サキの忘れ物 (新潮文庫 つ 34-3)

著者 :
  • 新潮社
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感想 : 50
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  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101201436

作品紹介・あらすじ

自分には何にも夢中になれるものがない――。高校をやめて病院併設の喫茶店でアルバイト中の千春は、常連の女性が置き忘れた本を手にする。「サキ」という外国人の男性が書いた短篇集。これまでに一度も本を読み通したことがない千春だったが、その日からゆっくりと人生が動き始める。深く心に染み入る表題作から、謎めいた旅行案内、読者が主役のゲームブックまで、かがやきに満ちた全九編。

感想・レビュー・書評

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  • 最近ひそかに気になっていた津村記久子さんの短編集。
    むむ、この人、うまい・・・!好きな作家さんのひとりになりそうな予感。

    収録作品は9作。全て、全然違うんだけど、全部おもしろくて(ガハハと笑うという意味ではなく、お話として、という意味)、全部「うまいな・・・」と思ってしまうものばかりだった。

    「サキの忘れ物」
    病院併設のカフェという失礼ながらあまりパッとしないところでバイトをしている主人公の淡々とした日々が、お客さんが忘れた本がきっかけで動き出す。「サキ」というのはその本の著者。ドラマチックに描かれていないのに、「え、すごい」というところに着地する。淡々とそこに向かっていく、その「淡々」がよかった。

    「王国」
    こういう、小さい子を主人公とした小さい子目線のその子独特の世界を生き生きと描ける人を心底尊敬する。似たようなものを読んだことがあるような、なかったような気になりながらも、とにかく尊敬する。素晴らしい王国だった。

    「ペチュニアフォールを知る二十の名所」
    これまた、おもしろかった。こういう形式のお話はあまり読んだ記憶がない。「ペチュニアフォール」という街への旅行をお客に勧めているであろう旅行代理店担当者(と思われる人)の語りだけで進んでいく。ふんふん、と大人しく聞いているとどんどんと「ペチュニアフォール」の怪しい黒歴史が紐解かれていく。架空の街の架空の歴史、大いに楽しませてもらった。私はすっかり「お客」だった。

    「喫茶店の周波数」
    これは、なんでかすごくおもしろかった。(←さっきからそればっかり)お気に入りの紅茶専門店兼喫茶店が閉店するということで、閉店二日前になんとか入店する主人公。この主人公は、喫茶店の周りの人の話をラジオのように楽しむ癖があり・・・。あんな客がいたな、あんな会話をしていたな、と思い出したり、今隣にいる客の話にじっと耳を傾けたり。ある時は、全く意味を待たないというか生産性のないことばかり言う隣のテーブルの若者にげっそりきて、「私はこの国の将来を憂い、無性に国籍を変えたくなった。」とあり、思わずブハっと笑ってしまった。他にも、まだ注文を迷っているという時点なのに、忙しくしている店員を呼びつける隣のテーブルの女性客がその店員に何を注文しようか「まよってる」というようなことを正直に言うと、「まよっ?」と驚愕する主人公。これにも思わずクスっと笑ってしまった。作者の津村さんの笑いのセンスの良さも感じられる。お話自体はただそれだけなんだけど、無性に、おもしろかった。

    「Sさんの再訪」
    これまた、あっさりスッパリした終わり方に「そこー?そこかぁ。そうきたかぁ。」と感心してしまった。いや、うまいな、津村さん。(←全然説明できていない)

    「行列」
    これも津村さんの力量がよくわかり、「う~ん」とうならされたお話だった。東京五輪以来初めてお披露目されるらしいあれを見るために長蛇の列に並ぶという話。あれがなんだかわからないからか、自分が知らない未来の話か、SFのようにも感じられ、自分でもちょっと不思議な感覚だった。私だったら言語化を諦めてしまいそうな状況を文字に落として説明して、このあれを見るための長蛇の列がどんなものかをすごくうまく読者に伝えてくれる。動きの少ない行列なのにやけに臨場感があった。そして行列のほぼ前後だけという狭い空間での人間模様がまた興味深かった。ちょっと嫌気がさすほど人間味にあふれていて、行列に並ぶ疲労感が味わえた。

    「河川敷のガゼル」
    河川敷に突如ガゼルが現れた。そんな驚きの出来事に町も人も浮足立つが、なんだかずっとグダグダしている。ガゼルをそのままにグダグダしている。ガゼルというあまりあり得るとは言い難い生物の出現の割には、地味に低いところを進んでいくようなお話で、ある意味新鮮なお話だった。余談だけれど、ガゼルをはっきり認識しようとググってその顔を知った翌日、PCを立ち上げたら、ログイン画面にガゼルが現れてびっくりした。ランダムに色んな画像が表示される仕組みとはいえ、とりあえず、「お!ガゼル!」とびっくりした。

    「真夜中をさまようゲームブック」
    これはゲームブック形式の小説だった。ゲームブック形式のお話なんて初めて読んだ。始めの注意書きを無視してメモを取らずに読んだから、何度もゲームオーバーしてどこからやり直したらいいのかと、ウロウロしてしまった。やっとクリアしたけど、気になるので、(当然)全部読んでみたら、もっといいクリアがあった。悔しい。ゲームだった、本当に。

    「隣のビル」
    上司が嫌なやつで、それでなんか仕事に戻りたくなくて、いつも眺めていた隣のビルに衝動的に飛び移る女性の話。と書くと変な話に思えるけれど、変な話なんだけど、なんかとても良い。未来が明るそうな終わり方で、そうだよ、そんな仕事続けるくらいなら、隣のビルに飛び移ってしまって、吹っ切れて良かったんだよ。と、ちょっと胸があつくなった。変なお話が「変」だけで終わらない。なんかすごい、津村さん。

    全部の短編に何かひとこと感想を言いたくなる本でした。とても良かったので、津村記久子さん、これからも注目していきたいです。

  • 昨年末の朝日新聞書評欄『読書編集長が選ぶ「今年の3点」』の内の1冊。
    他の2冊は「水を縫う」と「いつの空にも星が出ていた」で、これらはお気に入りの作者さんなので「読みたい」に入れてあったが、この本はノーマーク。
    なんと書いてあったか忘れたのだが、読みたくなるようなコメントがあったはずで、「読みたい」に追加していた。

    不思議な趣、変わった佇まいの本。設定も多彩で少しつかみどころがないのだが、しかし何故か惹かれるところが多々あり。
    病院の喫茶店で働く千春、幼稚園でデリラを探すソノミ、喫茶店で隣の人たちの会話に耳をそばだてる私(38歳男性)、学生時代多くのSさんたちに囲まれていた田口さん、あれを見るために12時間の行列に並んでいた小川さん、河川敷のガゼル、いつも隣のビルをのぞき見している会社員…。
    9つの短い話のほとんどが、『どこもかしこも居心地が悪いのだとしたら、それは柵や檻の外を選ぶだろう』てな感じで、そこまで描かれてきた話をひらりと飛び越える落ちのつけ方をして、痛快と言うかとても感じるところがある(そのおかしみや味わいをうまく言い表すことが出来ないのがちょっともどかしい)。
    7つ目の話の中で、主人公がガゼルの警備員に雇われた経緯について『ガゼルが好きですか?と尋ねられ、好きですと答えた後に、ものすごく好きですか?と重ねて問われ、ものすごくというわけではありませんと正直に答え、思えばあの時、ものすごく、と答えていたら採用されなかったかもしれないと、そんな気がする』という描写があるのだが、全編に流れているこんな感じの微妙な加減も好きだなあ。

    「読み終わった」に入れたが、実は読了できていない。
    8つ目のお話(真夜中をさまようゲームブック)、どれだけやっても、私の考え方の嗜好で辿っていくとは、簡単に『本を閉じること』になってしまうんだな、これが。
    悔しいので、筆者が言う通り紙とえんぴつを用意して全通りやってみようと思ったのだが、時間が取れずに、取り敢えず「読み終わった」に入れた…。(いつかやります)

  • いやぁ、またまた津村ワールド 楽しめた
    まったくつながらない短編9つ。

    たやすくない日常に、ところどころやってくる、人からの小さな毒を払いつつ、聞こえなかったふりをしたり、流しながら、本当に小さなあたたかさを見つけたり、出会ったりの物語。どうも見つからないのもある(笑)

    表題の「サキの忘れ物」が一番よかった。

    「喫茶店の周波数」はタイトルが秀逸。ちょっと
    ”むらさきのスカートの女”の世界も思い出させる。
    「とにかくうちに帰ります」の懐かしの人を連想させる登場人物もちょろっと出てきて、にやにやしてしまった。
    「河川敷のガゼル」の少年も良かったなあ。まるで、理想的な親みたいだった。

    他にも「行列」とか「ペチュニアフォールを知る二十の名所」などなど。
    たやすくない日常に潜む人の毒
    毒があるんだけど、なんともいえない、津村さんのユーモアで毒をあぶり出しながら、淡々とユーモアで包む。本当に不思議な作家さん。

    一つ一つ読み終わりながら、表紙を眺めるのもまた、楽しい。

    ブク友さんのレビューを読んで、解説を読みたくなり文庫の解説を後から読んだ。
    良かった。これから読む人には文庫で最後解説までをおすすめします!やっばり津村さんはすごいなあ。

  • 楽しそうな装丁に惹かれて手に取り、本が出てくる話らしいと見てレジまで行きました。
    表題作の「サキの忘れ物」は大学での人間関係に挫折したらしい女性が、バイト先の喫茶店で忘れ物の本と出会い変わっていく暖かなストーリー。
    短編すべてこのコンセプトかと思ったら、他は気持ちザワつくものが多い。古い街の街歩きガイドみたいな話と思ったら、どんどん不穏な歴史が掘り出されるペチュニアフォールの話が良かった。
    装丁に各短編が散りばめられているのもイイ!

  • 津村さんの小説は初読みで、本屋大賞候補の「水車小屋のネネ」も気になっているが、先に積読になっていたこちらから手に取った。表題作の「サキの忘れ物」を始めとした9篇の短編集で、テイストはそれぞれ異なりながらも印象に残る作品ばかりだった。

    「サキの忘れ物」は、「自分には夢中になれるものがない」「自分のことをまともに取り合ってくれる人なんているのだろうか」という無力感を抱えていた千春が、ある日喫茶店のお客さんが忘れていったサキの文庫本をきっかけに、自分の気持を知り、行動を変えていく。喫茶店のバイト店員と客という遠いつながりであり、言葉少ないながら心を少しずつ通わせる二人の女性の関係性が素敵だと感じた。

    「自他の境界線を引き直す」という解説にある通り、他の作品にもそうした主題が見え隠れしている。特に最期の「隣のビル」がいつもの日常を少し逸脱し、自分を取り戻そうとするストーリーで読後感がよかった。

    「喫茶店の周波数」では、周囲の客との距離感や居心地への影響と聞こえてくる会話への主人公のつっこみ?に読んでいてこういう場面あるあると同感。
    「王国」の白目をむく幼稚園児や「行列」で交わされる会話
    などにも絶妙にリアリティがある。
    津村作品の世界観を堪能できる9篇だった。

  • 今週の本棚:小島ゆかり・評 『サキの忘れ物』=津村記久子・著 | 毎日新聞(2020/9/12 有料記事)
    https://mainichi.jp/articles/20200912/ddm/015/070/016000c

    【書評】『サキの忘れ物』物語に仕込まれた空白 - 産経ニュース(2020/8/23)
    https://www.sankei.com/article/20200823-2HCWKR6ONZK65EEOWOGJTKOPA4/

    津村記久子さん「サキの忘れ物」インタビュー 選ばれるより、自ら選ぶ人生 |好書好日(2020.07.21)
    https://book.asahi.com/article/13553134

    津村記久子 『サキの忘れ物』 | 新潮社
    https://www.shinchosha.co.jp/book/120143/
    (単行本)
    https://www.shinchosha.co.jp/book/331982/

    ※単行本の表紙イラスト
    嶽 まいこ / Maiko Dake
    http://dakemaiko.com/

  • 品良く吐く毒が心地よい。

  • 可愛らしい装丁、本の題名に惹かれ買った本。
    私が想像していたものと150度くらい違う内容でした。

    内容的に普段は好んでは読まないジャンルの本でしたが、
    短編集だったので私にとっては尚更良かったのか、ちょっとシュールな感じが何だか癖になりそうです。

    さらっと読み進むことが出来ない内容でした。本って奥深いんだなって思わせてくれた作品。
    個人的に行列と最終話が特に気に入りました。

  • 津村さんのお仕事小説に、時々触れたくなる。
    毒がユーモアに変換されるようなものが、いい。

    「喫茶店の周波数」では、閉店の近い喫茶店で周りの話を拾いながら、ラジオのように楽しむ男性が描かれる。

    来店した客が、店員に終わっちゃうなんて残念よね、と気さくに話しかけるシーンでは。
    「なくなるって聞いて、初めて来てみたんだけど、ここ、いい店よね」
    と、常連でもなんでもなかったことが分かり、
    「初めてでその態度なのかよ!」
    と、心の中でツッコミを入れる所に、笑う。
    うまい。

    表題作「サキの忘れ物」も喫茶店が舞台だ。

    高校を中退した主人公の女の子が、喫茶店でバイトをしている。
    勉強も、友人関係も、これまでの学校生活に紐付けられるイロイロを、きっと上手くこなすことが出来なかったんだろうな。
    読んでいて、そう感じる彼女の前に、お客さんが忘れていった、一冊の本。
    それが、サキとの出会いになる。(また、変わった出会いだなあと思うけれど)

    書店に同じ本を買いに行った帰り、彼女はこう独白する。
    「いつもより遅くて長い帰り道を歩きながら、千春は、これがおもしろくてもつまらなくてもかまわない、とずっと思っていた。それ以上に、おもしろいかつまらないかをなんとか自分でわかるようになりたいと思った。それで自分が、何にもおもしろいと思えなくて高校をやめたことの埋め合わせが少しでもできるなんてむしのいいことは望んでいなかったけれども、とにかく、この軽い小さい本のことだけでも、自分でわかるようになりたいと思った」

    知りたい、分かりたいと思う気持ちは、希望だ。
    生まれてから、私たちは大なり小なり、そんな希望を持って、知ることを続けてきた。

    たった一冊に触れることで、大きな変化が起きる、そんなパワーを本が持っていることを知っている。

    読んでいて、小さくエールを送りたくなるような、特別なシーンだった。

  • 9編が収められた短編集。

    表題作がとてもとても好きでした。
    18歳まで本と縁遠く過ごしてきた千春。
    彼女の本との出会い、そしてその後の関わり方に、憧れに近い感情を抱きながら読了しました。
    停滞していた彼女の日常が1冊の本と1人の女性をきっかけに流れ出し、最初は源流のように小さなせせらぎだったものが、やがてたおやかな川のように広がっていく結末がじんわりと心に沁みました。

    次に好きだったのは「ペチュニアフォールを知る二十の名所」。
    旅行代理店の社員が旅先を探す顧客に名所を紹介する形で進んでいくのですが、美しい観光先の案内かと思いきや何やら節々に不穏な気配が漂い…この毒気がたまらなく好きなのです。
    「Sさんの再訪」や「行列」で描かれる、悪意の程度とか他人を見下す具合とかが絶妙にリアルでヒリヒリする感じも津村さんだなぁ。

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著者プロフィール

1978年大阪市生まれ。2005年「マンイーター」(のちに『君は永遠にそいつらより若い』に改題)で第21回太宰治賞。2009年「ポトスライムの舟」で第140回芥川賞、2016年『この世にたやすい仕事はない』で芸術選奨新人賞、2019年『ディス・イズ・ザ・デイ』でサッカー本大賞など。他著作に『ミュージック・ブレス・ユー!!』『ワーカーズ・ダイジェスト』『サキの忘れ物』『つまらない住宅地のすべての家』『現代生活独習ノート』『やりなおし世界文学』『水車小屋のネネ』などがある。

「2023年 『うどん陣営の受難』 で使われていた紹介文から引用しています。」

津村記久子の作品

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