機密費外交 なぜ日中戦争は避けられなかったのか (講談社現代新書)
- 講談社 (2018年11月14日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
- / ISBN・EAN: 9784065138519
作品紹介・あらすじ
リットン調査団への接待攻勢、諜報活動に努める杉原千畝ら外交官。満州国の正当化のためのメディア対策……。奇跡的に残存する1931~1936年の外交機密費史料。領収書の数々は何を語るか? インテリジェンス、接待、広報など、機密費史料から中国大陸での外交活動を復元し、満洲事変から盧溝橋事件へといたる道を描き出す一冊。
感想・レビュー・書評
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やはり、日中戦争まで突入していたら戦争回避は難しかったのだろう。
ただ、外務省本省は国際協調路線、在中公使館は中国ナショナリズムに譲歩しながら日本権益の維持を図り、軍部は暴走と、統一性と戦略性に欠如した国である。 -
領収書が揃っているという点で機密でもなんでもないのだが、無味乾燥なカネの流れから歴史を推論するという挑戦的な試みに取り組んだ事は評価すべきである。が、結局は新しい発見があったというよりも、これまでの歴史解釈を裏付けるという展開になってしまい、大胆な仮説推論には至らなかったような。これは実証主義的アプローチがメインのアカデミズムの学者の限界なのかもしれない。歴史作家ならもっと面白い推論ができたのかもしれないが。
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満州事変期から日中戦争前夜までの日中関係を、当時の機密費の領収書から探った本。機密費の主な使い道は、ハルビンや上海でのインテリジェンス活動、リットン調査団への接待外交、広報活動など。
以下面白かった点。
・1935年前半の日中外交関係は、前半は、外務省主導の外交関係の改善、後半は、現地軍主導の外交関係の悪化という様相となった。このような前半から後半への転換の過程は不可避だったのではない。中国国民政府内は、「欧米協調派」と「親日派」に分かれており、その2つの派のどちらが主導するかで中国の外交政策が決まっていたが、日本側が中国国民政府内の「親日派」に経済援助のような系統だった支援に踏み切らなかったため、「親日派」の急速な衰退を招き、外交関係を修復できなかった。
・日本の外交は、満州事変を分岐点として、協調から自主への転換を支持する世論と国内政治の拘束を受けるようになり、政府にとっては協調路線をとるのが難しくなってきていた。世論が自主外交の支持へと転換したのは、満州事変をきっかけに扇動的な報道を行うようになった、マスメディアとしての新聞の影響が大きかった。
・日本は国際連盟脱退の意思表示により、軍部の熱河作戦にともなう対日経済制裁の危機を未然に防ぎながら、国際連盟側との決定的な対立を回避しようとした。国際連盟脱退の意思表示をきっかけとして、日中停戦協定が成立し、日中関係は戦争ではなく緊張緩和に向かう可能性が生まれたが、上記のようにこの機運を活かせなかった。 -
機密費というキャッチーなテーマにとらわれてか、資料も少ない中、接待費やコックの費用など冗長な内容が続く。5章、いきなり良くなる。機密費とはちょっと外れた感はあるが、「日中戦争はなぜ避けられなかったか」を書きたかったから5章で飛ばしてくれる。1935年、幣制改革で中国を立て直そうとしたリース・ロスの来日、日中大使館の設立、休戦協定。しかし親日派唐有任は暗殺され、彼は日本の行動により、親日派が中国政界で立場がなくなったことをなげいていた…。
日中戦争はなぜ避けられなかったかをメインテーマに機密費はサブテーマにすればもっとわかりやすい本になったのでは?1944年に破棄したと思った領収書があったとわかったこと、折しも公文書管理が問題になっている時節柄、どうしても機密費をタイトルにしたかったのだろうか。 -
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第1章 満州事変下の外交官
第2章 インテリジェンスと接待―ハルビン・上海・奉天
第3章 上海事変と松岡洋右
第4章 リットン調査団をめぐる接待外交
第5章 満州国の理想と現実
第6章 日中外交関係の修復をめざして
第7章 戦争への分岐点
第8章 戦争前夜
著者:井上寿一(1956-、東京都、政治学) -
日中戦争前夜の、日中関係を巡る日本側の動きを機密費の使用状況から読み解く本書。
陸軍の中国におけるプレゼンスの大きさと、日中関係回復に奔走した外務官僚の動きが、読了後に頭に残った。
筆者は歴史学者として多くの本を世に出していて、それをライフワークの一つとしていることがあとがきでも読み取れる。そうであるからこそ、私のような門外漢にも本の主題がよりよく理解できるような仕掛けをもっと作ってほしかった。例えば登場人物の略歴を巻末にまとめてくれるとか。 -
機密費の内訳で最も多かったのが、対陸軍接待費という所にやるせなさを感じる。もっと他に使い道があるだろうと思いつつも、当時の陸軍の大きさというものを感じて慄然となる。
それと同時に現地居留民に引きずられる外務省と軍部の姿も見えてくる。現地における既得権益を守ろうとして、泥沼にはまっていく姿を。
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機密費の分析により何かを暴く、というより、この時期のその時々の状況の傍証として機密費支出が出てくる、という感じだ。
著者は、機密費の使途として「親日派」との信頼醸成や北満鉄道買収交渉における杉原千畝のインテリジェンス活動には一定の評価を与えているが、その他はインテリジェンス・接待・広報とも、中国側を対象としたものの効果は限定的だったようだ。他方、この時期を通じて、東北でも上海でも外務省の対軍部「官官接待」費の支出が目につく。「外務省にとって対中国政策は対軍部政策だった」と本書にある所以だ。もっとも、外務省内でも多国間交渉路線の幣原外相と二国間交渉路線の現地外交官の違いはあったが。