- Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
- / ISBN・EAN: 9784062936606
感想・レビュー・書評
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あなたは、自分が他の人からどのように思われていると感じていますか?
私たち人間は他者とのコミュニケーションの中で毎日を生きています。そんな私たちには当然に感情というものがあります。目の前で一見楽しそうに会話をしている人たちがいても、お互いがお互いを心の中でどう思っているかは分かりません。握手をしているからといって心の底から仲良くしようという気持ちがあるかどうかだって怪しいものです。まあ、あまり世の中を斜めに見すぎるのもどうかとは思いますが、一方で人間は目の前に見えている光景だけで全てが測れる生き物でないことも事実です。
そんな私たちには誰でも一人は大切に想う相手がいるはずです。
あなたにとって大切な人は誰ですか?
そんな質問をしたとしたら、あなたは特定の誰かのことを頭に思い浮かべるでしょう。それは、友達かもしれませんし、恋人かもしれません、そして家族のことかもしれません。関係性は多々あれ、誰でも誰かしらそんな相手が思い浮かぶと思います。では、この考え方を逆に見てみるとどのような場面が思い浮かぶでしょうか?つまり、あなた自身のことを誰かが大切だと考えてくれている人がいるのではないか?という視点です。
ここに、そんな考え方の先にある感情を小説にした作品があります。『いちばんの幸福』がなにかを考えるときに『大好きな人と、食卓で向かい合って、おいしい食事をともにする』瞬間を思うこの作品。それは、あなたのことを『きっとどんなことより大切』に思う人がこの世界にきっといることを教えてくれる物語です。
『すがすがしい秋晴れの空のもと、母の告別式の日を迎えた』のは、主人公の栄美(えみ)と妹の眞美。そんな姉妹の母親である平林トシ子は『享年七十三』で亡くなりました。『十八歳のときに郷里の茨城から上京』し、『東京郊外の小さな町で美容室を開業』していた母親は『美容師一筋、元祖ワーキングマザーとして』二人を育ててくれました。そんな二人には『いちおう父親』もいました。『さしてなんの才能もなければ、働く意欲も気力もない』という父親は『典型的な「髪結いの亭主」』で『母よりひとつ年下』で『平林三郎、通称サブちゃん』と呼ばれています。そして、『遺族控え室に、そろそろお時間です』と『葬儀社の係の人が声をかけに』来て『喪主は変更ということで、よろしいんでしょうか』と確認します。『告別式の日だというのに、どこへやら姿をくらませたまま』という父親。しかし、栄美は『もう少しだけ待ってください』と決定を保留にします。そんなところへ、『まったく義兄さんたら…』と『母の妹、たつ子叔母さん』が声をかけてきました。『働きもしないで遊んでばっかり』で、『この期に及んで行方不明だなんて』と呆れるたつ子は、一方で父親のことを『色男で、たいそうモテた』と語ります。そんな父親と母親が結婚したのは母親が三十歳の時でした。『自分の容姿にかなり自信がなかった』という母親は、『父と出会って、なんとたったの三ヵ月で結婚し』ました。当時『ナンパ師のサブちゃん』と呼ばれていた父親『に引っかかり、人生を捧げてしまった』母親。しかし、母親はそんな父親に『あたしと一緒になって、人生をやり直してちょうだい』と全てを分かった上で父親のことを受け入れていました。そんな母親にある時『お願いがあるんだけど』と言われた栄美は『あたしにもしものことがあったら…』と、万が一の時にある場所に置いてある手紙を見るように伝えます。『隣町の葬儀屋さん』宛だというその手紙のことを聞いて、自分達に手紙はないのかと訊く栄美に『あんたたちは、立派に育ってくれた。それでじゅうぶん』と言う母親。念のため父親宛のことを訊く栄美に『ないに決まってるでしょ。あんなろくでなしに』と母親は答えるのでした。『それからちょうど一週間後』、『眠るように天国へと旅立った』母親の前に結局『「ろくでなし」と呼ばれた父は』現れません。しかし、『お通夜の夜遅く』『すっかり肩を落とし、ほうけたような顔つき』の父親が自宅の門前に姿を現しました。『もう遅い。お母さん、逝っちゃったよ』、『卑怯者ッ』と栄美の口から相次いで言葉が出ます。そして…という最初の短編〈最後の伝言〉。原田マハさんらしいユーモア溢れる文体の中に、じわっと家族の温かさを感じる好編でした。
“歳を重ねて寂しさと不安を感じる独身女性が、かけがえのない人に気が付いたときの温かい気持ちを描く珠玉の六編”と宣伝文句にうたわれるこの作品。一部、登場人物に重なりが見られますが基本的には独立した六つの短編から構成される短編集です。まずは、そんな六つの短編をご紹介しましょう。
・〈最後の伝言〉: 『美容師一筋、元祖ワーキングマザー』だった母親を亡くした主人公の栄美。しかし、『典型的な「髪結いの亭主」』だった父親は病院にも訪れ仕舞いでした。そんな父親が『お通夜の夜遅く』に一度姿を現すもまたいなくなり、いよいよ告別式が始まります。
・〈月夜のアボガド〉: 『メキシコ移民の子』のエスターと知り合った主人公のマナミ 。そんなエスターは『これが私の料理の、とっておきの秘密よ』と庭に実るアボガドから『アボガドペースト』を作りメキシコ料理を調理します。マナミ はそのレシピのメモをある人に渡します。
・〈無用の人〉: 勤務先の美術館で、他界した父親からの宅配便を受け取った主人公の聡美。『死の一ヵ月まえに』、『二ヵ月後に、私の手元に届くよう』『誕生日の贈り物』としたその宅配便には『鍵』が入っていました。『え?』と思う聡美は父親の暮らしていた部屋へと向かいます。
・〈緑陰のマナ〉: 『これが二度目のイスタンブール』と旧市街のB&Bに『トルコの紀行文を書く』ために滞在する主人公の『私』。そんな『私』はネットで知り合いになったエミネさんから『私が大好きな春巻を、ほとんど毎日、作ってくれました』と彼女の母親の話を聞きます。
・〈波打ち際のふたり〉: 姫路にある『実家に行く用事』のついでに『友だちと赤穂温泉に行こう』と計画し、友人の妙子と旅をするのは主人公の喜美。そんな喜美は認知症の母親の介護のため東京と姫路の往復を続けていました。そんな日々を『もう、限界で』と、妙子に打ち明ける喜美。
・〈皿の上の孤独〉: 『とうとうここまで来ました。メキシコシティ、バラガン邸』と『かつてのビジネスパートナー』である青柳にメールを出したのは主人公の咲子。『男女の仲を超えた「同志」のような関係』と青柳のことを思う咲子は、『僕、失明するんです。緑内障で』と告げられた時のことを思い出します。
六つの短編の主人公はいずれも四十代で、独身という共通点を持っています。そんな彼女たちはどこか孤独感を纏っています。独身だからということが殊更に強調されるわけではありませんが、まだ四十代にも関わらずそこはかとなく孤独感を感じさせる主人公たちの心の内が繊細な描写によって描かれていきます。一方でそんな主人公たちは自らが関係してきた人、関係している人のことを考えます。その中でも冒頭の短編〈最後の伝言〉の描写は秀逸です。『典型的な「髪結いの亭主」』とされた父親、『色男な以外はまったく能無し』という父親に娘の栄美は複雑な思いを抱いていました。それは、母親も同じことで、『あんなろくでなし』と父親のことを呼んでいます。その一方でそんな『母は、父を待っている。死ぬ直前も、死んでからも、いまもなお、父がもう一度自分を抱きしめてくれるのを、待っている』とその心の内を思う栄美は、『この父がいたからこそ、母は、強く、凜々しく、たくましく生き抜くことができた』とも考えます。そして、そんな栄美自身も『このとんでもない父を、内心、自慢に思っていた』と父親のことを思います。『母にとってはいい夫ではなかった』という父親、『私たち姉妹にとってもいい父親ではなかった』という父親、そんな父親が結末に見せる姿には、「あなたは、誰かの大切な人」という原田マハさんがこの作品に与えた書名がふっと浮かび上がるのを感じました。
“旅をしているとき…ここにも、あそこにも、誰かの人生があるのだと、いつも思う”と語る原田マハさん。そんな原田さんは、”その誰かは、ほかの誰かのことを大切に思っている。けれど、自分も誰かに大切に思われていることに気づいていない”と続けられます。そして、そんな状況にあっても、つまり”気づかなくても、誰かが誰かを大切に思っている限り、それが幸せな世の中を作り出すんじゃないか”とまとめられます。
人が他者を思う気持ちというものはなかなかに他人からは伺い知ることはできません。“喧嘩するほど仲がいい”と言われるように、喧嘩ばかりしているように見える者同士が実際にはとても仲が良く、最後まで寄り添いあった、そんな関係性もあるのだと思います。むしろ誰かのことを大切に思うからこそ、感情が表に出やすいとも言えるのかもしれません。この作品では主人公がさまざまな形で関係した人たちのことを思う中で、そこにお互いに思い合う関係性がふっと浮かび上がる物語が描かれていました。そう、それは人であれば誰でも同じこと、このレビューを読んでくださっているあなただって、誰かのことを大切に思う一方で、『誰かの大切な人』でもあります。気づくようで気づけない、人が人を思いやる感情の機微がこの作品では六人の主人公の目を通して柔らかな筆致の中に描かれていました。
原田さんらしくアートに関連するキーワードが、そこかしこに散りばめられたこの作品。
『いちばんの幸福は、家族でも、恋人でも、友だちでも、自分が好きな人と一緒に過ごす、ってことじゃないかしら』。
そんなことを私たちに気づかせてくれたこの作品。
『大好きな人と、食卓で向かい合って、おいしい食事をともにする』。
そんな時間が何ものにも勝ることを教えてくれたこの作品。
優しさに満ち溢れた六つの物語にほっこりと魅了された、そんな作品でした。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
両親を大切にしようと思った。
父の日がもうすぐだ、その日は実家に帰ろう。 -
心が疲れた時にちょいちょい読み返している。
みんな色々あるよね…みたいな感じに癒される。 -
6人の女性の6人の物語。
著者の言葉はいつも、
優しい気持ちにさせてくれる。
本のタイトルから、
とても素敵じゃない? -
独身女性6人を主人公にした短編集。なのだが、男性目線で読んでしまった。「最後の伝言」「無用の人」「皿の上の孤独」あたりが好み。家族という幸福追求の最小集団を様々な角度から捉え、「こんな生き方もありだよね」と包み込んでくれる感じかな。あと、メキシコ料理が食べたくなった!
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6つの短篇からなる短篇集。いずれも大人の女性が主人公。
家族との関係だったり、はたまた友人や仕事仲間との関係だったり、本当にそれぞれ全く違う背景や思い・関係性が描かれていて、色々な生き方があるなというのが詰まった物語。
「波打ち際のふたり」は「ハグとナガラ」という本に収録されている話だな。 -
タイトルから、ハートウォーミングな話の集まりかと思っていた。
が、読み始めたら主人公がそれぞれ、仕事を持ち自立した女性ばかり。
彼女達は結婚に対して全く夢や願望を抱いていない。そしてそれぞれ、色々な経験をしていている。
50代になったらここまで達観というか、冷静というか、向き合うことができるものなのだろうか。まだわからない。
誰でも、何歳でも、誰かの大切な人であるというメッセージを感じた。
ただ、よっしゃ!幸せ!ハッハッハー!ってキャピ感がなくて、何だか静かな読了感だった。 -
メメントモリ(死を想え)、ということばの重みを感じさせてくれる本。原田マハさんの短編は一人ひとりの人生を素朴に、でも鮮やかに描いてくれる。
故人を想うことで自分がその人に生かされていたのだと気づくことがある。主人公は40代の独身女性なのだが、同世代の男性である私も共感できるストーリーで、吸い込まれてしまう。