あなたはここにいなくとも

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103510833

作品紹介・あらすじ

ほどいてつないで私はもう一度踏み出せる。出会いも別れも愛おしくなる物語。恋人に紹介できない家族、会社でのいじめによる対人恐怖、人間関係をリセットしたくなる衝動、わきまえていたはずだった不倫、ずっと側にいると思っていた幼馴染との別れ――いまは人生の迷子になってしまったけれど、あなたの道しるべは、ほら、ここに。もつれた心を解きほぐす、ぬくもりに満ちた全五篇。

感想・レビュー・書評

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  • タイトルから想像して、少し切なくなりそうだなと予想しながら読み始めた。読んでいくうちに胸にぐっときて、涙が出てくる場面もあった。本作品は5編からなる短編集。目次に目をやると、各短編の作品名の中にタイトル名がなかった。逆に、それぞれの短編とどんなつながりがあるのだろうと読む前に想像が膨らんだ。それぞれのタイトルは「おやつのよる」「ばばあのマーチ」「入道雲が生まれるころ」「くろい穴」「先を生くひと」。どの物語も登場人物が個性的でユーモアを感じた。身近にいたらしんどいかなと思う登場人物もいたが、同時にその人らしさという魅力も感じた。また、物語の舞台として北九州市の門司が出てくる。調べてみると、町田さんのふるさとのようだった。方言や風景の描写によって、物語の世界を身近に感じるほどであった。町田さんの描写の魅力を存分に味わえる作品であった。

    「おつやのよる」では、清陽が主人公。その他の主たる登場人部は恋人の章吾、祖母の春陽。冒頭に祖母が亡くなったという知らせが母から入る。祖母の葬儀に出たいという章吾。それを拒む清陽。清陽には、章吾に自分の家族を会わせたくない理由があった。その理由のもととなる家族が、それぞれ個性的で清陽の気持ちもわかるなあと感じた。物語の進行とともに明らかになっていく祖母の願い。そのことに加えて祖母のユーモアを感じ、心地よい読了感を味わえた。

    「ばばあのマーチ」では、菓子工場で働いている香子が主人公。香子には、大学生の頃から6年付き合っている浩明がいた。香子は、入社した会社を辞職するほどの辛い過去を抱えていた。それでも、新たな職場で黙々と働く香子の姿に胸が痛む。そのような中、浩明は香子に新たな職場をすすめる。香子と浩明の考え方のずれや思いが大きくなっていく。それなのに香子が伝えられない辛さを感じながら読み進めた。突如登場する個性的な「オーケストラばばあ」と呼ばれている女性。この女性と仲良くしていたが、訳あって実家に戻った南という女性。この2人との出会いや再会が、浩明との関係や香子自身の生活の思いを明らかにしていく。悩みを打ち明ける場面には、ほっとして私の心も軽くなった。

    「入道雲が生まれるころ」では、リセット症候群を抱えていると思っている看護師の萌子が主人公。そう思い込んでいるのには、萌子の過去の経験があった。高校卒業後、熊本の看護専門学校に3年、下関市の病院で4年、広島市の病院で2年、朝来市と神戸市で1年半、引っ越しをしながら、その都度付き合う関係を清算していた。萌子が付き合っている海斗に置き手紙で別れを告げる場面が冒頭にある。物語の始めに、藤江さんの死去の知らせと葬式の手伝いのために実家に戻って欲しいとの連絡がある。萌子が実家に戻ると、藤江さんは祖父の母方の従妹ということだったようだが、実際はそうではなかったということが明らかになっていく。それでも、萌子の中にある藤江さんの記憶は温かい。それが、読みながら伝わってきて心地よい。ラストの場面は、海斗からのメールが受け取る萌子の心を想像する。

    「くろい穴」では、栗の渋皮煮を作る美鈴が主人公。この渋皮煮は祖母の得意料理を教わったものだった。渋皮煮の調理は複雑で手間がかかる。それを細かく描写しているところに、美鈴の心の動きが反映され、想像が膨らむ。渋皮煮を作る理由は、付き合っている真淵さんの奥さんが食べたいと言っているからだった。渋皮煮を作っている中で、数ある栗に1つだけ虫食いの痕がある栗を見つける。祖母の教えは、そういった虫食いの痕がある栗は捨てること。だが、美鈴は捨てずにそのままその栗も調理を続ける。不穏な展開にぞわぞわしていた。ラストに向かって、真淵さんの奥さんの状況が明らかになっていき、物語の展開は大きく動く。美鈴の心中は想像できないほどになっていった。ラストは、渋皮煮を作るために栗を買った八百屋の主人との会話。そこには、ほっこりとした感じが漂よい、ほっとした気持ちになった。

    「先を生くひと」の主人公は、高校1年生の藍生と幼馴染の加代。同じマンションに住んでいた2人は、小学校から毎日一緒に通学していた。ところが、藍生が突然、いつものように待っていた加代をマンションのエントランスに置いて走り去っていく。その理由は、物語の進行とともに徐々に明らかになっていく。藍生が加代を置いて、毎朝通うようになったところは、ひとり暮らしの老女の家。そこには、姪孫の菜摘がいて、身の回りのお世話をしていた。次第に明らかになっていく老女と菜摘の素性。その2人に寄り添う藍生の思い。それを知っていく加代の複雑な心境。その後の展開で、加代もその老女の家に訪れるようになるところは、面白く楽しく感じた。しかし、そのことが加代の切なさを大きくすることにはなってしまう。どきどきしながら作品に入り込んでいく展開となっていた。ラストは、この作品のタイトルにつながる思いを膨らませて読了した。先を生く人との出会いから感じ取ったものは、それぞれの人生に受け継がれていくものもあるのだろうな。

    5編からなる本作品を読了し、改めてこのタイトルの意味を感じとる。『あなたがここにいなくても』の意味は、周りにいる人からの影響を受けながらも、結局は自分が選択し、自分の道を覚悟して歩むこと、と感じたな。どの作品からも、読み終えた後に前向きな気持ちが生じてきた。町田さんの丁寧かつ詳細な描写から想像する個性溢れる登場人物と、そのかけ合いの楽しさとそれぞれの考えの行き違いからくる切なさを存分に味わった。また次の町田さんの作品を楽しみたい。

  • あなたは、目の前にいない存在に影響を受けたことはないでしょうか?

    私たち人間は、人と人との関わりの中に生きています。朝起きてから、夜に眠りにつくまであなたは日々数多くの人と接して生きていると思います。それは、学校であり、会社であり、そしてその他何かしらのコミュニティの場における関わりだと思います。

    一方で、日々そんな風に接することがない人との関係性というものもあるように思います。例えば遠く離れた故郷に暮らす『家族』がそうだと思います。お正月くらいしか会うことがない、さらには何かしらの事情でもう何年も会っていない、そんな日常からは遠い存在。

    しかし、私たちは普段会うことがなくてもその存在を心の中に感じて生きているようにも思います。そして、そんな人の存在が何かしら今の自分の行動に、今の自分の考え方に影響を与えている、そんな場合もあると思います。今、ここにいない存在に私たちが影響を受けていく、これは多かれ少なかれ誰にだってあるように思います。

    さて、ここに、「あなたはここにいなくとも」という書名の先に描かれる五つの短編がまとめられた作品があります。五つの短編それぞれにさまざまな境遇に置かれた主人公が登場するこの作品。そんな主人公たちが、それぞれの人生に戸惑いを見せ、それぞれの人生に行き詰まりを見せるこの作品。そしてそれは、そんな主人公たちが今そこにはいない存在から何かしらの気づきを得ていく物語です。

    『えー、うちの「ごちそう」って何かって?』、そんな風に訊かれて『断然、すき焼き!』、『わたしは皮が特に好き』と『鶏肉』のすき焼きについて話をしてしまったことで『卒業まで「トリカワ」という不名誉なあだ名で呼ばれ』ていた夢を見たのは主人公の清陽(きよい)。『あれ以来わたしは、我が家の常識が世間の常識と違うのではと、びくびくするようになっ』た清陽は、昨日届いた祖母からの手紙を手にします。『今年で九十四になる』もスマホやSNSを使いこなす祖母がわざわざ送ってきた手紙には、『あなたのしあわせな顔を見せてちょうだい』と書かれていました。『こんなので、里心が湧くと思うなよ』と思う清陽は祖母が『恋人を連れて帰って来るように願って』いるので『帰りたいとも思うけれど、帰れない』という今を思います。そんな時、『清陽もコーヒー飲む?』と章吾が入ってきました。『三年ほど付き合っている恋人』の章吾は会社の先輩でもあります。忙しい『営業職』の日々の中でようやく二連休を合わせられた二人は、清陽の部屋で『二日間引きこも』る計画を立てました。『社用電話も既に電源を切った』という時、清陽の『プライベート用のスマホの着信音がし』ます。『嫌な予感』がしたという清陽が出ると、『清陽。おばあちゃんが、亡くなったよ』と母が静かに告げました。『つい二時間ほど前に、祖母はこの世を去』り、『今晩がお通夜で、明日がお葬式』と聞かされた清陽は喪服をバッグに詰め『新幹線に乗』りますが、『新大阪駅まで送ってくれた章吾と、別れ際に喧嘩をしてしま』います。『通夜の席だけでも出たいと言』う章吾を『そういうの、いいから。やめてよ』と断った清陽。『迷惑ってことやな』、『おれって、どうでもいい存在やねんな』と『ひとごみの中に消えていった』章吾。『ありがとう、ついてきて。そう言うべきだったのは分かってい』たと思う清陽。しかし、『わたしにはそうする勇気が出なかった。こんなときでさえ』と思う清陽。『二十五を超えた辺りから、帰省するたびに家族から「結婚」という言葉をちらつかせられるようになった』という清陽が、ある思いを抱えたまま帰省するその先に、『家族』のまさかの姿が描かれていく冒頭の短編〈おつやのよる〉。うるっとくるその結末に、冒頭から町田そのこさんの短編の魅力を堪能できる好編でした。

    2023年2月20日に刊行された町田そのこさんの最新作でもあるこの作品。”発売日に新作を一気読みして長文レビューを書こう!キャンペーン”を勝手に展開している私は、町田さんが一昨年に刊行された「星を掬う」でも発売日に一気読みしてレビューを書きました。他の方のレビューもほとんどなく、評価も定まっていない中での読書はやはり特別な味わいのあるものだと思います。また、町田さんは今までにこの作品を含め九つの作品を刊行されていらっしゃいますが、その全てを読んできた私としては、町田さんの作品を発売日に読むという行為自体感慨深いものもあります。

    さて、そんな町田さんの九冊目となるこの作品は町田さんとしては、初めてとなる短編集です。もちろん町田さんには「コンビニ兄弟」、「ぎょらん」、そして「うつくしが丘の不幸の家」など短編集として構成された作品はありますがいずれも短編どうしが繋がりを持つ連作短編集です。それに対してこの作品は町田さんの地元である『北九州』が何かしら登場することと、『祖母』、『おばあちゃん』、そして『おばあさん』と呼ばれる人物が必ず登場するという繋がりはあるとはいえ、基本的には作品間に繋がりを持たない本来の意味での短編集となっています。本屋大賞受賞作の「52ヘルツのクジラたち」など長編に圧倒的な人間ドラマを見せてくださる町田さん。そんな町田さんが短編でどんな世界を見せてくださるのか、これには興味がわかないはずがありません。五つの短編が収録されたこの作品。では、そんな五つの短編の内容をご紹介しましょう。

    ・〈おつやのよる〉: 『三年ほど付き合っている恋人』の章吾と『二日間ひきこもり』で過ごそうと楽しみにしていた主人公の清陽。そんな中、母親から『おばあちゃんが、亡くなった』と連絡を受け急いで帰省する清陽。『通夜の席だけでも出たいと言った』清吾を振り切る清陽は、章吾を実家に連れていく『勇気が出な』いという悩みの中にいました。そして、帰省した清陽の前に『眩暈がしそうにな』る『家族』の姿がありました…。

    ・〈ばばあのマーチ〉: 『いま何してる?』と『恋人である浩明からの着信』を受けたのは主人公の香子。『街はずれのお菓子工場で働いている』香子に深夜勤務の続く『激務』から転職を勧める浩明。しかし『従業員同士のなれ合いがな』い今の仕事を『天恵のよう』だと思う香子。そんな香子は『入社した会社で、いじめに遭った』過去を思い出し『浩明以外まともにコミュニケーションをとれるひとがいない』今を思います。

    ・〈入道雲が生まれるころ〉: 『ああ、もう別れどきなんだな』と思うのは主人公の萌子。『付き合って一年』という『海斗を起こさないように』ベッドから出ると『別れましょう。今までありがとう』とメモを残し『海斗の部屋を後にし』ます。そして『タクシーで帰ろうか逡巡』する中に母から『帰って来てくれん?…藤江さんが、亡くなったんよ』という電話を受け実家へと向かいます。そんな時、海斗からの電話が鳴る萌子。

    ・〈くろい穴〉: 『チヨさん、こんなに栗を買ってどうするんだい』と『八百清の肇さん』に訊かれたのは主人公の美鈴。母親の名前と同じという理由で、美鈴のことを祖母の名前で呼ぶ肇に『渋皮煮を作るの。チヨさん直伝の、渋皮煮よ』と返す美鈴。そんな美鈴は家に帰り栗を水に漬けると『明日、奥様のために渋皮煮を作ります。夜に、取りに来て下さい』と上司の真淵にメールしました。『もう五年に及ぶ』という真淵との関係…。

    ・〈先を生くひと〉: 『藍生が恋に落ちた』と『何でも知っている』『幼馴染』の浦部藍生のことを思うのは主人公の加代。『なんでわたしじゃないの?』、『好きになるならわたしだろーが』と思う加代は『好きなひとって、どんなひと?』と訊きたい思いを募らせます。そんな加代は悩んで悩んで藍生の母親を訪ねます。『朝は早いし帰りも遅くなった』と藍生の変化を語る母親は『三月に引っ越す』という衝撃の事実を告げます。

    “いまは人生の迷子になってしまったけれど、あなたの道しるべは、ほら、ここに。もつれた心を解きほぐす、ぬくもりに満ちた全五篇”と内容紹介にうたわれる五つの短編。そこに共通するのは何かに思い悩み身動きが取れなくなってしまった主人公たちが、書名にある通り「あなたはここにいなくとも」と物理的に離れた存在に何かしら前に進むためのきっかけをもらう中にその先に続く人生の道を見出していく、そんな物語が描かれていることです。

    そんな短編の中で一つ注目したいのは『家族』が描かれる短編が存在することです。〈おつやのよる〉がそれに当たります。町田さんが描かれてきた作品を振り返る時に『家族』の存在は欠かせません。実母からの虐待を受けて育った主人公の貴湖の人生が描かれる「52ヘルツのクジラたち」、”母さえ、わたしを捨てなかったら。そうしたら”という先に主人公の千鶴を捨てた母親と再会を果たす「星を掬う」、そして”わたしには、育ててくれているママと産んでくれたお母さん、それぞれがいる”という先の物語が描かれる「宙ごはん」などその描かれ方はマイナス感情が先立ちます。特に「宙ごはん」では、”毒親”という言葉を登場させるなど、特に同性の親との関係性に苦しむ主人公たちを描く物語は読者を息苦しい思いの中に引き摺り込みます。それに対してこの作品で描かれる親子関係、『家族』のあり方は少し異なります。三年も付き合う恋人を実家に連れて行くことに戸惑う清陽が描かれる〈おつやのよる〉に描かれる『家族』と、上記した作品群の裏にある感情の大きな異なり。それこそが、内容紹介に記された”道しるべ”という言葉の先にあるものです。

    あなたは、自分の親とどんな関係性の中で生きてきたでしょうか?それはもう、『家族』の数だけあると言っても良いのだと思います。『家族』とはどうあるべきというものが決まっているわけではない私たちの社会において、それは全てが正解であり、全てが間違いとも言えます。『家族』のあり方は、その『家族』を構成する面々が試行錯誤の日々の中で築きあげていく他ないからです。

    『よそはよそ、うちはうち。そんな言葉を何度となく聞かされて育ったし、それは正しいと分かっている』

    『家族』の内側は外からはなかなかに垣間見ることさえ難しいものです。表面的なことだけで見れば、『我が家の常識が世間の常識と違うのでは』ないか、そんな思いに苛まれることだってあるのかもしれません。しかし、『家族』とは、そんな表面的なことからは見えないものを持つ存在だとも思います。離れていてもお互いを想い合う、そんな先に見えずとも繋がって行く関係性、そんな中に、あなたが先に進むためのヒントが隠されている場合があるのだと思います。それこそが、内容紹介にうたわれる”道しるべ”という言葉の先にあるもの。人生の迷子にとってなくてはならないもの、そんな”道しるべ”が実は『家族』を含めた身近なところにあるのではないか?身近だからこそそこにあるのではないか?この作品では、そんな”道しるべ”の存在を感じさせてくれる物語が五つの短編それぞれの世界観の中に描かれています。

    この作品ではそんな存在を『家族』だけではなく、全く予想外の人物にも描いていきます。上記した各短編の内容からでは当然にその存在が誰に当たるかは見えませんが、これから読まれる方には、町田さんが「あなたはここにいなくとも」の「あなた」をどんな関係性の人物に見るのかにも是非ご期待いただければと思います。

    そう、「あなたはここにいなくとも」、物理的な遠さ近さではない、例え距離が遠くても、遠く離れていても、また、本来繋がりを持ち合うはずのない人物でさえ、もしかするとあなたのことを思ってくれる人がいる。そんな人がこの世にはきっといる。そんな優しさに満ち溢れた五つの短編が集められたこの作品。そんな作品はそれぞれに極めて清々しい読後感に満たされる中に終わりを告げます。町田さんの小説を読みたい!でも、胃がキリキリするような作品は避けたい!そんなあなたに是非お勧めしたい、そんな作品がここにある、この作品はそんな位置付けの作品だと思いました。

    『頑張ろうとは、思ってる。このままじゃよくないって、自分が一番分かってる。でも、足が動かない』。

    人は長い人生の中でどうしても前に進むことのできない時間を過ごすことがあると思います。そんな時に”道しるべ”となる存在は何よりも大切です。この作品ではそんな存在が誰にだっていることを教えてくれました。

    あなたは再び前を向くことができる。そして、再び力強く歩き出すことができる。

    五つの短編がそんな風に優しく教えてくれるこの作品。町田さんのあたたかい眼差しに包まれる素晴らしい作品でした。

  • 「あなたはここにいなくとも」というだけあって、別れや人との距離近辺をテーマとした短編集。
    どの話も町田さんらしさが、しっかりとあって今作も良かった。
    中でも、「ばばあのマーチ(なんてタイトル笑)」、「先を生くひと」がお気に入り。
    「先を生くひと」は、なんだか奇妙な展開からの、しっかりとした骨太恋愛小説(と言っていいのか)となっており、町田さんの構成の巧さを感じずにはいられなかった。この話が最新作だといいなと思いつつ、小説最後の「初出」を見ると、そうであってそれもまた小さな喜びに。
    やや捻くれている自分にマッチした作家さんだと改めて再確認できた。

  • ◇◆━━━━━━━━━━━━
    1.感想 
    ━━━━━━━━━━━━◆
    5作の短編集ですね。連作短編集ではなく、まったくつながりのないお話です。

    人との繋がりを感じさせる点と、福岡というキーワードが登場するお話しが多かったぐらいです。やはり、短編集なので、サラッと終わってしまう感じでした。私はこのサラッとした感覚が好きでないので、短編集はあまり読みませんが、年齢も近い町田そのこさん作品を全て読みたいと思って手にしました。

    そうですね、、、読んでみて、いろんな人生に触れられた気がします。いろいろな世代で、いろいろな立場の人達がでてきて、いいなと思う人がいて、嫌な人だと思う人がいて、、、そんな登場人物に出会うことで、いろいろ考えさせられました。

    また、人生の終幕を考えさせられる内容が多くありました。その中で思うことは、自分を好きでいられることが、何よりも楽しく生きていくことかな、、、と感じました。相手からどう思われるか、相手のことをどう思うか、そういったことよりも、「今の自分はどうなんだ?」に目を向けていこうと思いました。

    ■おつやのよる
    いいお話。その人の全てを知ることは、きっとできないですが、その人のことをより知ることで、より好きになれるような人に、これからも出会っていきたいと思えました。自分もそんな人間でいたいなと感じさせてくれる作品でした。

    ■ばばあのマーチ
    インパクトがあります。
    オーケストラばばあ、すごい記憶に残る(笑)

    ■入道雲が生まれるころ
    これは良かったです。
    考えない人は、ほんとなんも考えないで生きていくんだろう…と、感じています。
    このお話で登場する謎の人物である藤江さんに、じぶんのじんせいを照らし合わせて、考えさせられます。

    ■くろい穴
    この作品も良かったです。
    ストーリーの大半はただ渋皮煮をつくる時間の話なんだけど、深かったです。何か、見えない恐怖、黒いものに包まれている感じでした。

    ■先を生くひと
    この作品もよかったです。
    終わり方は淡い感じで、悲しい感じをさらっとかき消して終わっていく感じでした。人とのつながりは、ほんといいなと思います。


    ◇◆━━━━━━━━━━━━
    2.あらすじ 
    ━━━━━━━━━━━━◆
    ■おつやのよる
    みんなが大好きな祖母が亡くなる。
    清陽の中で祖母の死をきっかけに、嫌いだった家族のことを再認識していく。

    ■ばばあのマーチ
    恋人の浩明とうまくいっていない香子。
    自分の人生を考える中で、オーケストラばばあに出会い、あらたな道へ進んでいく。

    ■入道雲が生まれるころ
    実家の近所に住む藤江さんが亡くなる。
    祖父の母方の従妹という認識だったが、亡くなってから実は違ったということが明らかになり、家族に動揺が広がる。

    ■くろい穴
    不倫相手に渋皮煮をつくってとお願いされる美鈴が、自分の過ちに気づいていくお話。

    ■先を生くひと
    余命わずかなおばあちゃんと出会い、自分を大きく成長させていく加代のお話。


    ◇◆━━━━━━━━━━━━
    3.主な登場人物 
    ━━━━━━━━━━━━◆
    ■おつやのよる
    池上清陽 きよひ、27歳
    池上春陽 はるひ、祖母、94歳、スマートフォンを使いこなす
    章吾 清陽恋人

    ■ばばあのマーチ
    香子 お菓子工場勤務
    瀬戸 昔のクラスメート
    浩明 恋人
    南 香子先輩
    オーケストラばばあ
     
    ■入道雲が生まれるころ
    萌子
    芽衣子 萌子妹
    海斗 萌子彼氏
    藤江さん 祖父の愛人

    ■くろい穴
    美鈴 チヨさん
    チヨ 祖母
    肇 はじめ、八百清
    真淵 美鈴不倫相手
    久保田 美鈴同期

    ■先を生くひと
    加代 高校生
    浦部藍生 あおい、加代幼なじみ
    伊岡菜摘 澪の姪の孫
    伊岡澪 みお、死神ばあさん、78歳

  • 新年度の準備でバタバタしていて
    久々の読了本


    5つの短編集


    短編は苦手ですが
    この時期はちょっとした空き時間に
    ひとつの物語を読めるのが良かったです


    おやつのよると
    先を生くひとが
    気に入りました(^^)



    二つとも出てくる人がいいですねー

    おやつのよるの
    章吾がすごくいい!

    好き!笑
    結婚したい!!笑


    本を読むと、
    子供が恋をした時
    結婚を考えてる時

    こんな言葉をかけてあげたいなっていうセリフに
    出会うことがあります


    この本はそんな言葉がたくさんありました



    でもやっぱり長編が好き!!

    いい話もあっただけに
    掘り下げられた話も読みたかったです(^^)

  • 読了から2ヶ月もたってしまった…

    もう少し緊張感を期待していた。

    町田そのこさんの作品の緊張感は、凪良ゆうさんや一穂ミチさんに近いものと思っていたが、この短編集には少し青山美智子さんテイストが加わったような感じ。

    インパクトは弱いが、バランスがよくて読みやすくはある。
    ただ、町田さんにはもうちょっとシャープな切り口を求めてしまう。
    物足りないといえば、物足りない。

    どの短編にもおばあちゃんが出てくる。
    おばあちゃんは、主人公にとって必ずしも物理的に近しい存在ではない。
    でも、ここにいなくても、確かにわたしはあなたに支えられている。

    遠くけど大切な人、もしかしたら、遠いから気づけていない優しさに、感謝したくなる。

    ♪Grandma Is Still Alive/GEISHA GIRLS(1994)

  • なんか、あんまり好きじゃなかった。
    登場人物たちを好きになれず。それぞれの章に出てくるおばあちゃんはとてもいいんだけど、その前に描かれている若い男女にまったく共感できなかった。
    特に2話目の男!理詰めで話す人嫌い。読んでてイライラしてしまった。香子ちゃんもちょっと違うかも、じゃないんだよ。あんな言い方する人ダメだって。
    長く一緒にいると決定的な何かがないと別れにくいんかなぁ。

    町田そのこさんだから期待値が上がりすぎてしまった。

  • 町田そのこさんの短編集

    それぞれに独立した短編集だけど、なんとなく薄っすら繋がっているような
    共通のテーマがあるような
    それは今ここにいない人あるいは近い将来にいなくなる人の想いによって、今を生きる人のこれからでそっと背中を押すような

    『あなたはここにいなくても』

    五つの短編で分かりやすく共通するのはおばあちゃんが出てくること
    主人公たちの背中をそっと押してくれるのは、支えてくれるのはこのおばあちゃんたちです

    おばあちゃんていいよね〜

    自分は母方の祖母とずっと一緒に暮してたんだけど、めちゃくちゃ可愛がってもらったな〜

    背中押してもらったな〜

    • 土瓶さん
      いや、普通に飛べるんだな~っと。
      いや、普通に飛べるんだな~っと。
      2023/07/17
    • 1Q84O1さん
      この際、土瓶師匠も一緒に
      ゆーきゃんふらーい!w
      この際、土瓶師匠も一緒に
      ゆーきゃんふらーい!w
      2023/07/17
    • ひまわりめろんさん
      そうだった!能天気マンは飛べる設定だった!
      (⁠~⁠‾⁠▿⁠‾⁠)⁠~
      そうだった!能天気マンは飛べる設定だった!
      (⁠~⁠‾⁠▿⁠‾⁠)⁠~
      2023/07/18
  •  町田そのこさん、8作目でした。本の帯に「人生の迷子たちへの贈り物」とあり、タイトルからも大体の内容を勝手にイメージして読み始めました。

     5編の短編集で、それぞれの主人公がほぼ20代後半の独身女性(最終話は女子高生)、また何らかの人間関係上の悩みを抱えていること、更に目上の女性や老婆が重要な役割を担っていることが共通点でしょうか。
     家族や人間関係について深く考えさせ、かつ読後の温かさ・爽やかさを与えてくれる内容は、あ〜、やっぱり町田そのこさんだなぁ、という印象です。

     人間関係で悩み、自分の立ち位置が判らなくなっている女性が描かれます。恋人、会社の同僚や上司、血族などから、助言の名のもとに正論をかざされ、更に追い込まれるのでした。
     過去の記憶を消したい、関係を断ち切りたいとは言うものの、やはり人は人と関わることでしか救われないのですね。
     厳しい人生を乗り越え、経験豊富な老婆の姿が、これらの主人公に淡く光を当て、次の一歩へのきっかけを作るのは、偶然か必然か‥。展開と構成が上手くできていると感じました。

     人は、受け入れ、認めてもらっている安心感で、葛藤や痛みが和らぎ、笑顔になれるのかもしれません。5話ともに、「あなたはここにいなくても」に続く〝何か〟を見つけ、獲得していく物語に共感しながらも、発想の転換を指南してもらえるような温かさあふれる作品だと思いました。

  •  愛する人とともに過ごす幸せに浸りきれない自分がいる。新しい一歩を踏み出すために必要なことは?

     自分の今を見つめ直して、新たな生き方を選択する女性たち。その姿を描くヒューマンドラマ短編集。
             ◇
     我が家のごちそうは「すき焼き」で、私は鶏皮が大好物だと言って教室中で大笑いされる小学生時代の夢を見た。

     その頃、すき焼きは鶏肉でするものだと信じていた。特に甘辛く煮込まれた鶏皮に白菜を巻いて食べるのが好きだと言って皆に笑われたことで、私は初めて知った。我が家の常識は世間の常識とは大きく違うということを。
     そのとき初恋の人である福元くんにまで「貧乏くせぇ」と嘲笑われ、小学校卒業まで「トリカワ」というあだ名で皆に呼ばれたことは大きなトラウマになった。
     それ以後、人に自分の家の常識を話すことに私は慎重になったのだった。

     久しぶりにその頃の夢を見たのは、実家にいる祖母からの葉書が昨日届いたからだろう。そう言えば祖母は私が恋人を連れて帰省する日を待ち望んでいたなあ。
     そんなことを考えながらベッドを出てカーテンを開けていると、後ろでガタンと音がした。
     驚いて振り返ると、寝室を覗く章吾の顔が見える。私の寝坊を見越して合鍵でマンションの部屋に入り、コーヒーを入れて起きるのを待ってくれていたらしく、リビングからはいい香りが漂ってくる。

     ニヤけつつリビングに移動してコーヒーをひと口飲んだところで、スマホから着信音が聞こえた。見ると「母」からだが、なぜか嫌な予感がする。急いで出てみると、「清陽、おばあちゃんが亡くなったよ」と静かな声で母が言った。
      ( 第1話「おつやのよる」) 全5話。

         * * * * *

     違ったシチュエーションの5つの話。どれもおもしろくて退屈しませんでした。各話とも簡単に紹介しておきます。

    第1話「おつやのよる」
     祖母の葬儀に伴い、手伝いも兼ねて門司の実家に急遽帰ることになった清陽は、恋人の章吾が申し出た挨拶がてらの同行を激しく拒絶。結婚を視野に入れた真剣な交際のつもりでいた章吾は傷つき、2人はケンカ別れしてしまう。
     実は清陽は、世間とはズレた常識がまかり通る実家や、粗野で下品な実家の人たちを章吾に見せたくなかったのだった。
     酒癖の悪い父。パチスロ狂いの母。下品なモラハラ男の叔父。祖母という重しの取れたあの人たちを思うと……。
     
    ☆大学・就職と東京で生活拠点を築き、実家の低俗文化の呪縛から逃れられたつもりでいた清陽。優しく育ちの良さそうな彼氏と恋仲になったまではよかったのですが、相手が良識のある人ならば当然、家族との顔合わせは既定路線でしょう。さあ、どうする清陽 ⁉
     ということで、個人的にはイチオシの第1話です。

    第2話「ばばあのマーチ」
     前職で同僚からのイジメと上司からのセクハラに遭い、メンタルを傷めて退職した香子。対人恐怖の症状が出ているため、人と接することが少ない仕事しかできず、アルバイト暮らしとなっている。当然ながら生活は苦しく、気分は一向に晴れない。
     それでも香子には彼氏がいて、普通はその彼氏が救いになるはずなのだが……。

    ☆こんなせせこましく器量の小さい彼氏では精神が癒やされることなどないでしょうね。心ではわかっていても、彼氏から離れる決心がつかない香子の気持ちも理解できます。
     そんな彼女の救いになるのが、近所でも変人で有名な「オーケストラばばあ」と呼ばれる老女です。 ( あだ名の由来は読んでお確かめください。)
     儀式めいたことが立ち直りのきっかけになることはよく耳にするので、なかなか興味深い展開でした。

    第3話「入道雲が生まれるころ」 
     その朝、海斗を起こさないようベッドを抜け出した萌子は、手速く身支度を整えると「別れましょう。今までありがとう」と書いたメモを残して海斗の部屋を出た。

     実は、自分の生活圏での人間関係をすべて捨ててしまいたいという欲求が起こることが、萌子には定期的にある。
     その欲求を抑えるのは難しく、結果として勤務先ばかりか居住地も変え、顔見知りが1人もいないところで新生活を始めるということを、萌子は繰り返してきた。
     
     歩いているとスマホに実家の母から電話があり、親戚の藤江さんが亡くなったと知らされた。ちょうど次の生活拠点を探そうとしていた萌子は、故郷に帰る決心を固めたのだった。
     そのとき海斗からも電話があり、躊躇したものの、覚悟を決めて出た萌子は……。

    ☆生きていくためには、人間関係を作り上げていくことが必要になります。
     人間関係は相手を理解し、自分を理解してもらうところから始まります。そして、その「理解」の内容を互いに維持し続けることで「信頼」が生まれ、円滑な日常生活に繋がるのです。

     でも、「理解」や「信頼」を維持することに、何か虚しさというか物足りなさみたいなものを感じて、すべて投げ出してしまいたくなるときがある。
     この「リセット症候群」と萌子が呼ぶ衝動はよくわかるだけに、テーマとしてはこの第3話がもっとも印象的でした。

    第4話「くろい穴」 
     美鈴は八百屋で栗をふたカゴ分買った。栗の渋皮煮を作るためだ。
     祖母直伝の渋皮煮は美鈴の得意料理だ。入社2年目に会社に持っていったことがあり、誰からも好評だった。その頃から不倫関係にあった上司の馬淵もひと瓶持ち帰ってくれている。それから5年。

     今回、渋皮煮を創ることになったのは、馬淵に頼まれたからだ。
     甘いものが苦手な馬淵だが彼の妻が大好物で、市販のものよりも美鈴が作った渋皮煮をどうしても食べたがっているということだった。

     美鈴との関係を続けながら妻と離婚する気配も見せず、美鈴の部屋に来てもすぐに自宅に帰る馬渕。自分を都合のいい女としか思っていない馬渕への不満を抑えつつ買ってきた栗の選別を始めた美鈴は、「くろい穴」のあいた虫食いの栗が1つ混じっているのを見つけ……。

    ☆中盤までのぞっとする展開。なかなかでした。終盤の着地点もすばらしい。
     多くは語りません。ホラーサスペンスのテイスト、ぜひ味わってください。
     それにしても、女の勘(妻の勘?)の鋭さはモチーフとしても十分ですね。

    第5話「先を生くひと」
     高校生の加代は最近、同じマンションに住む幼馴染の藍生の様子がおかしいということに気がついた。朝早く家を出るし帰りも遅い。もしや彼女ができたのではと思った加代は、自分は藍生のことが好きだったのだと知る。
     おまけに藍生が「死神ばあさん」と呼ばれる老女宅に出入りしているという噂を耳にした加代は、いてもたってもいられなくなり行動を起こすことにした。

     ある朝、藍生を尾行した加代は、一軒の古びた家の玄関先で藍生を迎える若い女性を目にする。かなり親しそうに話す2人の姿。死神どころか美人じゃないか!
     そう思った加代はたまらず門扉に突進して行ったのだった。

    ☆それまでの、大人のめんどくさい愛憎を描いた話から一転。ジュニア小説のような展開です。だから登場人物もわかりやすく魅力的に描かれています。

     生真面目で誠実な藍生。
     激情家で一途な加代。
     可愛らしい「死神ばあさん」の澪さん。 
     その姪孫で若いながら賢くてステキなお姉さんの菜摘。

     死を目前にした澪さんが加代たちに贈ることばが、高校生のこれからの人生へのよい餞になっていました。
     加代の一途な想いは藍生に伝わるのか。そのあたりも楽しみにお読みください。

     
     人生や恋愛で行き詰まり、悩みを抱える若い女性たち。

     そんな彼女たちにそっと寄り添い背中を押してくれるのは、年老いた女性たち。
     年輪を重ねた彼女たちが、その生きざまや何かの形で遺してくれたメッセージを紐解く展開が、心を温めてくれます。

     そして、含蓄に満ちたそれらを咀嚼し、自身を見つめ直し新しい一歩に繋げていく若い女性たちの姿がとても素敵でした。

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著者プロフィール

町田そのこ
一九八〇年生まれ。福岡県在住。
「カメルーンの青い魚」で、第15回「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞。二〇一七年に同作を含む『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』でデビュー。他の著作に「コンビニ兄弟―テンダネス門司港こがね村店―」シリーズ(新潮社)、『うつくしが丘の不幸の家』(東京創元社)などがある。本作で二〇二一年本屋大賞を受賞。
近著に『星を掬う』(中央公論新社)、『宙ごはん』 (小学館)、『あなたはここにいなくとも』(新潮社)。

「2023年 『52ヘルツのクジラたち』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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