大黒屋光太夫(下) (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101117485

感想・レビュー・書評

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  • なんで読もうと思ったか忘れたけどおろしや国酔夢譚(観てないけど)で有名なロシアまで漂流して皇帝にまで謁見した大黒屋光太夫の話。数奇な運命に驚くし、当時の日本人から見た先進国ロシアの姿がとても興味深かった。吉村昭が凄いのは巷で知られてる光太夫からの聞き書き以外にも同行してた磯吉の聞き書きも発掘して多角的に捉えて肉付けしてるところ。ロシア娘とのロマンスは流石にフィクションかと思ったら事実みたいで驚いた。面白かった。しかし、作中で光太夫が権利権利と帰国したがるんだけど、当時の日本人に権利などと言う意識があったのか?とそこはとても気になった。

  • 実話であるが、物語として非常に興味深い。

    ロシアに漂流し、10年後に日本に帰国できたのは17名のうち、光太夫を含むわずか3名。
    多くの者は寒さや栄養不良で死亡したほか、キリスト教に改宗してロシアに留まる者もいた。

    当時のロシアの方針として、基本的に漂流民は帰国させず、来るべき日ロ通商の手段を確保するため、日本語教師としてロシアにとどめ置くという冷酷な措置が取られていた。

    その一方で、光太夫らを帰国させようと無償の尽力をしてくれたキリロはじめ親切なロシア人がいて、ロシアの二面性が感じられる。

  • 面白かったー。読後、まずはどれだけが事実かが非常に気にになったが、どうもかなりが史実に基づいていると知り尚更に読んで良かったと思った。

    あの時代に、言葉が一言も通じない外国に流れ着き、長い年月を過ごさなくてはいけないというのはどれだけの事だったか想像を絶する。仲間が一人ずつ亡くなっていったり、絶望していったりするのも胸が締め付けられた。

    そして、過酷な状況においては賢くないと生き残れない、という事も改めて気づく。

    光太夫に諦めてほしくない、と強く思いながら読み進め、一緒に悲しみ、苦しみ、焦れて、歓喜する。とても良い読書ができた。いつの時代も、異国の人であっても心を通じ合える人はいる、という事も再認識。
    帰国して、最後は心穏やかに光太夫が過ごせた事に、とても安堵した。

  • こりゃー名作です。置かれた環境の過酷さが細部までイキイキと描かれている。帰って来れて、良かったね。

  • 日露戦争に東西冷戦、北方領土問題にウクライナ危機。残念ながら両者が友好であった期間は短い。お互いをよく知らない時代。日本側の恐れとは裏腹にロシア側には憧憬の念があった。自国に流れ着いた漂流民。相手を知るための教師から自分たちを理解させる特使として使う。政策の道具である一方、本物の誠意も感じさせる。寒さ故か、その情は”熱い”。死にもつながる凍傷。順応しなければ住めない国。ナポレオン、ヒトラーが敗れた冬将軍。決して攻めてはいけない国。悪い感情ばかり抱いてはいけない。遠くて近い国。糸口をつかむヒントをもらう。

  • 井上靖のおろしや国酔夢譚では、帰国後の光太夫と磯吉は良い扱いがされていないように書かれていた。しかし、新史料をもとに書かれた本書は全く違う。とても恵まれた余生を送っていたらしい。少しほっとした。それよりも気になるのがイルクーツクに残された庄蔵と新蔵だ。どんな思いで極寒の異国で生きていたのだろう。

  • 天明2年暴風でロシアのアリューシャン列島に漂着した漁師の大黒屋光太夫と17人の仲間たちが帰国を夢見てシベリアからペテルブルクまで赴き帰国するまでを描いた歴史小説の傑作。いや、冒険小説の傑作。女帝エカテリナに請願する不屈の光太夫の行動力、船主として乗組員を励まし、また苦悩する姿。キリスト教の洗礼を受けて帰国をあきらめる者、凍傷で命を落とす者、それぞれの者たちの苦しみや悲しみ、そして帰国への情熱が痛いほど身に刺さる。かなり燃えます。

  • 庄藏動了手術但是忍不住受洗,光太夫們也遇到其他漂流民之子才知道俄羅斯對於日本甚為好奇,也希望漂流民留下來當日文教師,因此根本不可能放回去的真相。光太夫依然繼續上書,但是最後政府採取逼迫手段連定期發出的補助金都不發了。拉客斯曼建議光太夫直接去聖彼得堡投訴,花費私財帶著他出發。沒想到到了首都拉克斯曼大病,五月沙皇也去避暑了,他很絕望地想要回去伊爾庫次克找夥伴門,放棄投訴的念頭。然而拉克斯曼堅持帶他繼續前往沙皇村,最終見到商務和外交大臣,終於有機會朝見女帝凱薩琳大帝(還演練了朝見儀式,也就是左腳跪右腳立,低頭兩掌向上抬起來伸出去,女帝會把指尖輕輕地放在你手上,吻三次再彎腰退出)。女帝最終准許光太夫回國,然而一同前來的新藏居然受洗(他是少數身體強健的所以一直在照顧冬天不停生病的同伴,負責埋葬九右衛門,由於不是教徒不能葬在墓地中,一人拖出去在冰天雪地中根本無法挖地,只好棄在郊外,回來之後大病一場相當慘烈),因為他已經絕望了。也是因為俄國官方政策改變,想藉漂流民跟日本建立關係。光太夫和磯吉小市都獲得官方的餞別禮,大家欣喜又悲傷地準備回國,庄藏在最後一刻才被光太夫大大地親吻告知要離開這件事,果然陷入崩潰慘叫(冷靜的新藏的別離之幕也很慘)。

    三人搭露船一起回到日本(在露國境內移動還是免不了又再慘一次,夏天沒有冬天那麼恐怖但是一整個月被蚊子叮到臉都潰爛,露國風土真的太威了),結束十年以上的漂流。沒想到小市在蝦夷地病死。被送回江戶之後就住在草藥園,後來搬到長屋。光太夫身為當時頂尖的國際人,被幕府命令住在江戶已不能再跑船,然而是否是飼い殺し状態還是可以自由與他人見面不得而知,吉村是採取後者的見解,但無論如何也沒聽說他被重用過,所以可能也是最終才能不為所用吧。而小市過世之後掀起一波許多廟爭相幫他辦法會,其實在那邊展覽女皇送的禮物等等賺門票。而光太夫由於始終擔心故鄉的人對它們這些活著歸來的人的看法,始終沒有回到白子浦,後來是磯吉回去一趟之後他才跟著回去,已經離開二十餘年,故人只剩姊姊,他也是抑鬱地再回到江戶。晚年似乎也無太多開心的事或者其他值得一提的事蹟,或許是抑鬱而終,或許是安詳晚年,並不清楚。只是,讀完這個悲傷的故事後,我在想究竟從龍宮回來的浦島是幸還是不幸?他在異國思思念念的白子浦,回來之後十年依然不敢或不能踏上;在露國有不少溫暖的人情,有深刻濃烈的每一天(包括恐怖無比的冬天...這裡寫到他回來突然覺得日本的冬天弱弱的...),甚至在即位紀念日進入凱薩琳宮,被女皇召見兩次,在魯國也接受了很多好意,例如拉克斯曼的無償付出和鞭策,建立了如同父子的情誼;然而回到自己的國家,多麼想念那綠色山川,梅花,和白子浦的沙灘和松樹,然而卻是徒食無用的每一天,幕府不敢用他又冰他,故鄉縱然有歡迎他的人,也充滿其他船員家屬的怨情與各種不懷好意和各種閒言閒語,已經不再是他可以回去平靜生活的故鄉了。雖然十年數度面臨慘到不忍卒睹的各種情境和生離死別,最恐怖就是同伴的脫隊,女色和東正教的致命地誘惑(兩者都會導致無法回國),但是峰迴路轉活得無比深刻,而光太夫的人生在沙皇村達到高峰,女皇接見他之後身分丕變,露國的知識份子和外交相關人士爭相見他,進行文化交流,也曾做過編字典(薩摩腔字典被改成伊勢腔了)等等的事,可以充分發揮他的才智和語言能力。踩進凱薩琳宮的那一瞬間,見證這一切就讓他足以傲視當代的日本人了,然而回國之後受到逆文化衝擊(再也不能喝牛奶吃牛肉了,之前那麼抵抗...),大環境不再是露國猛暴式的直來直往的勁烈峻然,而是三十度洗澡水,鳥鳥弱弱曲折的陰濕,被冰,回不了故鄉,又陷入閒言閒語的漩渦之中,頂多和幾個蘭學者交心,然而處在一種不上不下拳拳打在棉被上的狀態,而他就被這軟軟的棉被裹完後半生。我想他應該不後悔做出回國的決定,如果待在魯國應該還是日日夜夜思念著伊勢白子浦的風景,但是回到現實之後生命就是一路往下坡狂奔,因為他的才能也完全不為幕閣所用被視為危險人物也可想而知,雖然娶妻生子看似有了一般人的幸福,然而是否這就是經歷過龍宮的人的幸福呢,這種無趣似乎反而更令人想掬一把同情之淚。確實沒有人有太大的心臟可以永遠活在波瀾萬丈之中,漂流異國有家歸不得永遠是人生中極大的悲劇之一,但是不知為何對於光太夫回國之後的生活我更感到悲愴。勁烈峻然與裹棉被,二選一的終極選擇。那些在執教鞭的漂流民,在露國有了自己的幸福家庭,依然在夜深人靜中哼著異國的歌流淚,幸運地謁見女皇回國之後的光太夫或許在北海道拿起筷子的瞬間可能是感動的高峰,之後回不去也不敢回去的故鄉,那種心理壓力,加上現實生活被冰起來豢養,他是否感到無助與悲哀,他是否也慄然地發現,兩個國家都是他的故鄉,但也都不再是他的故鄉,沒有一個地方能讓他如魚得水地,毫無違和感地度過?他是否也意識到,在他踏上故國的一瞬間,他永遠地失去魯國的人生,但是也永遠地找不回在故國的人生?這是一場不可逆的悲劇,體驗過最苦最悲傷,但也曾經嘗過幸福的最高峰,光太夫的心越過山山谷谷大風大浪,有著一個值得尊敬的高傲靈魂,然而對於這一場命運編出的神奇劇本,造化弄人的轉折一再令我驚呼,回國之後的沉寂與苦悶實在令人久久無法釋然。現在突然發現,苦悶這個字不知是誰造的,悶這個字真的下得很犀利,利到讓人眼屎攏撥未離。

  • 上巻に記載

  • 2018年3月24日読了

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著者プロフィール

一九二七(昭和二)年、東京・日暮里生まれ。学習院大学中退。五八年、短篇集『青い骨』を自費出版。六六年、『星への旅』で太宰治賞を受賞、本格的な作家活動に入る。七三年『戦艦武蔵』『関東大震災』で菊池寛賞、七九年『ふぉん・しいほるとの娘』で吉川英治文学賞、八四年『破獄』で読売文学賞を受賞。二〇〇六(平成一八)年没。そのほかの作品に『高熱隧道』『桜田門外ノ変』『黒船』『私の文学漂流』などがある。

「2021年 『花火 吉村昭後期短篇集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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