- Amazon.co.jp ・本 (536ページ)
- / ISBN・EAN: 9784087463453
作品紹介・あらすじ
大事なのはいいものが残ること。作者の名がなくてもそれ自身の力で生き残るようなものを作ること。だからそれを作った人間は美しいものを作っただけで幸福。五千年前のメソポタミア、二百五十世代重ねた昔の人と、人の精神の基本形は変っていない。古代妄想狂を自称する男が大英博物館で気に入った収蔵品を選び、それが作られた土地を訪ねる、知的興奮に満ちた旅。第8回桑原武夫学芸賞受賞。
感想・レビュー・書評
-
2月。私は「顔の考古学」の感想という形を借りて、本書の旅のあり方を真似て小さな旅をした。即ち、博物館の一つの遺物を写真に収め、その生まれた土地に赴くという旅である。かなり上手く書けた、と内心自画自賛していた。ところが、やっと手に入れた「原作」を読み始めると、そのあまりにものわかりやすさ、或いはエンタメ性に茫然自失となった。私と同じようにかなりの専門書を紐解いているはずなのに、池澤夏樹はそれを感じさせる文節の一片たりとも記さなかった。読ませる文章とはかくありきか。
例えば、大英博物館で池澤夏樹はいくつかのインドの仏塔彫刻を見て、チェンナイ(マドラス)から数百キロの車の旅をする。形式は「男」の旅小説だ。旅日記ではなく、おそらく旅程の順番も会話も変えているのだろう。問題は、遺物が語る「世界」だから、専門用語は必要ない。難しい言葉は軽く説明しながら使う。読者の興味が続くように旅の苦労や美味しい料理、途中出逢った風景や会話をふんだんに挟み込む。そうやって遺物の、中国や日本が現さないインド彫刻の「官能性」の秘密を、「男」はだんだんと承知していくというわけだ。
ナガルジュナコンダの博物館に着くと、白髪の爺さんが
「ご一緒しましょう。わしはガイドですわ」
と言って近づいてくる。私も経験あるが、中国にもベトナムにもいる「押しかけガイド」である。「男」は一瞬自分のペースで観覧できないので断ろうとしたが、疑問に答えてくれるかもしれないと一緒にすることにする。やがて2人の会話が、おそらくホントにあったガイドとの会話とずれてゆき、インド彫刻の「真実」に近づいてゆく。ガイドは最後、規定以上の小金を獲って消え失せるのである。とっても小説的だ。
「インド人は古代から肉体が好きだった。男と女の仲が好きだった。それを隠さなかった。彫刻にも表した。今だってたぶん女たちの身体を讃えるのが好きなのだろう。それに対して仏教はまるで違う原理を持ち込んだ。肉体を超える精神性を、しかも彫刻という本来最も肉体に近い手段で、表現しようとした。そしてそれに成功した。あの不思議な、禁欲の原理と極端な官能性が一つのフレームに並ぶという造形が生み出された。
しかし中国人は官能が嫌いだったから(それを表に出すことが嫌いだったから)仏教はその部分を捨ててしまった。日本に渡ってきたのも官能なき仏教だった。寺に裸の女はいらないということになった。まあ、東アジア人の体格は、インド人と異なって、彫刻として官能を表現するには向いてないのかもしれないが」(121p)
それにしても残念なことだと思いながら、「男」は立ち上がりインドをあとにする。
私もこんな旅をしたいと切実に思う。こんな旅レポートは書けそうにないけれども。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
古代に傾倒した男が、「パレオマニア(古代妄想狂)」を自称し、大英博物館のいろいろな展示品を見て、その中から好きなものを選び、それが作られた土地と時代に旅をする。
ひどく優雅で贅沢な「旅記録」のようで、それにとどまらない。
ある「男」の古代への憧憬と偏愛を、妄想を織り交ぜながら熱量は高く、けれど極めて理知的かつ静かな文体で綴った、記憶と思索が入り混じる、まさに現実と非現実の境界線に成り立った「旅小説」となっている。
旅先は国を単位に数えれば、ギリシャに始まり、旅の起点イギリスまで13に及ぶ。
一点一点の展示物から、旅先となった各産出国の歴史、風土、国民性、食事、現在の政治情勢等、あらゆるものに思いを馳せて尽きぬ妄想を広げていたかと思えば。
最後には、膨大な遺物を納め、展示し、万人に示す博物館の機能について、そのきっかけとなった植民地主義の歴史と大英博物館の成立について、そして、博物館などの収蔵品を本来の国に戻す運動「リパトリエーション」への自身の見解までも語り上げて締めるという、実に壮大なつくりとなっている。
池澤夏樹の、自由さと、博識と、端正な文体が実に見事に噛み合っていて、まさに「三位一体」。
私もいつかこんな旅をしてみたい。
こんな見事な文章は絶対に書けないけど。 -
池澤夏樹のこういう趣味が嫌みだと思う人には向かない。ぼくは、どっちかというと、とても好きな人なのでハマってしまう。書評であれ、旅であれ、読み始めるとやめられなくなるのが池澤の仕事っぷりということだ。
できれば、若い人に、こういう人がいることを紹介したくて、ブログに書いた。
https://plaza.rakuten.co.jp/simakumakun/diary/201911010000/ -
ロンドンで大英博物館に行く前に読んでおくべきだったかもしれない。
興味は自然と、中東とオリエントに向かう。ここの展示をもっとしっかりお見ておくべきだったか。
また行こう。 -
思い出袋(鶴見俊輔)で評価されていたので読んでみる。アンコールワットの遺跡群について紀行文の類はよくめにするが、池澤夏樹ほど的確かつ蠱惑的に表現できた作家を私はしらない。
-
大英博物館を起点とした旅。
展示室で心ひかれたもののふるさとに向かう旅を繰り返す男。
古きものを愛する「パレオマニア」を標榜しながら、旅に出るたび「文明」に批判的になっていく男、の心の移り変わりを我が事のように読ませる文章にやられました。
熱くも説教臭くもないんだけど、時々ズドンと響くフレーズがあります。
読んで知った気になれるけど、やっぱり大英博物館に行ってみなければ。 -
見た目以上のボリューム感で、
一日一国分しか読めない。
だって旅って一日に2つも3つも国回れないでしょ?
つまり読んでる方も、「男」いや池澤夏樹と一緒に旅をしているわけです。 -
ぼちぼちと電車の中で。こんな贅沢な旅がしてみたい!大英博物館、早足で見回っただけだけど・・・あの展示物すべてに歴史が、時代が、かかわった人々がいるのかと思うと・・・わお。
-
旅行記的な静かな旅の記録。
現地で見つけた事から歴史を思う著者の思考とシンクロして、
自分も旅をしている気分になる。 -
”パレオマニア”=古代妄想狂を自称する男が大英博物館のコレクションのなかから気に入った収蔵品を選び、それが生み出された土地を旅し、そのルーツを探る。
大英博物館には当然ながら世界中から貴重なコレクションが集まっている。一堂に会しているからこそより貴重である。しかし、一方でときに略奪され、ときに買い取られ、博物館に陳列されたことで、その収蔵品はどんな文化から生み出されたものなのか、どんな人がどんな理由で作ったものなのか、その文脈がわからなくなっている。
ギリシャの美しい乙女はなぜロンドンに運ばれたのか
シャカの横にはなぜ官能的な美女が立っているのか
泥から見つかった男はなぜ3度も殺されたのか
アンコールワットの彫刻はなぜ微笑んでいるのか
著者の旅はそのルーツを訪ね、古代への妄想をふくらませていく。