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- Amazon.co.jp ・本 (486ページ)
- / ISBN・EAN: 9784094600803
感想・レビュー・書評
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無我は、理論ではなくて、まさしく実践の課題として阿含経には説かれ、無我の実現を阿含経は反復して強調する。そして、その実践・実現を担い果たすのは、ほかならぬ主体であり、自己そのものである。その自己ー主体が、執着にうごめいている自我を否定し、開放し、超越する。阿含経に説かれる無我説とは、まさに以上なようなものである、ということが出来る。
自己は、そのまま主体性であり、行為の主体であり、実践の当体であり、責任の所在であり、そして仏教の術語で言えば業の統括者として、常に明らかであり、自らに関わる一切を負う。そのような「自己」の在り方を、「ダンマパダ」は多くの詩句に説く。
"実に、自己こそが、自己の、主。自己こそが、自己の、拠りどころ"詳細をみるコメント0件をすべて表示
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