- Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101050447
感想・レビュー・書評
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伊勢湾の歌島という小さな島。そこで、新治という逞しく、優しい若者が、初江という美しく溌剌とした娘と出逢う。新治は漁師の卵で、貧しい母子家庭の息子。初江は島の有力者の娘で美人だと評判。金持ちの安夫が初江の家の入婿になると勝手に思い込んで自慢している。
ある日、偶然出逢った新治と初江はその場でお互いビビッときて、休漁の日に(つまり暴風雨の日に)、観的しょう(戦争の時に敵軍を見張っていた場所)で会うことを約束する。
約束の休漁の日、雨の中、人けのない観的しょうで先に初江を待っていた新治は、焚き火をしたままいつしか眠ってしまい、気が付くと目の前に初江が……。官能的でドキドキしてしまった。猥雑さは一滴もなく、美しい筆致による芸術的描写。二人のウブで真面目な言動にもドキドキ。
清冽なプラトニックラブを続けているのに、二人を僻む者たちが尾ひれを付けて悪い噂を流す。怒った初江の父により会うことを禁じられるのだが、こっそり友の協力により、文通を続けたり、新治の母が男前な行動をとって協力してくれたり…。
絵に描いたように美しい男女の若者の恋愛物語。お約束通り邪魔者が入って、最後はビックリするくらいハッピーエンドに終わる。
でも、ストーリーどうこうではなく、三島さんの文章がいい!表紙裏に「人間生活と自然の神秘的な美との完全な一致をもちえていた古代ギリシア的人間像に対する憧憬が…」と書かれているが、そうそう、ギリシャ芸術のように美しい。それを視覚的な美術で表したのではなく、日本語という言葉で、読む人の想像力を刺激する方法で作った芸術。映画化もされているらしいが、絶対映像では観たくない。キラキラ光る想像の世界を壊されてしまうから。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
文庫の後書は、重松清さん。「ひまわりのような物語である。」と解説している。確かに、茎の太い真っ直ぐに伸びたひまわりのようだ。
娯楽など何もない素朴な日本の古来の姿のような歌島。島の頂き近くの神社と断崖の灯台が、外の世界を眺めることができる存在として語られ、たびたびこの小説の重要な舞台となる。海は労働の海として描かれる。そこでの、若い漁師と美しい海女の純愛物語。多少の紆余曲折はあるが、若者の気力と体力と純朴さが全てを飲み込み。お伽噺の様な印象が残る。
重松さんが、誉めていた「あまちゃん」の作中の「潮騒のメモリー」を知らないことは残念だった。
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「ボーイ・ミーツ・ガール」の超ド定番展開を、三島らしい論理性と配置美によって、彩い魅せた作品。(※褒めてます)
世間から隔絶されたような伊勢湾の寂れた島にて繰り広げられる、父を戦争で失い漁師として家族を養う貧しくも気立のいい少年と、家の事情で養子先から比較的裕福な実家に戻ってきた美しい少女の恋物語。
…と、あらすじを書いてみて改めて思ったのは、本当に、コッテコテな設定だということ。展開も、最初から最後まで、本当にコテコテ。読み終わって拍子抜けするくらい、予想外のことは、何も起こらない。
それなのに飽きることなく最後までぐいぐい読めてしまうのは、主役の二人だけでなく端役の端役に至るまで、性格や背景、役割設定がとても明確に与えられた上で実に的確に配置され、その絶妙さこそが、無駄がなさすぎるほど無駄なく物語を動かしていることが確かにわかるから。
「局面を動かす」役割を担う人物が、場面場面によって違い、複数人いるつくりなのだけど、そこに無理も破綻もないのが本当にすごい。実は序盤からちゃっかりいくつも張り巡らしていた伏線(説明的な人物設定)が効いています。
個人的には、いかにもヒロインな初江よりも、ヒーローたる新治に積年の思いを寄せながら、コンプレックスもあってそれを口に出せずに悶々と嫉妬して二人の仲を結果的にかき回し、それでも好きな人の何気ない言動に心満たされて事態を収めていくことになる、主役二人の預かり知らぬところで実はかなりの大役を担っていた千代子ちゃんの、鬱屈具合といじらしさが可愛くて、本当に好き。
三島って、役割分担だけでなく、人物の「キャラ立たせ」もうまいんですよね。展開を一番の目的とした冷徹なぐらいの配置だけど、それでも、嫉妬や怒りなどの感情は生身の人間味に溢れてて、魅力を感じる。
いかにも田舎らしい、閉鎖的で、噂の娯楽性というか、煽られやすい群集心理をあちこちの場面でたくみに利用している点なんかも、怖いけどすごい。
本作「潮騒」はあまり三島らしくないとされて異端的な位置にあるそう。
けれど、ストーリーも展開も単純でこじんまりとまとまっていて、理解に追われることがないからこそ、何にも邪魔されることなく、三島らしい論理性と配置の妙をゆっくり噛み締めることができるので、そういうものを楽しみたい方にはおすすめです。
(解説を読むと、バレエ演目としても有名なギリシア古典「ダフニスとクロネ」を「本歌取り」した作品だとのこと。この翻案訓練が、その後発表することになる能楽集や戯曲のスキルを育てたそう。) -
三島のどれか一つを読むなら「潮騒」を、と三島本人がどこかに書いていたような記憶があったから選んだ。
健康的で伝説的(ヤマトタケルとかヘラクレス的)な、青春小説。
まったく予想外。
坂口からの三島に怯えていたので、思いがけない初恋描写に顔がニヤけて戻らなかった。
繊細な三四郎タイプとは真逆の、逞しい少年が主人公でとても気持ちがいい。
失敗をバカ笑いされても、心折れて引きこもるような心配がまったくない。
うじうじとは無縁。
皆 生活することに一所懸命で 思考の沼にハマる暇がないのが、実に尊い。
そして最後の一文がとても重要。
女が守ってくれた、で終わられたら途端に気色悪いところだった。
思いがけず、心洗われた。 -
三島由紀夫では金閣寺、仮面の告白に続いて3つ目に読んだ本。究極のプラトニックラブを謳っているが、まさにその通り。世間の俗物的な考えを排除し、便利な今のツールをなくすと、こうなるのか、と思わず思考実験の舞台を想像した。
美しい自然の描写と2人の男女の内的心理を不必要な部分をこれでもか、というぐらいに排除し、研ぎ澄まされた文章で丁寧に描くのはまさに三島由紀夫らしい。彼の織り成す日本語は美しい。
出会い、惹かれあい、困難が襲い、それを乗り越え結ばれる。王道の展開、ただこれだけ、でもそれだけだが、基本に立ち返り、その基本を突き詰め、極めると、人は心を動かされる。
そのことを証明したまさに傑作。 -
素晴らしき恋愛物語。美しい。新治がどこまでもかっこいい。
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読みやすい
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数十年ぶりに再読。
文章が強い。という印象変わらず。
キレイな内容で、青春物として、10代くらいで一度読んでおくと、いい作品。 -
幾度目かの再読。
王道純愛小説。
ストーリーの舞台である離島の刻一刻と変わる風景描写が兎に角美しい。目に浮かぶ様である。
そして主人公の青年が、どこまでも清々しい。
三島由紀夫というと、思想強めで取っ付き難いイメージだったが、初めて本書を読んだ時、「こんな小説を書いていたとは!」と驚いた。
読み易く分かり易いという理由で、近代文学初手の人に必ず本書をお勧めしている(笑) -
私が人生で最も美しいと思った小説がこれである。素朴さや純粋さの美しさをこれほどよく描いた小説は他にあるだろうか。
我々の世界の美しさは自然を征服したという自信をもとにつくられた社会的なものだ。この世の多くの美しさが金銭的な価値に還元されるよつうなもので、煌びやかなというより実際ほんとうにギラギラしている美しさで溢れている。そういうものに嫌気がさした我々はときにふらりと山や海に帰りたくなる。そこに私たちが求めるのは、この小説が描いたような澄んだ、透明な、謙虚な、純粋な美しさである。
私はときどきこの小説に還る。誰かが都会から離れて山や海に還るように。
だが本書の純粋さは中毒性が伴うくらいにあまりに完成されすぎている。私にとってはある種の純粋さの劇薬である。