- Amazon.co.jp ・本 (498ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101449241
作品紹介・あらすじ
小説家の私が妻、猫三匹と暮らし始めた東京・世田谷にある築五十年の一軒家。友人が経営する社員三人の会社が間借りをし、妻の姪も転がり込んだ。にぎやかだがゆったりと流れる日常のなか、お盆にやってくる陽気なイトコたちの昔話や、同居人たちとの会話から、かつてそこで暮らした人々の記憶が立ち上る。濃密な時間が流れ、過去と現在がつながり、生と死がともに息づく長篇小説。
感想・レビュー・書評
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「死ぬというのはおかしなもので、死んだ途端に偏在をはじめる。生きているあいだは猫でも人間でも一つの場所にいて、離れたそこにいる相手といまここにいる自分がつながっているなんて感じられないけれど、死んだ途端にどこにいても死んだチャーちゃんとつながっているのだとリアリティを持って感じるようになった。」
他者の中にずっと存在し続けたいという欲望から起こる自殺衝動もあり、葬式はこれから生き続ける私が死者の一部を引き受けることを納得するまでの儀式である。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
その時々の思考の道筋を全てすくい取っていくような書き方で、借り物なのに読み終えるまでめちゃくちゃ時間がかかってしまった。笑
つまらないわけでも飽きちゃうわけでも無いのだけど、どうしてもちょっとずつしか読めないのだ。
私もその時々で色々考えながら読んでいたように思うのですが、あまり覚えてないので少しだけ箇条書き。
贔屓球団の負け試合の帰り道。客観的に分析している風に書かれているけど、結局「負けた試合はどんな試合でも悔しい」を連呼して実は大変主観的。論理は感情に負けるのだなぁ。
主人公はまるで死んじゃった人のことを思い出しているみたいに従兄妹達と過ごした日々の回想をたくさんする。でもその人達はしっかり今も生きていて、やかましく一緒にお墓詣りに行ったりするのが何か不思議で面白い。
会話しているように見えて全部お互いの好き勝手を言っているだけのシーンが印象的。
文字だけ追うと全く会話が成立してないのだけど、なぜか何となく会話になっている。2つの会話が同時に進んでく場面も。
以前読んだ同じ作者の「プレーンソング」は短い中にかなり分かりやすく作者のやりたいことがあらわされていたけど、こっちはもう少し「思考」に偏っていて寄り道が多かった。
まぁ全部が寄り道っちゃ寄り道なのかな。同時に全部が表通りと言えば表通りで。
とにかく出てくる猫たちが可愛いのだ。
なんでかわからないけどは最後ちょっとじんとしてしまいました。 -
文が長くて好みでなく、方向性もあまり感じられず、50ページほどで断念。
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保坂和志「カンバセイションピース」 http://www.shinchosha.co.jp/book/144924/ 読んだ。この人すごい。どうしてもっと早くこの人を知らなかったのか。何も起きず起伏もなく他愛も無い会話で繋がれた場面に猫が絡み、粗筋で説明できない。このスタイルで最後まで飽きさせもせず読ませる(つづく
技量も相当なものと思うしそれを文章で読めることの幸せ。猫へ観察が仔細で可笑しいほど。この人は異様な猫好きなのだな。日常生活を満たす住人同士の会話は時折哲学問答の様相になる。それぞれの思想や世界観やパーソナリティを当人の話す内容だけで区別している。これはすごいよ(おわり
ーーー
そして今は保坂和志の「カンバセイションピース」 http://www.shinchosha.co.jp/book/144924/ を読んでいる。この人をなぜもっと早くに知っていなかったのか。怒濤の面白さですよ、おくさん!タイトルが中身の説明になっていてそれ以上ではないようであり驚くほどの深さがあり。やるなあ -
保坂和志「カンバセイションピース」 http://www.shinchosha.co.jp/book/144924/ 読んだ。この人すごい。どうしてもっと早くこの人を知らなかったのか。何も起きず起伏もなく他愛も無い会話で繋がれた場面に猫が絡み、粗筋で説明できない。このスタイルで最後まで飽きさせもせず読ませる(つづく
技量も相当なものと思うしそれを文章で読めることの幸せ。猫へ観察が仔細で可笑しいほど。この人は異様な猫好きなのだな。日常生活を満たす住人同士の会話は時折哲学問答の様相になる。それぞれの思想や世界観やパーソナリティを当人の話す内容だけで区別している。これはすごいよ(おわり
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そして今は保坂和志の「カンバセイションピース」 http://www.shinchosha.co.jp/book/144924/ を読んでいる。この人をなぜもっと早くに知っていなかったのか。怒濤の面白さですよ、おくさん!タイトルが中身の説明になっていてそれ以上ではないようであり驚くほどの深さがあり。やるなあ -
読み終わるまで時間がかかったけど、読んでよかった。一時期、シェアハウスがもてはやされていたけど(今も?)、『カンバセイション・ピース』とか『プレーンソング』が、バイブル的に取り上げられてもよかったんじゃないかと。っていうのも、新潮文庫版の保坂さんの著作は、もう刷ってない様子でamazonでも中古でしか手に入らなくて、こんな素晴らしい小説がひとめにつかないなんて、もったいなくてたまらないなあと思うのでした。
世田谷にある築五十年の一軒家、この家は本当に〝在る〟と思わされて、ふと自分も訪ねてみたくなる。ガリガリ君をお土産に。
私は野球ファンではないけれど、球場でベイスターズを見守っているシーンも、すごく心地よく感じられて、ローズなんてどうでもいい存在だったのに、そんなに偉大な人がかつていたのかあーと感心させられてしまった。
「いま何か言った?」「気のせいだよ」という何気ない会話、まさか「木のせい」と思い込んでしまう勘違いなんてあるんですね、本当の話なのかな? -
保坂の小説論を読んでしまうとそれに影響を受けてしまうが、
それ以前に何度も読み返した小説。頭の中に「家」その周辺の
様子が描き出される。著者やほかの読者とは違うだろうが忘れられない景色になっている。それでまたふと読み返してみる作品。 -
題名通り、
様々な空間での「会話」の描き方が巧みだと思います。
風景の描写も素晴らしい。
ベイスターズ好きだけど、野球の応援に行ったことがないので、応援のテンポとか野次とか、感覚がよくわからなかった。だけど、なんとなくジャイアンツファンだった私の亡き父を思い出した。それくらい、いい年代の男性像を描けていると思う。
猫をよく観察して、よく表現している。
良い点をいっぱい上げることはできるけど、
私が本を読む上で、大切にしている「余韻」を全く感じることができなかったのが残念。
テンポが決していいわけじゃないし、淡々と話が進んでいくので、なかなか読み進めるのが難しい本でした。
まだまだ、私が未熟なのかもしれないけど・・・。 -
日常で、こんな会話ができたらなぁと思う。ガツガツ答えを求めないし、しょーもないことも深く考えるし。何気ない会話から、互いが深まりあっていくんだろうな。猫と古い家が後押し。ベイスターズに関するくだりから、そんな時代かと。
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ごつごつごわごわするような飲み込みにくい文章に最初かなり戸惑った。でも決して嫌いじゃない。日常の見えるもの聞こえるもの、そして今も漂う過去の日常の気配のようなもの、時間・・・。感覚に引っ掛かってくる些細なものたちを掬い上げ眺めて時にこねくり回して。自分にもそう言う傾向があるせいか、入り込めたら後は楽しく読めた。
また時を置いて読み返してみたい。