姫君を喰う話 宇能鴻一郎傑作短編集 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
3.61
  • (4)
  • (31)
  • (19)
  • (2)
  • (1)
本棚登録 : 368
感想 : 24
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101030517

作品紹介・あらすじ

煙と客が充満するモツ焼き屋で、隣席の男が語り出した話とは……戦慄の表題作。巨鯨と人間の命のやりとりを神話にまで高めた芥川賞受賞作「鯨神」、すらりとした小麦色の脚が意外な結末を呼ぶ「花魁小桜の足」、村に現れた女祈禱師の異様な事件「西洋祈りの女」、倒錯の哀しみが詩情を湛える「ズロース挽歌」、石汁地蔵の奇怪なる物語「リソペディオンの呪い」。圧巻の迫力に満ちた六編。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 著者、宇能鴻一郎さん、どのような方かというと、ウィキペディアには次のように書かれています。

    ---引用開始

    宇能 鴻一郎(うの こういちろう、1934年7月25日 -)は、北海道札幌市出身の小説家、官能小説家、推理作家。本名鵜野 廣澄(うの ひろずみ)。下の名前を音読みした「ウノコウチョウ」をもじったペンネームであり、同人誌時代には「宇野興長」の筆名も用いていた。嵯峨島 昭(さがしま あきら)名義で推理小説も執筆している。

    ---引用終了


    で、本作の内容は、次のとおり。

    ---引用開始

    煙と客が充満するモツ焼き屋で、隣席の男が語り出した話とは……戦慄の表題作。巨鯨と人間の命のやりとりを神話にまで高めた芥川賞受賞作「鯨神」、すらりとした小麦色の脚が意外な結末を呼ぶ「花魁小桜の足」、村に現れた女祈禱師の異様な事件「西洋祈りの女」、倒錯の哀しみが詩情を湛える「ズロース挽歌」、石汁地蔵の奇怪なる物語「リソペディオンの呪い」。圧巻の迫力に満ちた六編。

    ---引用終了

    宇能鴻一郎さんというと、官能小説専門の作家というイメージしかないのですが、官能小説を書く以前は、純文学作家だったようですね。

  • 自分の中の拒否反応が凄いけど、それだけで切り捨てられない魅力というか魔力あり。

    しかし最終的に思ったのは、著者は大柄な女性がタイプなのかな?という事と、女性の足フェチなのかな?という事。

  • ★4.5「花魁小桜の足」
    終わり方がいい!
    ★4.0「姫君を喰う話」「鯨神」
    ★3.5「西洋祈りの女」「ズロース挽歌」「リソペディオンの呪い」

  • 本書をどういう経緯で知ることになったのか忘れてしまった。けれど、この本はきっと面白いのだろうなという予感がして、それは裏切られなかった。
    少し奇妙な感覚だと思う(のは自分だけかもしれない)けれど、例えば表題作「姫君を喰う話」や、「鯨神」、「ズロース挽歌」については、ある意味読み始める前に予想していた通りの物語だったと感じた。
    本書をそういう型にはめた呼び方をしてはいけないのかもしれないけれど、純文学的な作品は、自分にとっての気晴らしや安らぎになるようなミステリーなどの小説とは違って、緊張感をはらんだ読書体験になることが多い。それは、思っていたよりも悲劇的だったり、または反対に笑えるものだったり、筋書きの面で(も)読後にショックを受けることが少なくないからだと思う。しかしこの意味では、先に挙げた短編は、むしろ、期待していた通りの展開で、期待していた通りの緊張というか、興奮を与えてくれたように思った。
    例えば「鯨神」は、どうしてもあの「白鯨」のイメージを持つ読者が多いのではないか。そして筋書きとしてもそのように進行する。けれど、「白鯨」が様々な人種の関わる、世界的スケールの物語だったのに対して、「鯨神」はどこまでも土着のというか、内輪の、ある日本の漁村の神話という気がする。
    解説にもあるように、「西洋祈りの女」も同じく、田舎の習俗というか濃いその場所の空気を、そこで人々がどういう息遣いをしているかまで、描くのが上手いと感じた。自分も田舎といっていい場所で育ったけれど、「鯨神」や「西洋祈りの女」を読むと、田んぼの泥とか、透き通った川とか、何がいるのかわからない山とか、幼い時の性的な関心とか体験がものすごく自分の近くにあるような感覚を思い出した。田舎では、文学のこととか本のことを考える人なんていないと思う、けんかとか性的なこととかにしか、あまり関心は払われないと思う、特に若い人たちには。というと、もちろん極論というかもはや偏見かもしれない。でも、そういう田舎のどろどろした生活や野卑な性的な関心などと、何かしらの聖性をもつものとの出会い、邂逅、昇華?というものが描かれていたように私には感じられた。それから、「がくがくする下顎と生あくびを必死でかみ殺していた」という表現が、「西洋祈りの女」にはあって、これも印象に残った。田舎では、なんというか興奮と怠惰・退屈とが、表裏になっているような気がする。
    また、全く関係ない感想なのかもしれないけれど、本書では、都会よりは田舎の、現代的というよりは少し前の時代の官能的な話が収められていた。そこで感じたのだが、現代の、都会のなかの性を扱った小説は、どこか、生々しくていやである。なんでだろう…それは、自らを直視したくないということなんだろうか。本書は、やっぱりどこかフィクションの中の性として考えて読んでいたように思う。

  • 淫美で奇怪で強力な短編集。読み終わった後もじわじわと感情を揺さぶられた。

  • 「姫君を喰う話 宇野皇鴻一郎傑作短編集 宇野鴻一郎 新潮文庫 2021年」卒読。題名の短編だけ読んだ。食と性欲についておぞましく書いてある話。膣と肛門に親指と人差し指を入れて内臓の厚みについて書いてあるところが妙に鮮明に脳裏に焼きついた。篠田節子の解説で少し落ち着いた。

  • 表題作他、「鯨神」「花魁小桜の足」「西洋祈りの女」「ズロース挽歌」「リソペディオンの呪い」6編収録。自然の美しさと厳しさ、溢れる生命力とそれが過剰故に露わになる野卑な猥雑さ、血と湿った土の匂いが漂ってくるような、圧倒的な描写が凄い。宇能鴻一郎の作品を読むと性と生と死が渾然一体となって迫ってくるのを感じて、それは決して切り離せないものだと知る。中でも芥川賞受賞作の「鯨神」は短いながらも圧巻。また官能小説家としての顔を垣間見せる「ズロース挽歌」は移り変わる時代の悲哀すら感じさせる。表題作の「姫君を喰う話」のねっとりと絡み付くような文章もまた凄みを感じさせる。宇能鴻一郎の純文学はもっと読みたい。

  • しょーもないことを、流麗な文体で丁寧に描いた作品集。題材は谷崎潤一郎に似ているが、なぜか谷崎ほど官能的な感じはない(私にとっては、ということかもしれない)。
    鯨神は、なかなか読み応えがあった。


  • 筆力は重厚で迫力がある。特に表題作や『ズロース挽歌』など男の性倒錯・変態性を描いた話は本人もノリノリの為凄まじい出来栄えだった。
    ただ、そういった作品とその他で露骨なバラつきがあり、得手不得手を感じた。

  • 初めて宇能鴻一郎をちゃんと読みました。川上宗薫と並ぶ官能小説の大家として名前は知ってましたが、たかがエロ小説家となめきってました。でもたぶん、凄い作家です。知りませんでした。国文学や土俗習俗の知識、ストーリー構成の無駄の無さ、絶妙な文章表現と漂う無常感。何だよもっと早く言ってくれよ、めっちゃ文学じゃん。
    収録6作品全て秀作ながら、特に表題作「姫君を喰う話」と「花魁小桜の足」「西洋祈りの女」は良かったです。
    ただ、2021年5月付のあとがきのようなエッセイのような雑文は寄る年波を感じさせられて蛇足(この本読んだ後だと蛇足が変な言葉に見えてくる)。

全24件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

宇能鴻一郎(うの こういちろう)
1934年、北海道札幌市生まれ。本名鵜野広澄。家族4人で、東京、山口、福岡、満洲国(現中国東北部)撫順、長野県坂城と移り住み、満洲国奉天にて終戦を迎える。福岡県立修猷館高校から東京大学教養学部文科二類に入学。修士課程在学中の1961年、仲間たちと創刊した同人誌『螺旋』掲載の「光りの飢え」が『文學界』に転載され、これが芥川賞候補となる。次作の「鯨神」が翌年1月に芥川賞を受賞。以後おもに性を主題として新しい文学を切り開くが、文壇では正当に評価されず、1971年から徐々に女性告白体の官能小説に軸足を移した。歴史小説、ハードボイルド、推理小説でも独自の世界を築いている。
 主な著書に『密戯・不倫』『楽欲(ぎょうよく)』『痺楽』『肉の壁』『黄金姦鬼』『お菓子の家の魔女』『切腹願望』『金髪』『斬殺集団』などがある。

「2022年 『甘美な牢獄』 で使われていた紹介文から引用しています。」

宇能鴻一郎の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×