そうか、もう君はいないのか

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著者 : 城山三郎
  • 新潮社 (2008年1月24日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (156ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103108177

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そうか、もう君はいないのかの感想・レビュー・書評

  • 講演会、壇上で緊張した城山氏の目に飛び込んできたのは、二階席最前列に座った妻 容子さんの姿。
    目と目が合った瞬間、「シェー!」のポーズを取る容子さん。

    出会いを振り返り「間違って、天から妖精が落ちて来た感じ」。天使かと思ったほど、その眩しい印象を忘れられず…一度は仲を引き裂かれたものの、2人は運命の再会をする。

    城山氏の中の容子さんはいつまでも無邪気で天真爛漫な少女のようで…長年連れ添った妻のことを臆面もなく「妖精」「天使」と書いてしまえるのは、素敵なことだなぁ。ベタ惚れなんだなぁ。

    それだけに容子さんが病に冒されてからの辛さ、寂しさ、彼女の死を受け入れまいとする子供っぽささえもせつない。

  • 著者が亡くなってからの刊行と知り、本著の率直さがなんだか腑に落ちた。これまでも伴侶に先立たれた方の作品をいくつか読んできたものの(江藤淳『妻と私』、津村節子『紅梅』、川本三郎『いまも、君を想う』等)、奥様が告知を受けた日の城山さんがとりわけ心に残った。(読後に児玉清さんの本作の書評を読んだところ、自分とまったく同じところで「たまらず嗚咽した」とあり、不思議に嬉しかった。)死に別れることは当然辛いことであるけれど、このような夫婦として人生を送れたことは幸福なことではないか。娘さんのあとがきにも、父親である城山さんと母親容子さんへの深い愛情が溢れていた。

  • 児玉清さんの本で紹介されていたので、読んでみました。
    明るく屈託のない奥様をとても大事に頼りにされていたご様子、お亡くなりになった経緯に胸が痛みました。
    ふとした時に話しかけようとして、永遠の不在を知る。そんな思いは誰にもあるかもしれません。悲しいけれど、そうやって亡き人を思う時があるって幸せなことだとも思うのです。

  • 再読。愛し、愛される関係って素敵だなと思わせられる一冊。

  • ふと、容子に話しかけようとして、われに返り、「そうか、もう君はいないのか」と、なおも容子に話しかけようとする。


    城山さんの自伝、か。
    妻の容子さんとの出会い、そして死。
    ひとり残された城山さんの生き方が描かれている。

    正直タイトルでグっときて借りて読んだんだけど、
    正直に言うと泣いた。やっぱり電車じゃなければ涙流してた。
    もっと言えば通勤中っていうね。お前今から仕事やんって!

    人を愛するっていうのは、好きだとか愛してるとか言葉で伝えることじゃない。
    ただ、私はあなたが必要なんです大切なんですって伝わるようにすることなんだよな。
    すごく羨ましい。たった一度の人生で、読み手にこれほど幸せだった半生を送ってきたこと、
    これほどまでに愛せるたった一人のひとと出会えたこと。
    そしてそれを文字で伝えられること。羨ましい感情以外になにがあろうか。

    だから、注ぐ対象がいなくなった時、ひとはぬけがらのようになるのだろう。

  • その昔、大学の入学式の記念講演が城山三郎だった。「落日燃ゆ」や「官僚たちの夏」は読んでいたけど、亡くなった後、遺稿として先に逝った奥さんのことを書いたエッセイを出したっていうので話題になって買ったけど、そのまま積読。引越で本棚の中の順番入れ替えて発掘したのでやっと読みました。
    作家「城山三郎」の自伝でもありながら、それを常に隣で支えてきた容子夫人のことを綴ったエッセイ。容子夫人がなくなった時のことで本人の筆が止まり、娘さんのあとがきが締め括る。未完のまま亡くなったので、天使だとか妖精だとか歯が浮きそうな言葉がそのまま残っている。経済小説では出てこないような言葉だけど、それだけの愛だったんだなと羨ましく思う。

  • 城山が妻との出会いから妻がこの世を去るまでの自身の話を語った本。
    城山の作品は初めて読んだが、作風にはどこか彼らしさがあると感じた。
    それはオチであったり、調子よく語ったり…
    そんな人柄がよく表れている。

    妻は彼に献身的であった。
    そんな妻を愛し、早い別れを惜しむ姿にほろりとくるものがある。
    薄い本なので、1日あれば十分読める。

  • 2007.3.22お亡くなりになった城山三郎が、2000、2.24亡くなった妻の容子さんへの思いを綴ったエッセイです。「そうか、もう君はいないのか」、2008.1発行です。再読しました。この本を読むと、たとえ毎日が日曜日であろうとも、「寸暇を惜しむ」、そんな「ひととき」を時には持ちたいものと思いました!

  • 2015/12/13
    タイトルが良い

  • 本好きの母親から送られてきた一冊。僕にとっては好みの本でもないけれど、母にとってはこんな夫婦でありたいという思いがあるのかもしれないな。

  • 素敵な夫婦だと思いました。奥様が羨ましい。

  • 20150701

    入院中の病院の図書室で偶然見つけ、読み始めるや、その淡々としながらもユーモア、愛情を感じさせる文章に陶酔し一晩で読了した。

    城山三郎の生涯が綴られ、容子さんとの出会い、明るく楽しい容子さんとの掛け替えのない日々に心温まる思いがした。

    その容子さんの最期までの明るさが、亡くなられてからの寂しさを強調している。

    そうか、君はもういないのか。

    つい、独り言を言ってしまうとの一文で涙をこらえきれず、嗚咽してしまった。

    また、娘さんによる後書きに、容子さんが亡くなられてから、再び容子さんと天国で過ごせるまでの7年間の城山三郎の悲哀をありありと感じさせられ、読了まで涙をこらえる事が出来なかった。

    城山三郎という稀代の作家の半生を、ここまで淡々と、かつ凝縮させた本書の前では、フィクション小説は戯言にしか思えない。そんな圧倒的な説得力がある。

    思わぬ形で、私のベスト本に出会ってしまった。

    天国でお二人が幸せに過ごしている事を心からお祈りします。

  • 奥さんとの出会いを綴った、作者の半生。

    まるでドラマのような出会いと、結婚に至るまで。
    さらっと惚気られているような気分にさせてくれます。
    奥さんを頼りにして、大事にして、大切にして。
    そんな感じが伝わってきます。

    とはいえ、これは男からみた部分。
    奥さんから見れば、一体どうだったのかは謎です。
    けれど、何だか楽しそうに生活しているな、と
    思えてしまうのは何故でしょう?

    何だか、すごく満たされた気分です。

  • 読んでいて胸がいっぱいになった・・・
    素敵なご夫婦・ご家族だったんだろうな、と。

  • タイトルが秀逸
    全てを物語っている。哀しみも、慈しみも、愛も。

  • 作家、城山三郎が妻の死後に妻を題材に書き始めた愛情のこもった作品。しかし、このラブレターは完成することなく春風に乗って妻の元へ旅立って行ってしまった。太陽のような妻と月光の如き夫。名古屋の図書館で初めて出会った二人が、その少年少女のまま、夫婦となり、あの世まで逝った。天国でもきっと仲睦まじく暮らしているんだろう。

  • 大好きだった奥さんとの馴れ初めを愛ある文章で綴っています。普通奥さんの事を「妖精」なんて言えませんよ。ほのぼのとしてとても良い夫婦だったんだろうな。そいういい関係でもいつかは終わりが来る。奥さんを亡くしてからの筆者が、多分奥さんが迎えに来てくれて幸せな最後を迎えるという事実には目頭が熱くなった。こんな夫婦でありたい。

  • 癌かもしれませんと警告を受け、
    親や周囲には隠し、検査を受けたのが2年ほど前。

    もともとそんなに丈夫な方でもなく、疑わしい部分も
    あるのでこまめに検査をし、その時はシリアスな
    結果ではなかったが現状の健康を維持してください。
    というのが病院の回答だった。

    自分が死ぬとき、誰かが私のために泣くだろうか。

    わからない。

    私が引用したような、深い愛を受けるような女では
    ないことがじくり、と深く刺さる。

    決して手を抜いて生きてきたわけではない。
    むしろ懸命に走ってきた。

    傷つけた人が多くいればいるだけ、
    私の死に様はむごいものになるだろうか。

    身体に抱えている病の影が、ふっと大きくなったが
    本当に怖いことは、病によって私が死ぬことではなく
    私自身がこんな心のかかわりを望みながら、結局は
    愛する人を傷つけて死んでゆくのではないかという
    どうにもならぬ恐怖だった。

    よく生き、深く愛した人には、
    別離は美しい思い出と消えぬ愛情を残すが
    自分にはいったいどうなのか。

    死ぬことよりも生きることのナカミを突きつけられて
    出会っては別れてきた人の面影がちらついて苦しくなった。

  • 奥様との出会いから別れまで。もっと感傷的に書けばいくらでも分厚くなるだろうに、淡々とシンプルに書き綴られている。それだけに詩のようで、言葉に深みと趣を感じた。相手を思いやり、こんな風に年をとっていけたらすごく幸せだろうと思う。

  • 最愛の人と生涯を共にする喜びと、その人に先立たれた後の半身を削がれるような悲しみがぎっしりと詰まっています。

    その喜びや悲しみの深さは、頭や文字では理解ができても、若輩者の自分には到底計り知れないものでした。

    ただ、今の自分の年齢でこの本に出会えたことに本当に感謝したい。
    日々を精一杯生き、いつか必ず再読したいと思う。

  • 妖精さん、と呼ばれ想われていること。
    初めて出会った日、駅まで一緒に歩いても分かれがたかったこと。
    水上機はいちどきりにしてと心配されたこと。
    告知のあと、腕の中に飛び込んで「おれがついてる」と抱きしめられたこと。
    飛行機の窓からオーロラをみて手を握りあったこと。

    夫婦というのはとっても素敵な関係だなと思う。

    親子でもない、友達でもない。
    同僚でもない、師弟でもない。
    相棒でもない、パートナーでもない。
    なんといったらよいのだろう。

    心のあたたかさを分かち合える存在、
    素直に案ずることのできる存在、
    自らを支えとして差し出せる存在、
    自分の存在そのもののようでいて、自分よりもかけがえのない存在・・・。

    とっても優しくて慈愛にあふれたエッセイ。

    個人的なイメージソングは、『部屋とYシャツと私』。しかも、松浦亜弥さんの。

  • 奥さんへの愛が
    部屋を満たした。

    愛って、本当にふかくて
    素晴らしいんだなぁ

  • 50億人の中でただ一人、「おい」と呼べる妻へ・・・

    容子がいなくなってしまった状態に、私はうまくなれることができない。
    ふと、容子に話しかけようとして、我に返り、
    「そうか、もう君はいないのか」となおも容子に話しかけようとする。



    泣けたー

  • 運命的な出会いともいうべき2人はとても仲がよかった。タイトルのつぶやきに、共感。7年後に著者が亡くなったいきさつを、お嬢さんが書いている。

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そうか、もう君はいないのかの作品紹介

五十億の中でただ一人「おい」と呼べる妻へ-愛惜の回想記。新発見遺稿。

そうか、もう君はいないのかの文庫

そうか、もう君はいないのかのKindle版

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