- Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101131016
感想・レビュー・書評
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北杜夫にとって精神科医である以上書かなくてはならないテーマだったと言っているが、今にしてみれば内容は薄いと感じた。
ひとつ思うことは、戦争という背景があり精神科医の苦悩があってこそ現在のノーマライゼーションの考え方で人格が尊重されているんだなと考えさせられる作品だと思う。 -
頭から順に読んでいくと文芸というか文学というか
解説に云う「透明な論理と香気を帯びた抒情」というふぜい
つまり「お話」のない小説でない文章で
心境を情景描写に仮託しているようなそれである
仮託とかいうことばを使う時点でそんなかんじお察し
最後に収められている表題作は他と違って「お話」が明瞭な小説として読める
こういうのだと読み下しやすい
またこのお話からみればその他の作品にある作者が描こうとしていたものも
なんとなく理屈づけられて見えるような気がしないでもない
つまり小説すなわち筋書きのあるお話でないものは
筋書きでいちおう方向が示されているものに比べてどうとでもとれるのではないか
どの作者が書いたのかより不明瞭で
詩歌のように短くなるほど表現技術の高低も素人に判別困難になる
絵画でも音楽でも万人が評価するものが優れている証だとは思わないが
評価できるひとにしか評価できないものは
どうとでもとれるようにみえるものに多いようにみえるのが素人の感想
文章は手段であり目的のあるものではない
作品は目的を形にしたもので作者にせよ誰にせよ
ひとのこころを動かすべく作られたものだが
その機能が目的を果たしているかを判断するのは使用者の規格に適合するかで
作者のもとにはないと言える
この本については
表題作は小説として無難に良く文句ないが
その他は
例えば高校向け国語の教科書に採用されるかどうかという「規格」で評価するなら
ややいやはっきり落ちるといえると思う -
1960年上半期、芥川賞受賞作。選考委員10人のうち8人までが◎(他の2人は〇)と圧倒的な支持を受けての受賞だった(倉橋由美子の「パルタイ」もこの時の候補作だった)。言うまでもなく、V・フランクルの『夜と霧』に触発されての作である。本家がホロコーストを描いていたのに対して、こちらはタイトルにもあるように、その片隅で密やかに行われていた、精神病者の抹殺に焦点を当てた、精神科医でもある北杜夫ならではの小説だ。ただ、『夜と霧』が、まさしく当事者としての迫真性を持っていたのに比すれば、良くも悪くも客観的な視座だ。
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表紙が串田孫一の版で読んだ。最初に収録されている「岩尾根にて」が一番好きだった。自分と相手(と滑落死体)の区別がつかなくなる場面は映像で見たい。
「夜と霧の隅で」では、精神病患者を助けようとするあまり、体制側と同じ思想(=人間は役に立たないと生きていてはいけない、何とか彼らを役に立つ人間にしなければ)に陥ってしまう医師の姿があわれだった。対照的に、半身不随でほとんど自分では何もできなくなった元院長は、患者たちから絶大な尊敬を集めていた。 -
日本語を活字で見ることが好きだ。
だから基本的には読み始めたものはどんなものでも倍速読みでもとりあえず読み終えようとする。
だが、今回は、短編にも関わらず、何度も本を置こうとしたくて堪らなくなった。
一言で言うと不快。
ナチスによる精神患者の安楽死、その大まかすぎる粗筋のみに依拠して手に取ったことを後悔した。そんな短絡化できない気持ち悪さ。
物語のプロットをここに書いてもこの作品の気味の悪さ、不愉快さはとてもではないが表しきれない。黒板に爪を立てたような、顔を背けたくなるような軋んだ音に満ちた正常を装った異常さ。
ナチスの命令に抵抗する医師たちのもがき苦しみ?そんなつまらない文で要約なんてできない。読み手の反発と嫌悪を引き摺り出す歪んだ文章。
他の作品を読むと同一の作者とは思えない。こんなにも全ての登場人物に共感できない作品は久しぶりだ。
文章をなぞるだけでは分からない。考えに考えを重ねて、立ち止まってひとつひとつ見つめ直さないとわからない。同時に分かろうとすることで染み込んでくる気持ちの悪い正体を振り払いたくなる衝動に駆られる。分かったと思っても分からない。そんな作品がみちっと詰められた狂気。
この作品だけでは判断がつかない凄まじい筆力だ。 -
暗いけど雰囲気あっていい
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ひさしぶりに文学な作品を読んだ。
小説と文学の違い(とわたし流の分け方)は、
地の文が説明、解説になっているものと、
文が練れていて、雰囲気が漂うもの
とである。
もちろん、前者でも後者でもいいものはいい。
コクがあるものが傑作なのであるし、読む楽しみになる。
この短中編集に収めてあるのは
「岩尾根にて」「羽蟻のいる丘」「霊媒のいる町」「谿間にて」「夜と霧の隅で」
どの作品も心揺さぶられるのだが、やはり芥川賞の「夜と霧の隅で」が印象深い。
第二次大戦中、ドイツ南部の町にある公立精神病院の医師たちは、
ナチス政権による民族浄化というとんでもない思想の影響を受けざるを得ないその苦悩がある。
それが単にドキュメンタリーではなく、文学的で深みがある文章が心にしみた。
迫害されるユダヤ人だけではなく、精神疾患者たちにとってもむごい政策というか仕打ち。
そして病んでいる本人たちには何もわからないのだ。
患者を治療しているドイツ人医師たちの悩みはさまざま。
そこに同盟国の日本人医師も留学生としていたが病み、入院してその不条理を経験する。
その妻がユダヤ人という設定も悲しい。
わたしが映画や文章などで知ったことよりも、この中編は胸に響いた。
それが文学の力と思う。 -
北杜夫氏の初期作品集
氏がそう状態の時に書いた、さまざまなユーモアあふれる小説ではなく、深い思索に入った時に書かれた作品が集められている。
自然に入る、山に入る作品についても、その自然の描写、山の描写は主題ではない。そこに置かれた人の内面を抉り出すように書き残す。
そして表題作の「夜と霧の隅で」
ナチスドイツの優生思想の中に置かれた、精神科の医師たちの姿。
北杜夫という偉大な作家の、ひとつの面にじっくり浸ることができる作品。