- Amazon.co.jp ・本 (352ページ)
- / ISBN・EAN: 9784065277515
作品紹介・あらすじ
夫と死別し、神とは何かを求めてパリに飛び立った私。極限の信仰を求めてプスチニアと呼ばれる、貧しい小さな部屋に辿り着くが、そこは日常の生活に必要なもの一切を捨て切った荒涼とした砂漠のような部屋。個人としての「亡命」とは、神とは、宗教とは何か。異邦人として暮らし、神の沈黙と深く向きあう魂の巡礼、天路歴程の静謐な旅。
著者を敬愛する芥川賞作家石沢麻依による解説を巻末収録。
"……私は、内部からパアッと照らしだす光の中にいた。生まれて以来、何処にいても、居場所でないと感じつづけた、わけが、わかった。わかった、わかった。と、何かが叫んでいた。逆なのです、わたしたちすべて、人間すべて、あちらからこちらへ亡命してきているのです。あちらへと亡命するのではなく、この亡命地からあちらへ帰っていくのです。かつて、そこに居たのですから。”──本文より
芥川賞作家石沢麻依さん大推薦! 待望の文芸文庫化。
「『亡命者』は私にとっても思い入れの深い作品です。初めて読んだ時は、それまでの作風との違いに困惑したものの、最後のページにたどり着く頃には、深い白と青の光景に言葉を失くしました。入れ子構造の巡礼世界に、こんな領域まで言葉がたどり着けるのか、と畏れも感じた覚えがあります。そして、現在、自分がドイツにいることにより、個人としての「亡命」とは何なのかを考えさせられています。」
感想・レビュー・書評
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まだ読んでいない講談社文芸文庫があったっけと思い久しぶりに高橋たか子。しかし先に結論を言うと、『誘惑者』や『人形愛』に比べて本作はちょっととっつきにくく、あまりにも宗教的なので私はちょっと苦手でした…。
主人公は45歳だったか48歳だったかとにかくアラフィフの日本人女性。パリで学生として留学生活を始めてはや2年目。とはいえ別に勉強したいことがあるわけではなく、漫然とパリにいたいだけ。内面の国境だの、亡命だのについて小難しい理屈を繰り広げてばかりいる。失礼ながらそれは亡命ではなくただの現実逃避では?と思ってしまいました。
修道院に泊まりにいったり修道者的な生活をするうちに、やがて彼女はプスチニア(ロシア語で砂漠の意)という生き方に辿りつく。信仰以外は何も持たず質素な生活をしているそういう人たちの集落もあり、しかしそこへ行かずとも、自分自身のプスチニアがあればいいらしい。彼女は自分の部屋を私のプスチニアと呼んでいる。これもなあ、質素倹約とはいえ、彼女は無職、留学生という優雅な身分で働かずとも食べていけるまとまったお金を持っているわけだから、なんか違くない?と思っちゃう。
彼女の友人の兄も修道院に入ってしまったが、彼は戦地で地獄を見てから変わってしまったという。主人公は彼の気持ちがわかる~みたいなことを言ってるのだけど、いや戦地で地獄見たひとと、パリで学生してるアラフィフが同じなわけないだろと突っ込んでしまった。私から見たら彼女は一種の高等遊民。私って感受性強くていろんなものが見え過ぎちゃうから生きづらいんですみたいなテイでいるのが妙に腹立たしい。
終盤には一応のカタルシスがありそこは良かった。こちら側(俗世)からあちら側(神のいる側)へ亡命したくて修行してるみたいな感じだったのが、実は逆だった、この俗世はすでに亡命先で、あちら側に帰りたいのだ、みたいな。以下少し引用。
「こちらから、あちらへと、亡命したのですね」
「マドモアゼル、それは逆ですよ」
「何が、逆なのです?」
「わたしたちすべて、人間すべてあちらからこちらへ亡命してきているのです」
われら、この地上への亡命者。
この亡命の終わる時、祖国に入る。
あちらへと亡命するのではなく、この亡命地からあちらへ帰っていくのです。かつて、そこに居たのですから。わたしたちは帰っていくのです。</引用終わり>
さてさらにこの作品の構成は特殊で、ここで終わらず、これを悟った主人公が「小説『亡命者』」を執筆開始、その小説がまるまる収録されている。作中小説『亡命者』の内容は、主人公が上記の過程で出会ったアニーとダニエルという謎めいた修道者カップルのアニー視点の物語。ふつうの恋人同士から結婚した二人、しかしダニエルが突然修道に目覚め、アニーも一緒に修道者の道を進むことになる。
二人は結婚しているのに「禁欲の誓い」を立てる。まあ二人が幸せなら勝手にすればいいけど、修道者になりたいならダニエルは結婚せず一人で勝手になればいいのに、アニーを巻き添えにする身勝手さにちょっとイライラ。二人もプスチニアに辿りつくが、その生活がしたいなら結婚してる必要も、二人一緒にいる必要もなくね?と思ってしまう。
さらに入れ子は続き、最後はこの作中小説『亡命者』の中で、アニーが発見したダニエルの手記「手記『亡命者』」で締めくくられる。この構成自体は面白いと思いましたが、内容はあまりにも宗教的すぎて、無神論者の私には共感ポイントがない…。ある意味、高橋たか子自身の自伝的要素があり、ご本人の年表と照らし合わせると理解できる部分もありますが、小説として面白いかというと、個人的にはちょっと微妙でした。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
パリで暮らす「私」は極限の信仰を求めてプスチニアと呼ばれる貧しい小さな部屋に辿り着く。そこは日常生活に必要なもの一切を捨て切った荒涼とした部屋だった。プスチニア――ロシア語で「砂漠」を意味するそこで暮らす「私」は沢山の「国境」を越え、「亡命」してきた。「亡命」は「私」を削ぎ落とし、「個」を脱ぎ落とし、透明になる行為だ。「私」の「亡命」の物語は一組の男女の物語へ、そしてある男の手記へと引き継がれていく。深く深く、内なる淵源へと降りてゆき、そこに拓かれた光景は何処までも遠く無限大の静寂に包まれた白と青の世界。神の沈黙と対話し、己の魂の静謐な声を聴く。神秘的な、魂の巡礼の壮大な物語。