学者宇沢弘文の「混迷する近代経済学の課題」という一文について紹介している。

    経済学はある目的を達成するために「どのような手段を用いたらよいか」を扱うけれども、「どのような目的を選択すべきか」を扱う学問ではないー経済学の古典「経済学の本質と意義」でライオネル・ロビンズが展開した主張を、宇沢は批判的に検討している。ロビンズの主張をそのまま受け入れるなら、「公正さ」のような「価値判断」を伴う概念は、経済学で論じることができなくなる。
    事実、「平等」「公正」といった概念を無視し、「効率」のみを形式論理的な枠組みのなかで論じるようになったことで、この学問は「価値判断からの自由」を標榜できるようになった。けれども、それは見せかけにすぎないのではないか。そう宇沢は指摘した。「価値判断からの自由」は「効率性のみを追求し、公正、平等性を無視する」という態度の表明に他ならないからだ。そして、効率性のみを追求する知識人が現実の政治と固く結びついて影響力を行使するとき、取り返しのつかない災いが起きる。
    「効率的な爆弾投下」「効率的な枯れ葉剤の散布」を誇らしげに口にするマクナマラ国防長官に、宇沢は、経済学あるいは経済学者の究極の姿を見ていたのである。(319p)

    これは、そのまま竹中平蔵の姿と重なるだろう。
    2013年7月1日読了

  • 2016年7月19日読了

  • 竹中平蔵について主に批判する観点から、竹中平蔵という経済学者の面をかぶった政策プロモーターの本性を明らかにしている。

    竹中平蔵が博士学位を取るに当たっても、不透明なプロセス、コネと圧力を用いて博士号を取得する。また協力者・共著者の業績をまんまと自分の物にせしめ、その批判をかわすだけの弁舌を持つ。

    規制改革の名の下に規制改革によって利権を得る彼らはまさに平成の政商といってもいいだろう。

  • ほんとこういうのを読むと何でこの人が逮捕・起訴されて実刑判決くらってないのかわからなくなる。田中角栄なんてこの人に比べたら全然可愛いもんですよ。

  • これがノンフィクション???
    初めから結論ありきで、その結論に都合のイイ内容の週刊誌や新聞等の文章を切り貼りしてまとめた、著者の妄想に思えてならない。

    一番の欠点は、竹中さんへの直接取材が一切ないことかな。
    故人ならともかく、竹中さんは存命されているのに、何故、本人に取材しないのかなあ?

    週刊誌や雑誌等の文章の裏も本人に確認せず、またその真意も取材せず、掲載文章だけから想像して本人について書くのは、ノンフィクションといえるのかなあ?

  • 読んでいてものすごく気分が暗くなる本だった。

    http://tamatebako100.seesaa.net/article/403958260.html

  • 読みにくい本である。事実の積げを、追って行くのは、疲れるので。しかし、根気よく読むと、竹中さんの、欲がよくわかる。いい本であるが、あまり売れないだろう。

  • 一気読み。読後は竹中さんについて、人としてマイナスなイメージしかない。

  • 竹中平蔵の半生を描いたノンフィクションで、大宅壮一ノンフィクション賞を取った本。ちょっと分厚目なので、なかなかてが出なかったが、一旦読み始めると、取材も深く、本としても面白いし、題材の竹中平蔵の人物、政策が興味深いので一気に読めた。

    竹中平蔵、自腹でいろいろ政策実現のために手を尽くしていたようだが、その政策に対する思いの強さが、仇だったのか?人との意見の違いは、やはり弱点だったように思う、手法、言動に、嫌味が満載という人物像もこの本を面白くして入りかもしれない。

  • 何となく知っているようでいた竹中平蔵氏の危うさがよくわかった。

  • 竹中という毒虫がアメリカの背後にいる金融悪魔共のためなら、どんなに卑怯で狡猾で傍若無人で人民の憂うるところを顧みない、非道な事をして来たかがよくわかる本。こんな本を講談社が出しているなんて、まだまだ日本も捨てたもんじゃないです。

  • 「新自由主義」を標榜する欺瞞に満ちた●中×蔵といった市場主義経済学者がいかに日本経済を破壊してきたかを知りたくて購入しました。

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市場と権力 「改革」に憑かれた経済学者の肖像の作品紹介

「構造改革」「規制改革」という錦の御旗のもと、いったい何が繰り広げられてきたのか? その中心にはいつも、竹中平蔵というひとりの「経済学者」の存在があった。

“外圧”を使ってこの国を歪めるのは誰か? 郵政民営化など構造改革路線を推し進めた政治家・官僚・学者たちは、日本をどのような国に変えてしまったのか?

8年におよぶ丹念な取材からあぶり出された事実から描ききった、渾身のノンフィクション。

市場と権力 「改革」に憑かれた経済学者の肖像のKindle版

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