いま私たちが考えるべきこと

著者 :
  • 新潮社
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感想 : 11
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  • Amazon.co.jp ・本 (221ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104061075

感想・レビュー・書評

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  • 2022.05.07 図書館

  • ものすごく我慢して読んで、言わんとすることはなんとか読み取れたようには思うのだけれど、最後の50ページくらいでよかった気もする。「ややこしいことを書いていることはわかっているが」という前置きを何度も置くくらいならせめて重複を除いて容量を半分に圧縮して欲しい。「考える力の低下」を嘆くのはいいけれど「あえて読み取りにくく書く」のはやめてほしい。(そうしたらややこしさを伝えるという目的が半減するのかもしれないけど、ちょっとイライラしてしまった。笑)

    【頭に残った内容メモ】
    ・前近代は「あるべき姿を考えることを自分の外(=社会、国家)に求める」時代で、近代は「あるべき姿を自分で考えること」
    ※この定義で言うと、この本が出てから16年経った今も「前近代」に生きている人がまだ多いだろう
    ・個性とは「傷(=一般から逸脱した、破綻したもの)」である。場合によっては「一般的なものに至れない未熟な部分」と自分で捉えてしまう場合がある
    ・学校教育は「一般性」を育てる場であったが、それと対となる「個性」を育てる場が世間で消失してしまったがために、学校教育にも「個性」の創出が求められるようになり、全ての基準が薄っぺらくなった
    ・これからは気合入れて何が「私たち(=国家でも世間でも社会でもない、手の触れられる範囲にいる人たち)」にとっての正解なのか考えながら生きていくしかない。そのまま楽に選び取れる正解はもう過去にはない。

  • プロの文筆家の著作というものはこういうものか。いつものように話があっちに行ったりこっちに行ったりするが、終始スジが通っていて、最後にきちんと主題がまとめられる。素人がダラダラ書いた文章にはこのような構成力は到底期待できまい。
    この本の主題は、自分のことを考えるとき「まず自分を考える人」と「まず他人を考える人」の2種類あって、どうやってこれら両極端の人たちが「私たち」と呼べる範囲(社会?)を調和的に築いていくかであるが、これもよく考えられたテーマで、国家とは何か、あるいは市民とは、教育とは、近代とは、全体主義とは、個性とは何かについて、考えさせてくれる。敢えてわかりやすい例示をしないから「この人は一体何を言っているんだろう」と感じることも多いが、その分自分なりの思索が深まる仕掛けになっている。
    僕は橋本氏と同じ「まず自分を考える人」で、そのせいでずいぶん生きにくい人生を送ってきた。周りが見えず、「変わり者」と言われ、自己主張が強すぎていつも失敗する。橋本氏はその明晰なる頭脳のおかげで、それを良い方向に転化しているが、そうではない凡人には日本は厳しい社会だ。

  • 自分のことを考えるをもっぱらにしていると人間は孤独になる。
    孤独だと自分のことを考えるをもっぱらにするようになる。
    不幸というものは自覚されて明白かつ明確になるものである。それを不幸として自覚しない限り、人はその不幸になんとなく耐えてしまう。
    自分がないということは孤独がないということ。
    個性とはそもそも哀しいものである。ブスが個性か。個性を伸ばす教育なんて最悪。

  • 今の私には、
    ★一つ分くらいしか、この本が言いたい事を理解できていない気がする。

    2001年の橋本治さんの新聞コラムに大共感して、
    「この人の考えを知りたい!」と思って読んだ本。

    まさに今実感していた、
    「所属」や、そこから生まれる「孤独や孤立」。
    「個性」といったことに触れられていたのは自分の脳に吸収できた。

    「個性」についての考え方に共感できた。
    すごく、お友達になっていただきたいと思った。

    けれど、
    結局なにが言いたかったのか、今の私にははっきりわからないし、
    そもそも言うつもりもなかったんだと、
    してやられたりな気分である。

    自分がいる。
    他人がいる。

    独りよがりな答えをだしてもだめ。
    他人に思考してもらうことばかりしてもだめ。

    自分をもち、
    臨機応変に、他人と融合し、
    思考できる知識をもち、
    なおかつ柔軟に、
    生きていきましょう。

    みたいな。

    そんな感じだろうか。


    あたりまえじゃん!!

    って突っ込みたくなるが、
    その当たり前が難しく、だーれも出来て無いじゃんかと、
    言っているのかもしれない。

    -------------


    以下特に共感したところを抜粋

    「自分のことを考える」をもっぱらにしていると、人間は孤独になる。あるいは逆に、孤独だと、「自分のことを考える」をもっぱらするようになる。


    「個性を伸ばす教育」と言う人の多くは、「個性」というものを誤解している。「個性」とは、そもそも「哀しいもの」で、そんなにいいものではないのである。


    だから、以外かもしれないが、「個性的」としか人に言われない人間の目指すものは、「没個性」なのである。


    「個性的」と言われるしかない人間は、没個性を目指すしかない。一般的にこれを「丸くなる」と言うが、しかし、これを目指して邪魔をするのがまた、「自分の個性」なのである。「個性的でしかない自分」でい続けるのはいやだが、しかし同時に、「個性的である自分」を捨てられるのもいやなのである。人間は、そういう厄介なものだからしかたがない。


    個性を持って生きると、しんどいからである。個性を持たない方が生きやすい――そういうベルトコンベア体制が、日本の社会に出来上がっていたからである。

  • ずいぶん前に買ってそのまま積んでた本。最初あたりはちょっと読みにくかったが、だんだん引き込まれて一気に読んだ。「私」と「私たち」=社会との関係についての独自の論考。「近代」と「前近代」についてのとらえ方もユニークで面白かった。「考える」本を読むと、うーんそうかあと思ったところをできるだけ抜粋しておくようにしている。情けないことにそうしないとすぐ全部忘れちゃうもんで。ところが今回はどうにもうまく抜き出せない。どうしてだろう。またそのうち読んでみよう。

  • 「「私はそう考える」―ただそう言うだけで、「あなたの考えること」は、私の管轄するところではない。終わりである。」

  • この本も、橋本治節炸裂である。
    "「ただややこしい」に終始して、「明快なる答え」を用意しないのである。"

    この本は、
    『「自分のことを考える」時に、「まず自分のことを考える人」と、「まず他人のことを考える人」と2種類がいる』という、命題からスタートする。この命題の立て方から、橋本治的である。

    そしてそこから、橋本治的視点で、自我の問題、恋愛の問題、世間体の問題、国家の問題、教育の問題と次々と渡り歩いていく。

    多少のまどろっこしさについていけて、知的好奇心のある人なら、橋本治ワールドは、十分読む価値のあるものだと思う。

  • ややこしいこの本はボリューム満点ながら結局は明快な答えをだしてはいないけど、日頃悩んでいた「自分の考え方」についてやっぱりねってことでスッキリした。ごちゃごちゃ考える事が好きな人向き。

  • 『考える人』に連載されていたものを単行本化。

    「今の社会」、「私」や「私たち」、そして「他人」について、分からないことや漠然とした不安・・・。
    そのようなものを抱えている人が、今の時代には少なくないようです。
    そういえば、孤独が怖くて「みんな」の中にいるのに、それでも孤独だっていう人、
    何だか多いような気がしますよね。

    橋本治式「考えるレッスン」で、人生をちょっと本気で考えてみませんか?

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著者プロフィール

1948年東京生まれ。東京大学文学部国文科卒。小説、戯曲、舞台演出、評論、古典の現代語訳ほか、ジャンルを越えて活躍。著書に『桃尻娘』(小説現代新人賞佳作)、『宗教なんかこわくない!』(新潮学芸賞)、『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』(小林秀雄賞)、『蝶のゆくえ』(柴田錬三郎賞)、『双調平家物語』(毎日出版文化賞)、『窯変源氏物語』、『巡礼』、『リア家の人々』、『BAcBAHその他』『あなたの苦手な彼女について』『人はなぜ「美しい」がわかるのか』『ちゃんと話すための敬語の本』他多数。

「2019年 『思いつきで世界は進む』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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