太陽・惑星

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (230ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103367314

感想・レビュー・書評

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  • 不老不死を求める人類の物語だと思いました。感情が表立っていない語り口で風俗から人身売買まで、時間軸を飛び越えながら高速で流れていくストーリー展開が新鮮。他に見ない内容で面白いと感じました。

  • 本当に太陽のようににぶっとんでいる感じが新鮮でおもしろいです。

  • 途中でやめてしまいました〜 またいつか読みたいです

  • 太陽
    現実世界との接続感がとても強い。物語の中に史実や今の世界のことが混ざっているようで、どこまでが想像でどこまでの現実を取り込んでいるのかの境界が曖昧で、
    これはどういう感覚だろう?
    他の作品でもこれをベースに描いているんだなとか思うことはあるけれど、
    この人は/言葉は実在しているのではと思わされることはそこまで多くない気がする()(ドンゴ・ディオンムはいたと思ったし、グジャラート指数もあると思った)。

    もし田山ミシェルが違う方向に進んでいたら、太陽を乗り越えていたら、どこに進んでいたんだろうか?

    惑星

  • 読書開始日:2022年1月24日
    読書終了日:2022年1月28日
    所感
    【太陽】
    上田岳弘のデビュー作。
    かなりおもしろい。
    現代で忌避される偶然性、有限性、不公平、恣意その他あらゆる偏りは、将来排除されるだろう。
    既に排除され始めている。
    偶然性の塊である自然の排除、長寿推進、フェア推進と全てを均す作業がどんどん進んでいる。
    その果てが本作の第二形態。
    第二形態は全てが、本当に全てが全部インプットされた人間となる。命も無限。なんの感動もなくなる。
    そこでやっと、第一形態の素晴らしさ、贅沢に気付く。
    そしてそのどちらをも経験したあとに出来る第三形態が太陽のないところで、偶然性を持って生まれ始める。
    それがなんなのか、見てみたいと思った。
    架空の未来から今の尊さを訴えるかなり素敵な作品。
    かなり刺さるものも多かった。
    好きな部分を列記(アレンジ有り)
    他人の反応から推し量るのではなく、自然な感情として自らのことを美しいと感じた
    第一形態(現代)では、慈しみを持つ余裕のないものは現実を正しく理解するしかなく、それによって自殺や通り魔を選ぶ。ある程度の金や、家族を持つものはそれを紛らわしながら生きることができる。第二形態ではそれを魅力的だと感じる。第三形態の復刻を望む。
    ドンゴディオンム、田山ミシェル、トニーセイジ、DNAによって受け継がれたものは明晰な頭脳だけでは決して無かった。
    【惑星】
    第二形態への突入部を描いた。
    フレデリックのいうことは全てが正しい。
    けどつまらない。
    だから最後に精神科医であるわたしが立ちはだかる。
    この精神科医すらフレデリックの妄想ではないだろうか。
    まわりを全て肉の海に沈めた中で、アッバスアルカンの言葉が最後に屋台骨である記憶に残った。その記憶が妄想の中の精神科医を産んで暇を潰した。最後の暇つぶし。
    フレデリック対惑星の構造を作る。
    最後は惑星が勝ちオリンピックを観戦した。
    読み取りに全然自信がない…
    アッバスアルカン「人だけは真実に従う必要なんてない。結論に従う必要なんてない」
    真摯に経典作りに励んだアルカンの言葉を信じる。
    肉の海は有限性、偶然性の素晴らしさを、気づかせるためのものだった
    それゆえの最高製品

    【太陽】
    太陽は燃える、酸化ではなく、原子核同士の融合
    鉄は閾値を越え爆発を繰り返し、最終的には金となる
    ミソがつく
    出奔
    どこかに近づいているような気もしたが、それが好ましい場所なのか
    グジャラート指数の上昇は、弱者を苦しめる弱者のみが踊らされる
    トニーセイジ、ドンゴディオンム、高橋塔子、どれもが錬金術
    心底怯えることで、さぼってきた自己研磨への無自覚な代替
    係累
    余裕がなくなればどんどん「自分たち」の範囲は狭くなっていく、人種、国、家族、自分
    少ない労力でより多くの金を得ようとしている
    グジャラート指数が高いと不幸が面白いとなる、死ぬ直前のドンゴは最高値に達した
    不老不死はつまり没個性
    人類は不老不死を手段として、金の生成を目的とすふ存在だった
    自殺した友達のいく先ともといた場所の間に留まり続ける
    偶然性とは究極の贅沢品であったと、第二形態人生の永遠の無感動の中で実感をする
    有限の時を費やさなければならない彼らの焦り
    残念ながらそのようにおもうこともまた、チェックポイントに入っている
    能う
    他人の反応から推し量るのではなく、自然な感情として自らのことを美しいと感じた
    第1形態では、慈しみを持つ余裕のないものは現実を正しく理解するしかなく、それによって自殺や通り魔を選ぶ。ある程度の金や、家族を持つものはそれを紛らわしながら生きることができる。第二形態ではそれを魅力的だと感じる。本作はこれからくるであろう未来から今を羨む物語?
    正しく理解するものの最大の敵は太陽
    第一次形態に忌避された偶然性、有限性、不公平、恣意その他あるゆる偏りは、第二形態で排除される。第三形態で復刻を経て本当に必要なものが残る
    職業に貴賤なし
    ドンゴディオンム、田山ミシェル、トニーセイジ、DNAによって受け継がれたものは明晰な頭脳のみではない
    【惑星】
    一連の流れはすでに決まっており、それに従うのか、自分の意思で実施しているのかわからなくなる
    数学言語音楽、これら三つの我々に備わる力が最終地点。
    次の来店の呼び水となる一言
    人間は満足が欲しいがそれを満たして余暇を過ごせればいいわけではない。どこか未完成だけど満足の予感を常に享受し、先に広がる未来を感じさせるとのを求める。つまり最高満足感を与えるものは最高製品ではない。つまりいつまぇと未完成な状態を際限なく人々に見せつけること
    糞みたいに悩む脳を稼働させるカロリーと時間は、誰かのかわいそうな血によって供給される
    結局脳直結がコスパ良し
    肉の海
    ホメオスタシスのもとに人間をつなぐ
    形而上的限定を脱ぎ捨てる
    最高の製品を作り自分が1人置き去りにされ、最後の決断をしなければならないが、それを望んでいるが望んでいないが望まなければいけない気持ちからすすめている
    レイモンドチャンドラー「強くないと生きていけない…優しくなければ生きている資格がない」
    精神病
    人類は、人口拡張から平等へと向かう。平等には金がかかる。幸福も向上しなければならない。コストパフォーマンスは必須。そうするとこの最高製品に落ち着くわけだ
    熱で誘拐するように時間の感覚が溶ける
    結局スタンリーは個性をどんどんありきたりなものに変えていく世界からにげたかったのか。だから全てを均す肉の海を作り、自分だけが本物の個性として死ぬことを選んだのか。でもそれがこわかぅた 
    他人の関心ごとを突き詰め、その先をみせつけることに快感を覚える下世話な
    結論は人間の頭数を調和の取れた状態にすること
    人だけは真実に従う必要なんてない。結論に従う必要なんてない
    肉の海に沈むことと、死ぬことは全く違うはずだが、こんな時はいつも死者を思う。死ぬことよりも肉の海に沈むことの方が死よりもネガティブな死
    オリンピック方式のデメリット、成果物を引き出す能力が環境ポテンシャルを上回る
    都市と肉がもつれあう
    透明者、人間はもともとそれ

  • 小説というより、叙事詩を読んだような印象。

  • うわぁ。
    久しぶりに出会ったこういう人!
    中学生の頃に三島由紀夫を読んで圧倒され、
    次から次へとはまっていった感覚を思い出した。

    言葉の海。
    あっちの世界(正常)とこっちの世界(異常)
    をふらふらと飛び越えたり戻ってきたり、
    揺さぶられているうちに何が正常で何が異常だか
    わからなくなり自分の感覚が壊されていく感じ。
    もっと読みたいと中毒みたいになる。

    「太陽」
    高レベルの幸福や不幸に対しての許容度を表す数値
    「グジャラート指数」。この言葉が何度も出てきて共通理解として受け入れた頃、気になってググってみたら著者の造語だと知って驚いた。

    読んでいる最中にふと、人間は「拡げたい」生き物なんだろうなあと思った。自分の研究が後世に広がりを持って派生する状態になりたい。独身者を忌むのは広がらないから。孤独死を怖がるのは子供達に囲まれて死にたいから。

    話の拡がり方の支離滅裂さも良かったけれど、暴力的な幕引きとなった最後の一文の「が、太陽のことであれば以上だ。」にしびれた。

    「惑星」
    タルコフスキーの「惑星ソラリス」は観たことがないけれど、観ていたらこの話の理解も少しは変わっただろうか。現在、過去、未来という「時間」と、最高製品や肉の海と呼ばれるものにコネクトすることで「空間」も一体化して、その最後に残った人間の会話。著者の言いたいことがつかめそうでつかめず、もどかしい。そして次の本も読んでみようと決意をした。

  • 「太陽」は冒頭から引き込まれた。恒星の持つ巨大な引力と、金の持つ俗世的な魅力。「惑星」で語られる人類の姿はまるでソラリスのようだ。終末的だが、どこか魅力的でもある。 ソラリスとはなんて物語として安定しているんだろう。後世の物語群に多大な影響を与えている。伝播力の強い物語の持つ安定した構造は、物語の創造主たる人間にとっても安定して生存できる形なのではないか。いや、そこで安定的に生存するのは、人間だろうか?その在り方は、実は物語が望んだものではないか?人はただ、物語に操られているだけかもしれないと、思う。

  • 面白かった。作者がカートヴォネガット好きというのは納得。
    惑星ソラリス観たい。

  • 太陽
    複数の登場人物を俯瞰で見ながら物語が進んで行くが、最終的に1つの軸に帰結するタランティーノ的世界

    惑星
    上田先生なりの人類補完計画

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著者プロフィール

作家

「2023年 『ベスト・エッセイ2023』 で使われていた紹介文から引用しています。」

上田岳弘の作品

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