- Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101201436
作品紹介・あらすじ
自分には何にも夢中になれるものがない――。高校をやめて病院併設の喫茶店でアルバイト中の千春は、常連の女性が置き忘れた本を手にする。「サキ」という外国人の男性が書いた短篇集。これまでに一度も本を読み通したことがない千春だったが、その日からゆっくりと人生が動き始める。深く心に染み入る表題作から、謎めいた旅行案内、読者が主役のゲームブックまで、かがやきに満ちた全九編。
感想・レビュー・書評
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昨年末の朝日新聞書評欄『読書編集長が選ぶ「今年の3点」』の内の1冊。
他の2冊は「水を縫う」と「いつの空にも星が出ていた」で、これらはお気に入りの作者さんなので「読みたい」に入れてあったが、この本はノーマーク。
なんと書いてあったか忘れたのだが、読みたくなるようなコメントがあったはずで、「読みたい」に追加していた。
不思議な趣、変わった佇まいの本。設定も多彩で少しつかみどころがないのだが、しかし何故か惹かれるところが多々あり。
病院の喫茶店で働く千春、幼稚園でデリラを探すソノミ、喫茶店で隣の人たちの会話に耳をそばだてる私(38歳男性)、学生時代多くのSさんたちに囲まれていた田口さん、あれを見るために12時間の行列に並んでいた小川さん、河川敷のガゼル、いつも隣のビルをのぞき見している会社員…。
9つの短い話のほとんどが、『どこもかしこも居心地が悪いのだとしたら、それは柵や檻の外を選ぶだろう』てな感じで、そこまで描かれてきた話をひらりと飛び越える落ちのつけ方をして、痛快と言うかとても感じるところがある(そのおかしみや味わいをうまく言い表すことが出来ないのがちょっともどかしい)。
7つ目の話の中で、主人公がガゼルの警備員に雇われた経緯について『ガゼルが好きですか?と尋ねられ、好きですと答えた後に、ものすごく好きですか?と重ねて問われ、ものすごくというわけではありませんと正直に答え、思えばあの時、ものすごく、と答えていたら採用されなかったかもしれないと、そんな気がする』という描写があるのだが、全編に流れているこんな感じの微妙な加減も好きだなあ。
「読み終わった」に入れたが、実は読了できていない。
8つ目のお話(真夜中をさまようゲームブック)、どれだけやっても、私の考え方の嗜好で辿っていくとは、簡単に『本を閉じること』になってしまうんだな、これが。
悔しいので、筆者が言う通り紙とえんぴつを用意して全通りやってみようと思ったのだが、時間が取れずに、取り敢えず「読み終わった」に入れた…。(いつかやります) -
いやぁ、またまた津村ワールド 楽しめた
まったくつながらない短編9つ。
たやすくない日常に、ところどころやってくる、人からの小さな毒を払いつつ、聞こえなかったふりをしたり、流しながら、本当に小さなあたたかさを見つけたり、出会ったりの物語。どうも見つからないのもある(笑)
表題の「サキの忘れ物」が一番よかった。
「喫茶店の周波数」はタイトルが秀逸。ちょっと
”むらさきのスカートの女”の世界も思い出させる。
「とにかくうちに帰ります」の懐かしの人を連想させる登場人物もちょろっと出てきて、にやにやしてしまった。
「河川敷のガゼル」の少年も良かったなあ。まるで、理想的な親みたいだった。
他にも「行列」とか「ペチュニアフォールを知る二十の名所」などなど。
たやすくない日常に潜む人の毒
毒があるんだけど、なんともいえない、津村さんのユーモアで毒をあぶり出しながら、淡々とユーモアで包む。本当に不思議な作家さん。
一つ一つ読み終わりながら、表紙を眺めるのもまた、楽しい。
ブク友さんのレビューを読んで、解説を読みたくなり文庫の解説を後から読んだ。
良かった。これから読む人には文庫で最後解説までをおすすめします!やっばり津村さんはすごいなあ。 -
楽しそうな装丁に惹かれて手に取り、本が出てくる話らしいと見てレジまで行きました。
表題作の「サキの忘れ物」は大学での人間関係に挫折したらしい女性が、バイト先の喫茶店で忘れ物の本と出会い変わっていく暖かなストーリー。
短編すべてこのコンセプトかと思ったら、他は気持ちザワつくものが多い。古い街の街歩きガイドみたいな話と思ったら、どんどん不穏な歴史が掘り出されるペチュニアフォールの話が良かった。
装丁に各短編が散りばめられているのもイイ! -
津村さんの小説は初読みで、本屋大賞候補の「水車小屋のネネ」も気になっているが、先に積読になっていたこちらから手に取った。表題作の「サキの忘れ物」を始めとした9篇の短編集で、テイストはそれぞれ異なりながらも印象に残る作品ばかりだった。
「サキの忘れ物」は、「自分には夢中になれるものがない」「自分のことをまともに取り合ってくれる人なんているのだろうか」という無力感を抱えていた千春が、ある日喫茶店のお客さんが忘れていったサキの文庫本をきっかけに、自分の気持を知り、行動を変えていく。喫茶店のバイト店員と客という遠いつながりであり、言葉少ないながら心を少しずつ通わせる二人の女性の関係性が素敵だと感じた。
「自他の境界線を引き直す」という解説にある通り、他の作品にもそうした主題が見え隠れしている。特に最期の「隣のビル」がいつもの日常を少し逸脱し、自分を取り戻そうとするストーリーで読後感がよかった。
「喫茶店の周波数」では、周囲の客との距離感や居心地への影響と聞こえてくる会話への主人公のつっこみ?に読んでいてこういう場面あるあると同感。
「王国」の白目をむく幼稚園児や「行列」で交わされる会話
などにも絶妙にリアリティがある。
津村作品の世界観を堪能できる9篇だった。 -
品良く吐く毒が心地よい。
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可愛らしい装丁、本の題名に惹かれ買った本。
私が想像していたものと150度くらい違う内容でした。
内容的に普段は好んでは読まないジャンルの本でしたが、
短編集だったので私にとっては尚更良かったのか、ちょっとシュールな感じが何だか癖になりそうです。
さらっと読み進むことが出来ない内容でした。本って奥深いんだなって思わせてくれた作品。
個人的に行列と最終話が特に気に入りました。
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津村さんのお仕事小説に、時々触れたくなる。
毒がユーモアに変換されるようなものが、いい。
「喫茶店の周波数」では、閉店の近い喫茶店で周りの話を拾いながら、ラジオのように楽しむ男性が描かれる。
来店した客が、店員に終わっちゃうなんて残念よね、と気さくに話しかけるシーンでは。
「なくなるって聞いて、初めて来てみたんだけど、ここ、いい店よね」
と、常連でもなんでもなかったことが分かり、
「初めてでその態度なのかよ!」
と、心の中でツッコミを入れる所に、笑う。
うまい。
表題作「サキの忘れ物」も喫茶店が舞台だ。
高校を中退した主人公の女の子が、喫茶店でバイトをしている。
勉強も、友人関係も、これまでの学校生活に紐付けられるイロイロを、きっと上手くこなすことが出来なかったんだろうな。
読んでいて、そう感じる彼女の前に、お客さんが忘れていった、一冊の本。
それが、サキとの出会いになる。(また、変わった出会いだなあと思うけれど)
書店に同じ本を買いに行った帰り、彼女はこう独白する。
「いつもより遅くて長い帰り道を歩きながら、千春は、これがおもしろくてもつまらなくてもかまわない、とずっと思っていた。それ以上に、おもしろいかつまらないかをなんとか自分でわかるようになりたいと思った。それで自分が、何にもおもしろいと思えなくて高校をやめたことの埋め合わせが少しでもできるなんてむしのいいことは望んでいなかったけれども、とにかく、この軽い小さい本のことだけでも、自分でわかるようになりたいと思った」
知りたい、分かりたいと思う気持ちは、希望だ。
生まれてから、私たちは大なり小なり、そんな希望を持って、知ることを続けてきた。
たった一冊に触れることで、大きな変化が起きる、そんなパワーを本が持っていることを知っている。
読んでいて、小さくエールを送りたくなるような、特別なシーンだった。 -
9編が収められた短編集。
表題作がとてもとても好きでした。
18歳まで本と縁遠く過ごしてきた千春。
彼女の本との出会い、そしてその後の関わり方に、憧れに近い感情を抱きながら読了しました。
停滞していた彼女の日常が1冊の本と1人の女性をきっかけに流れ出し、最初は源流のように小さなせせらぎだったものが、やがてたおやかな川のように広がっていく結末がじんわりと心に沁みました。
次に好きだったのは「ペチュニアフォールを知る二十の名所」。
旅行代理店の社員が旅先を探す顧客に名所を紹介する形で進んでいくのですが、美しい観光先の案内かと思いきや何やら節々に不穏な気配が漂い…この毒気がたまらなく好きなのです。
「Sさんの再訪」や「行列」で描かれる、悪意の程度とか他人を見下す具合とかが絶妙にリアルでヒリヒリする感じも津村さんだなぁ。