- Amazon.co.jp ・本 (166ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101306322
感想・レビュー・書評
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図書館で手にして何となく読んでみた1冊。
イメージしていた桐野作品とは、まったく違っていて桐野さんもこんな作品を書いていたのか。と思いながら読み終えてみると、処女作だった。この処女作から一体どんな作品を経て現在の作風になったのかの方が気になった。
この作品自体は、つまらないこともないけどあまり面白いと感じる部分もなかった。ただ淡々と物語が紡がれているだけで、終わり方もあっさり。
裏表紙に書かれているあらすじのイメージとだいぶ異なっているように感じられたのが、ちょっと残念だったかな。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
「幻の処女作」とか。その前には「少女小説」をお書きになっていらしたという。
処女の前は少女、なにやらおもしろい。
江戸川乱歩賞を受賞する以前に書かれ、1988年すばる文学賞の最終候補に上れど、ならずという作品であったのを加筆、修正をほどこして文庫オリジナル出版されたもの。
私はしっかり「桐野ファン」になっているから、期待と好き心で読んだ。
ファンだから色眼鏡だろうか、期待は裏切られなかった。
原点が確かにあるし、後の作品の姿勢を髣髴させる。
時は昭和の終わりバブル崩壊前夜、主人公「美浜」は育った町に帰ってきていた。
そこはディズニーランドが作られ変貌していた。
漁師だった父は補償金で喫茶店を経営したが失敗し、撤退して今は主夫をしている。年も取ってきた。
いやみんな年をとっていき場がないのだった。
美浜は31歳、姉司津子も36歳に、結婚しないで両親と住む。
家族は一年前に越してきた近代的な真新しいマンションにそぐわない。
長年住んでいた猟師町の平屋の雰囲気が、11階のこぎれいな部屋にちぐはぐなように、家族の気持ちも溶け合わない。
それはみんなが取り残された、失ったという思いをかかえているからだ。
この永井姉妹は、同級生同士の森口兄弟と、幼友達であり、青春を共にしたえにしがあった。
しかし、森口弟の「英二」が20歳の時突然自殺してしまい、その喪失感は深い。
青春時代の背景と人が消えてしまった。
美浜が父との、姉とのかかわり、母との距離に悩みつつ、弟の面影を持つ森口兄「恵一」にも再会し感じたことは...。
あったものが一つでも欠けた後、忘れてしまえる時といつまでも拘泥する時がある。
取り残された気持ち、この思いをいつまでもいつまでも周回することもあるのだ。
この美浜と英二のかかわりはミロシリーズ初「顔に降りかかる雨」のミロと亡くなった夫の博夫との関係に深く思いを馳せる。
最近の桐野夏生作品のどうなっていくのよ!という感じがすこし解かったような気がしている。
この物語の舞台浦安市、ものすごく変った。山本周五郎の「青べか物語」などどこ吹く風だ。
日本中そうだろう。それも失ったもののひとつだ。 -
ちょっとよくわからなかった
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主人公永井美浜の中学時代付き合っていた男友達が自殺した。
美浜は既に(確認したわけではないが)30台で独身、建築会社勤務。
その事務所に自殺した友人の兄がやって来て、否応なく過去を思い出す。
著者後書きにあるが、本著は「すばる文学賞」に応募し最終候補作になったものの、選考結果は受賞作なしだった物を改稿出版した物だそうだ。
著者からしてミステリーだろうと思って読み進めたが、だからなんなんだよという尻切れとんぼ感が残った。 -
高度に発展していく地域に付いていけなくなった高齢家族
地域の発展とともに、物語のように置いてけぼりになっている高齢者も日本各地にいるだろう
山間僻地に住む者ばかりではなく、都会周辺に住む者にも同じような寂しさが漂う -
88年にすばる文学賞に応募したときの作品だそうだ。何も起こらない話であるが、間延びしたような鬱々とした感情が伝わってきて、今の時代に合ってるのかもしれないと思う。実際、作者によるあとがきには、取り残された人々を描いた作品だったが、いまではみんなが取り残されたと感じているだろう、と書いてある。
私は90年代の日本で高校大学だったけれども、まだまだ日本の存在感があって(ジャパンアズナンバーワン)、海外に出た時もなんとなくそういう気持ちがあった気がする。でも2020年代のいま、海外から日本に帰る時、なにか時間の止まったような感覚にとらわれることがある。物価、とくに外食や消耗品がサービスや品質の割に極端に安いのは、明らかに労働搾取の結果であると思う。長くこういうことが続いていることが、社会全体にとって良いこととは思えない。地方の衰退ぶりは車を走らせるとよくわかる。侘しく貧しい感じにいつも切ない気分になる。
バブル直前の千葉のディズニーランドあたりの様子は私はよく知らないが、開発が進んでいっていって各地にテーマパークができたのが80年代90年代の状況だったのかなと思う。あの時代に盛況だった多くのテーマパークで生き残っているところはどこだろうか。私の故郷の県にもいくつかあったが、おおかた潰れてしまった(水族館は昭和の感じで残っている)。そういう大掛かりな「なんとかランド」の頂点がディズニーランドなのだろうけど、ディズニーランドは未だ潰れることもなく立派に残って、冒険やら夢やらを提供している。でも、しょせん訪れる人は数時間の夢を買うだけだ。または、そこにずっといたければ着ぐるみを着て、自分を隠して踊るのだ。
この本の主人公の家庭のように、新しいマンションに住んでも中身は変わらず、周りにも溶け込めない(というか暗に部外者として扱われていると感じている)、なんとなく孤立した感覚はわかる気がする。そして、日本ではいまだに男尊女卑が強固で、さすがに80年代ほどではないと思うが、女やマイノリティに対する抑圧はまだまだ厳しい。そういうつらさは30年経っても過去のものになっていない。30年以上前の作品なのに、「こんなの昔の話」と言えないあたりが恐ろしい。
きらびやかな生活には手が届かないし、たぶんこれからもずっとそうなんだろうと、諦めのような気持ちで生きる人たちがどんどん増えていって、しかもそこに金を毟り取られるようなことが起こった時(たとえば新興宗教が家庭を食い物にするようなこと)、溜まりに溜まっていた黒いものが爆発してしまうのかもしれないと思う。それがどんな方向にいくのかはわからない。今週起こった日本の大物政治家銃撃死亡事件がよい例だと思う。 -
年老いた両親と、結婚せずに家にいる姉妹。若い夫婦と子供たちに溢れる新興住宅地で、取り残されていく旧住民の物語。
デビュー前の作で迫力は今ひとつだが、共感してしまう。