2017年の秋以来の再読。『鹽壺の匙』で知られる車谷長吉先生による、学生時代から38歳までの迷いや覚悟を詰め込んだ私小説です。
書き出しから西行の歌が引かれ、終始「世捨て」に憧れていた様子がうかがえます。しかし、雲水となった級友に会って自分の覚悟のなさを感じたり、さらには、ただ煩わしさから逃れて楽をしたいだけという性根の悪さを直視したり、また小説の原稿が没になり続けているさなかに飲み屋で遭遇した陳舜臣と自分を比較して、自分には書けるはずもないと納得したりと、煮え切らない態度をとり続けます。
それでも、書くことでしかまわりに顔向けができない極限状態に立ったことでペンを取ります。意外にも書きたいという情熱を露にする場面はなく、終わりに描かれた旅立ちには、救いようがないほどの重苦しい覚悟を感じました。
本文中では、「私の宿縁はどこにあるのか」という文面で「宿縁」という言葉が何度かつかわれます。そう思い悩むのは、すがりたい気持ちがあったからではと思います。しかし、気づけば「どこかにおあつらえ向きの居場所がある」と淡い期待を抱くようなふわふわした情とは決別していて、残るべくして残ったたったひとつの選択に向かって踏み出していきます。