イギリス人の患者 (新潮・現代世界の文学)

  • 新潮社
3.89
  • (21)
  • (20)
  • (21)
  • (2)
  • (1)
本棚登録 : 164
感想 : 23
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (294ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784105328016

作品紹介・あらすじ

英国ブッカー賞受賞。瀕死のイギリス人患者と若く美しい看護婦ハナ-砂漠の情景から不倫の愛の行方まで、詩的言語に包まれた物語が静かに溢れ出す…カナダ人作家の最高傑作。時は第二次世界大戦の末期である。場所はフィレンツェの北、トスカーナの山腹に立つサン・ジロラーモ屋敷。ここで、四人の男女が出会う。若いカナダ人の看護婦は、ハナ。…ハナの父親の友人で、泥棒のカラバッジョ。…インド人でシーク教徒のキップは、爆弾処理を専門にする工兵。…そして、ベッドに寝たきりながら、その発揮する強大な求心力に三人をつつんでいるイギリス人患者。…心の内にそれぞれの物語を抱え込んだ四人が、互いに相手の物語を読もうとし、そこにすばらしい小説世界が出現する。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 素晴らしい作品でした。
    この作品は「イングリッシュペイシェント」という映画で有名らしいのですが、私は読書案内を通して知り、このサイトで、フォローしてくださっている方に薦めていただいて、読み始めましたが、この作品を読んだことは、至福の読書体験でした。ありがとうございます。
    今までに読んだ本の中で最も素晴らしい作品のひとつであることは、間違いないと思いました。
    本の出版年は1996年5月。
    映画はアカデミー賞9冠。
    英国ブッカー賞受賞。

    文章全てがまるで全編、詩のような美さで、まず文章の美しさに惹き込まれました。
    原作もさることながら、たぶん土屋政雄さんの訳文も、素晴らしいのではないかと思います。
    ストーリーとしては、不倫の恋さえもこれ以上ないくらい美しく描かれ(不倫が美しいと感じたのはこれが初めてです)後半、日本への原爆投下がキーポイントにもなっています。

    以下、抜粋した方がよくわかると思うので、抜粋します。
    <訳者あとがきより>
    これは詩人の作品、夢見る人の作品である。オンダーチェは砂漠の砂嵐の中を歩き回り、ワイヤを通って爆弾の中まで入り込み、地図の上から蜃気楼の中にワープしてみせる。風の宮殿で井戸と井戸が交わす噂に耳をそばだて、泳ぐ人の洞窟で太古の神々を呼び出してみせる。(中略)時は第二次世界大戦の末期である。場所はフィレンツェの北、トスカーナの山腹に立つサン・ジローラモ屋敷。ここで四人の男女が出会う。若いカナダ人の看護婦はハナ。この戦争で、生まれるはずの子をなくし、父をなくし、何百人という兵士の死をみとってきた。ハナの父親の友人で泥棒のカラバッジョ。その特技を買われ、連合軍にスパイとして使われたが、ナチに捕らえられ、いまも拷問の後遺症に苦しんでいる。インド人でシーク教徒のキップは爆弾処理を専門にする工兵。不発弾や地雷の処理に、死と隣り合わせの毎日を送っている。自身はイギリスにひかれているが、故郷には過激な反英主義者の兄がいる。そしてベッドに寝たきりながら、その発揮する強大な求心力に三人をつつんでいるイギリス人患者。全身にひどい火傷を負い、顔の見分けもつかず、はたしてほんとうにイギリス人なのかどうかも疑わしい。心の内にそれぞれの物語を抱え込んだ四人が互いに相手の物語を読もうとし、そこにこのすばらしい小説世界が出現する。

    • nejidonさん
      まことさん、こんばんは(^^♪
      さっそく読まれたのですね!
      こんなに感動して下さって、お薦めした甲斐がありました。
      そうです、物語の形...
      まことさん、こんばんは(^^♪
      さっそく読まれたのですね!
      こんなに感動して下さって、お薦めした甲斐がありました。
      そうです、物語の形式をした詩なのです。
      でも、それだけではない。話の骨格は実にしっかりしていますよね。
      途中、ああこれは切ない終わりを迎えそうだなと分かるのですが、
      それでも読まずにいられない。美しく香り高い作品だと思います。
      あ、ここがいい!と思う描写がたくさんありませんでしたか?

      もうかなり前に読んだのにいまだに良く覚えているなんて・・
      本を読む以上は、そういう作品に巡り合いたいものですよね。
      お邪魔しました。


      2019/08/31
    • まことさん
      nejidonさん♪おはようございます(^^♪
      この本の最初のページをめくったら、他の本はもう目に入らなくなりました。
      今まで、読んでき...
      nejidonさん♪おはようございます(^^♪
      この本の最初のページをめくったら、他の本はもう目に入らなくなりました。
      今まで、読んできたものは何だったのだろうとまで思いました。
      イギリス人患者と、キャサリンの二人のシーンの描写が素晴らしい!と思い、書き留めました。レビューにも、引用として書いておこうかと思ったくらい美しいと思いました。

      こんな、素晴らしい作品をお薦めくださってありがとうございました。お薦めされなければ、読んでみたいな~で終わっていて巡り合えなかったかもしれないです。
      これからの、自分の読みたい本も変化していきそうな気がします。
      このような貴重な読書体験、経験をさせていただき本当にありがとうございました!!
      また、色々と、nejodonさんの素敵な、本のご紹介も楽しみにしています。
      2019/09/01
  • こういった戦争小説も書けるのだなと思わされた。きちんと磨かれた言葉を読むというのは、それだけで心地の良いものだ。さりとて、情緒だけで処理された小説などではない。砂漠のこと、爆弾処理のこと、大英帝国のこと、描写はきちんと名詞と動詞に支えられていて、強い。実はこの1行を書くために作者は数冊の本を読んだのではないか、そう思わされる描写が随所に閃く。はっとして振り返ったときにはもう消えているような、鋭い光芒である。

    読み始めたときには、戦争や愛の妄執を書いた小説なのかなと予想していたが、必ずしもそうではなかった。謎の患者、若いカナダ人の看護婦、若さの盛りを過ぎたイタリア人の泥棒、シーク教徒の工兵、彼らは誰もが強い意志を持ってきちんと人生を切り開き、開いた果てにイタリア半島の陋屋で数ヶ月の時間をともに過ごすことになる。こういうふてぶてしい人物たちに、運命に翻弄されたなどという紋切り型の言葉はふさわしからぬ。万物流転としか言いようがないような気がしてくる。

    読み終えたとき、ことによればこれはヨーロッパの物語として読むことも可能なのかな、そんな感想を持った。古い僧院に博識な患者、老獪なカラバッジョ、随所に引用される古い書物はいずれも豊穣を誇りながら老いゆく欧州の象徴に見えた。その後背地の砂漠、インド亜大陸、そして極東の日本までもがそれに対置される。若き看護婦、ハナが新大陸の出身である点も興味深い。優れた書き手は無造作であるようでいて、無駄な手など指さないものだ。

    置いた欧州は死に、若いアジアは生き残る。おそろしい悲劇がひとつ物語の終結部をぎゅうぎゅうと締め上げはするのだが、そうであっても歴史は続いてくのだ。万物流転。そういうものがたりである。

  • 映画は公開時に見たのですが、すっかり内容を忘れ去っていました。単なるラブストーリーという記憶しかなかった。
    だから、読み始めてビックリした。
    あまりに美しく、重層的で、詩的で、読んでいて自分の心が「読む喜び」で激しく震えているのが分かった。
    とにかく急いで読み終わっちゃダメだと思って、ゆっくりゆっくり味わいながら読んだ。

    爆撃で崩れかけたイタリアの古い館、やけどを負って寝たきりだが知識の塊のような謎のイギリス人患者、爆弾処理が専門の若いインド人中尉、ハンサムだが傷つき年老いたイタリア人、砂漠と砂嵐とベドウィン、伝説のオアシスと壁画、等々、出てくるアイテムぜんぶに激しく想像力をかきたてられる。
    そして、こんなに美しいのに、推理小説のようなサスペンス要素まである。
    よくまあ、こんな複雑な物語を生み出せるものだわ、と、神がかったものに対して感じる畏怖でいっぱいになりながらページをめくった。これが誰か一人の人間の想像力から生まれたまったくのフィクションだなんて、とても信じられない。でも、その一方で、物語はあまりに奇想天外で、実話とも思えない、という不思議。細部や心理描写はものすごくリアルだけれど、全体像は荒唐無稽。

    キップの過去がゆっくり語られ始めて、サフォーク卿とその周囲の人たちとの出会いを思い出す場面では、私まで「イギリス人のことが好きになり始め」てしまった。キップは自分の気持ちを事細かに説明する人物ではないけれど、彼の喪失の悲しみは、読んでいる私も自然に感じてしまう。

    こうしたエピソードの背景にある国籍や人種に対する複雑な心境は、アジアと欧米の二つの世界に属しているオンダーチェだから書けるんだろうなと思う。現代に生きるアジア人はみんな多かれ少なかれ共有している感覚じゃないのかなと思うけれど、なかなかこんな風には表現できない。

    家で本を読むとき、ラジオをつけっぱなしにしていることが多いのだけど、この本を読んでいる時は、ラジオが非常にうるさく感じて、消してしまった。
    前日に作っておいたしょうがシロップで、冷たい自家製ジンジャーエールを作り、リビングの窓を開けて風を入れ、ときどき聞こえてくるソウシチョウのさえずりに耳を傾けつつ、ゆっくり読んだ。

    登場人物たちと一緒に影や星を読みながら砂漠を旅し、ミナレットからミナレットへ暗唱の声がリフレインしていく様子に耳をすませ、雷雨の中、ゆっくりと丘を登る。こんなにも美しい起伏に満ちた本が他にあるかしら。
    前作でも堪能させていただいた「官能プロレタリア」も健在で、キップが水につかって爆弾を解体し、くたくたで飲み物の蓋を取ることすらできないほど疲労している様子はほんのりエロティックですらある。

    至福ですよ、至福。
    読む幸せ。

    しかし、映画の記憶が全くないから、改めて見ないといけないのだけれど、ジュリエット・ビノシュはいくらなんでもミスキャストじゃないかな。
    20歳っていう設定ですよ。少女のような女性、っていうイメージなのよ。いくらなんでも・・・・オバチャンのイメージしかないわ、あの人。腰回りが中年すぎる。
    ウィレム・デフォーも、ギスギスしていて、生来の女たらしっていう印象じゃないしなぁ。ぶつぶつ。
    見れば二人とも意外にしっくりくるのかもしれないけれど・・・。

  • 素晴らしい本。美しい言葉で形作られ、練り上げられた重厚なストーリー。時間をかけて少しづつ頁を進めたが、物語はずっとそこにあった。
    町と屋敷を遮る谷間へロープを掛け、闇夜の雨の中へと消えていったカラバッジョの姿が忘れられない。

    「言葉だ、カラバッジョ。言葉には力がある。」

  • 読んでいる途中で気が付いたのですが、これは詩ですね。小説というより、長い詩を読んでいるといった感じです。それくらい一つ一つの言葉に重みと深みがあります。最後の方では少しだれ気味ではありますが。
    砂漠と学者、戦争の影、工兵と地雷、そういったものが絡み合いながら物語が進んでいきます。サハラ砂漠の情景の描写などは、サン・テグジュベリの作品群を思い出させます。レヴィ・ストロースの「悲しき熱帯」にも共通するような感覚もあります。登場人物も一人一人が興味深い生い立ちと生き方で描かれていてライトノベルとかの対極にある、小説を読む醍醐味を十分に味あわせてくれる作品でした。

  • 彼らは過去を語る。
    第二次世界大戦末期、未だ地雷が残る崩れかけた僧院で、静かに生活を営む人々。そこにあるものはすべて、像も噴水も、戦争によってどこかしら欠けている。人も含め、満足なものはない。
    舞台となるのはフィレンツェ郊外。土も木も緑もある土地だけれど、読み進めるうちに、人々が内面にそっと隠し持つ砂漠の心象風景が、現実のイタリアの風景を密やかに覆う。
    正直に言うと、少し美しすぎるのではないかと思わずにはいられない。けれども、一人ひとりの台詞、喚起させられるイメージに装飾の気配はなく、偶然の同居人たちが語る物語にいつしか引き込まれる。過去からの呼び声のように、こちら側を捉えて離さない。

  • 自分用メモ:
    映画「イングリッシュ・ペイシェント」原作本

  • いつの間にか流れ着いた四人の人々、それぞれがそれぞれの出自や過去を持ち、紡がれる散文的な物語はとても美しく淡い。

    英国から大陸ヨーロッパ、人を惹き付けてやまない砂漠のアフリカ、インドと唯一の被爆国があるアジア。世界文学だ。

  • 映画(未見)のポスターのイメージから、おセンチラブストーリーなんだろうと思い込んでいたのだけど、全然違った…。
    愛についての話でもあるけれど、同じくらい戦争と戦争に損なわれた人間についての話でもある。
    東洋と西洋、患者と看護者、老いと若さ、愛し合う一方と他方、過去と現在。
    様々な対立と融和が、詩的な文章で綴られた美しくて苦しい作品だった。
    最後にちらりと作者が顔を出しても違和感がない、不思議に開かれた感覚。
    読み終わっても作品の中の言葉が頭で渦を巻いている。
    時間を置いて再読したい。

  • どんな創造力があれば、こんな風に物語れるのか

全23件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

マイケル・オンダーチェ(Michael Ondaatje)1943年、スリランカ(当時セイロン)のコロンボ生まれ。オランダ人、タミル人、シンハラ人の血を引く。54年に船でイギリスに渡り、62年にはカナダに移住。トロント大学、クイーンズ大学で学んだのち、ヨーク大学などで文学を教える。詩人として出発し、71年にカナダ総督文学賞を受賞した。『ビリー・ザ・キッド全仕事』ほか十数冊の詩集がある。76年に『バディ・ボールデンを覚えているか』で小説家デビュー。92年の『イギリス人の患者』は英国ブッカー賞を受賞(アカデミー賞9部門に輝いて話題を呼んだ映画『イングリッシュ・ペイシェント』の原作。2018年にブッカー賞の創立50周年を記念して行なわれた投票では、「ゴールデン・ブッカー賞」を受賞)。また『アニルの亡霊』はギラー賞、メディシス賞などを受賞。小説はほかに『ディビザデロ通り』、『家族を駆け抜けて』、『ライオンの皮をまとって』、『名もなき人たちのテーブル』がある。現在はトロント在住で、妻で作家のリンダ・スポルディングとともに文芸誌「Brick」を刊行。カナダでもっとも重要な現代作家のひとりである。

「2019年 『戦下の淡き光』 で使われていた紹介文から引用しています。」

マイケル・オンダーチェの作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
村上 春樹
フリオ リャマサ...
イアン マキュー...
ウンベルト エー...
村上 春樹
ボリス ヴィアン
伊坂 幸太郎
カズオ イシグロ
ガブリエル ガル...
ヴィクトール・E...
サン=テグジュペ...
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×