ローマ人の物語 (40) キリストの勝利(下) (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (176ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101181905

感想・レビュー・書評

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  • いくらその時代が理想だったとしても、その古き良き時代は二度と戻らないという大きな時代の変化。もうどうしようもできない流れの中で必死に流れに逆らったユリアヌスが印象的。主導権はすでにキリスト教にあったが、流れは誰にも止められなかったでしょう。

  • ついに、ついに、ローマ帝国のローマたる部分が失われてしまいました。
    法律の大切さを知り遵守することも、富める者がその富を社会に還元することも、ローマ市民の善き習慣でありましたが、もっともローマたり得るところは『寛容』の精神だったと思います。
    自分とは違う、自分には理解できないものでも、それを尊重する人がいるのであれば尊重する。
    違うことで排斥をしない。
    だから多民族、多宗教でも一つの国としてまとまっていられた。

    けれども一神教であるキリスト教は、それ以外を認めることがありません。
    自分が信じるものを、無理にでも他者に信ずることを強要しました。

    現世を楽しむローマの神々とは違い、キリスト教の神は、信じることによって死後の楽園を保証するものです。
    だからローマのインフラはキリスト教の普及とともに廃れていった。
    現世がどうでもいいのだから、面倒なメンテナンスなんてするはずがない。

    違いを認めないのですから、異端は徹底的に排除されます。
    異端審問、魔女狩り。
    暗黒の中世はもうすぐです。
    何しろ医薬も芸術も図書館もすべて、異教と紐づけられて廃棄させられたのですから。

    学校で習うルネサンスの意味がようやく分かりました。
    これほどまで人間の自然な感情が封じられ、宗教以外を学ぶことを禁じられ、現世の苦すら死後の幸せのために甘んじて受け入れる世の中では、文化が成長するわけがありません。

    後に生まれたイスラム教は同じく一神教ですが、他宗教に対して当初は寛容でしたから、中世は圧倒的にイスラム文化圏の方が文化程度が高くて清潔で金持ちだった。

    そういうことか。
    ルネサンスがあってよかったね。

    このシリーズも残り3冊だけど、読み進むモチベーションがさあ…。

  • ユリアヌスの死後、紀元364年から374年の間、蛮族出身の皇帝がその地位についたのですが、西方ではドミノ式に蛮族が次々に襲ってきておりその侵入は激化する一方でした。皇帝は優位に闘いを進めていたものの、族長と引見中に急死。東方の統治者であったヴィレンス帝は甥二人を西方の統治の分担としました。北方蛮族の帝国内への侵入は、押し出されてきた大量の移住者の不満を生み、掠奪と暴行は見過ごせない状態になっていました。
    紀元378年、「ハドリアノポリスの戦闘」でローマ軍は蛮族に完敗、ヴィレンス帝は戦死、ローマ帝国のゲルマン化は留めようもない状態になります。その後、前皇帝の息子であったテオドシオスがその地位につくと蛮族の移住を公認します。こうして、帝国の「防衛戦」は消滅し、ローマ社会の中堅層であった農民の生活は、蛮族による収奪と重税に苦しめられ、「農奴」にな成り下がります。
    筆者はいわゆるローマ帝国の滅亡を、「溶解」という言葉が妥当ではないかと述べていますが、特に宗教面ではローマ人がキリスト教徒に敗れたのではなくローマ人がキリスト教徒になってしまったからだといいます。
    その言葉どおり、元高級官僚だった辣腕の司教アンプロシウスの下で皇帝テオドシオスは異教排斥を推し進めていきます。
    ローマ人の持つ特質「寛容」の精神から反するような、多神教から一神教であるキリスト教のみを認める法律は、ギリシャやローマの神々の神殿や彫像など芸術的価値の大変高い物を破壊するという、今思えば愚行にまで至ります。ローマ人のローマ人たる所以がこうして、どんどん溶け去っていくのを見るのは大変悲しいことでした。

  • ユリアヌスの死後、ヨヴィアヌスがユリアヌスの反キリスト的な政策を全て撤回し、自身の死をもって、ヴァレンティニアヌスに帝位を譲ることになる。以降、親キリスト教路線が加速する。
    ヴァレンティアヌスは、共同皇帝としてヴァレンスと共に蛮族相手に戦い、ローマをなんとか維持するが、突如死亡し、その後をグラティアヌスが継ぐ。
    帝国東方を守るヴァレンスは、蛮族フン族との戦いにより、命を落とし、その後をテオドシウスが継ぐことになる。
    グラティアヌスとテオドシウスの2帝体制になってからは、反異教、反異端路線がさらに加速する。その政策を補助するのが、キリスト教の三位一体派である司教アンブロシウス。
    その後、グラティアヌスが部下の反乱により殺される事件が起き、テオドシウス体制になるが、キリスト教化は止まらず、遂にローマ国教としてキリスト教が定められることになる。
    キリスト教の神の権威の前では、ローマ皇帝とて一信者として遇され、皇帝の影響力は弱まっていく。
    テオドシウスの死後、ローマは2分され、息子のアルカディウスが東ローマ帝国皇帝に、ホノリウスが西ローマ帝国皇帝になる。

  • 過去のおおらかなローマを好ましく思っていた私からすると、この時代の変化は悲しい。宗教を信じるのは自由。思考停止に陥ったり、特定の考えを他人に強要したり、政治に利用したりするから不幸になる。

  • キリスト教の支配に抵抗した最後の皇帝であるユリアヌスが亡くなった後、ヨヴィアヌス、ヴァレンティニアヌス、グラティアヌスと続く皇帝の治世と、後に大帝と呼ばれるテオドシウスの治世を描いている。

    しかし、この巻では、部のタイトルに「司教アンブロシウス」と、帝政に入ってからは初めて皇帝以外の人物の名前が掲げられている。

    ヴァレンティニアヌス、グラティアヌスといった皇帝は、相変わらず蛮族の侵入に対する国境の防衛に東奔西走していたが、その間にもローマ帝国内でのキリスト教の浸透は進んでいった。

    イタリア北部の州長官という高官の地位からキリスト教の司教にスカウトされたアンブロシウスは、政治の面でも実務能力の面でも当時のローマ帝国随一の人材だったのだろう。このような当時のトップの人材がローマ帝国側からキリスト教の側に移ったという出来事からも、キリスト教の当時の勢いがよく分かる。

    そして、テオドシウスの治世になると、キリスト教以外の宗教の儀式を行うことが禁じられ、元老院の入口でローマをその建国以来見守ってきた勝利の女神像も撤去される。

    さらには、皇帝テオドシウスがキリスト教徒の民衆の暴動を軍によって鎮圧したことに対して、ミラノ司教アンブロシウスが抗議し、最終的には皇帝が謝罪と罪の赦しを請うという、「カノッサの屈辱」をも想起させる出来事も起こり、教会のローマ皇帝に対する優越が明確な形となって示された。

    このような形で、ローマ帝国は古代の多神教、他民族のグローバル国家から、中世の世界へと徐々に移り変わっていく。ミラノ勅令に始まった四世紀の歴史を通じて、ローマ帝国の仕組みや社会が本質的に変化をしていったということが、よく分かった。

  • この下巻では、ユリアヌス帝が行った政策を後の皇帝が否定したことによる混乱期。

  • 作者の好きな男たちのつくったローマの
    大嫌いなキリストへの敗北
    というか堕落というか変質というかを描くだけに
    筆ののりも重い
    ナポレオンという新しい時代の英雄への敗北ならまだ許せるが
    という感じありあり
    古代ローマ最高キリスト教のせいで
    中世暗黒ルネサンスでようやくまともに
    というのが現代史観なのかもしれないが
    神の子が降臨しなくとも近代が1000年早く来たかどうかはわからない
    ライン川を越えられずアレクサンドロスも生み出せず
    羊になることを選んだのはただローマ人だけではない

  • ああ、ついにローマ帝国が滅んだ(泣
    おのれ聖アンブロシウス!

  • テオドシウス帝の治世と死,ローマ帝国の東西分裂

    「そしてなぜか、移住者は常に、すでにその地に住みついている住民並みの待遇を期待するものなのだ。自分たちを、やむをえず故国を捨てた難民と思うからだろう。」(31頁)

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