- Amazon.co.jp ・本 (557ページ)
- / ISBN・EAN: 9784105900380
作品紹介・あらすじ
有名人のサインを売買し、そのあがりで悠々暮らす"直筆商"アレックス。密かな哀しみを抱きしめたまま、お気楽かつ自堕落に生きている。亡父が縁を結んでくれた古なじみの友人たちに十年越しの恋人。ロンドン郊外での代わりばえのしない日常に、少年時代から純情を捧げてきた伝説的映画女優の直筆サインが大嵐を巻き起こす。一行おきにはじける笑い、なのにじんと胸にしみる読後感。衝撃のデビュー作『ホワイト・ティース』から3年。現代社会と"シンボル"という壮大なテーマに、とめどなくコミカルな表現で挑んだ世界中の読者待望の最新作。
感想・レビュー・書評
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2004-04-00
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『直筆商』のアレックスは有名人のサインや手書き文書を収集し売買を商売にしている。ロンドン郊外で代わりばえのしない日常を送っていた彼の元にある日、少年時代から純情を捧げてきた伝説的女優のサインが送られてくるが、それにはとんでもない秘密が・・・。
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アレックスは二十七歳。職業は直筆商。直筆商という言葉は訳者による造語で、原題は“The Autograph Man”。日本でいうサインは英語ではオートグラフ。飴売りのことをキャンディー・マンというように、オートグラフを売買する人をオートグラフ・マンという。有名人が写真等に直筆したサインを売買する職業を指す。いちいちカタカナ表記するのも煩わしいということだろうが、見慣れない新造語が頻発するのも落ち着かない。日本でそういう商売をする人は、自分たちのことを何と呼んでいるのだろう。
アレックスの父は医師で名はリ=ジン。名前から分かるように中国人で、十二歳のアレックスをプロレス見物に連れて行った日に亡くなった。アレックスの本名はアレックス=リ・タンデム。本人は中国人を自称するものの、母がユダヤ人であるアレックスは、小さい頃からユダヤ人学校に通い、ユダヤ系社会にどっぷりと浸かってしまっている。ユダヤ人は母系制社会なのだ。
幼なじみの一人はラヴィになり、親友のアダムはカバラに夢中、その妹のエスターとは十年越しの恋人関係というユダヤ的な人脈に囲まれていながら、アレックス自身は神を感じることができず、どちらかといえば禅に傾倒している。病気のときはチャイナタウンにある中国人医師を頼り、処方された煎じ薬を魔法瓶に詰めて仕事に行くほど。もうすぐ父が死んで十五年。ユダヤ教では大事な儀式があり、アレックスは息子として出席を請われているが、死んだ父は中国人で、ユダヤ人ではない。この辺のアイデンティティの持つ複雑さが、主題になっている。
プロローグでアレックスとオートグラフの出会いが描かれる。プロレス会場で偶然出会ったユダヤ人少年ジョーゼフがコレクションするだけでなくそれで儲けていることを知ったのだ。皮肉なことに癌で死期が近づいていた父は会場で倒れ、その後死亡する。アレックスが一生の仕事とすることになるオートグラフと出会った日に父が死ぬ。これは偶然だろうか。
アレックスは仕事としてオートグラフを売買するが、少年時代から憧れていたキティーという女優のものだけは特別で、今でもサインをねだる手紙を書き続けている。何にでもサインしたジンジャー・ロジャースとは違い、キティーのそれは希少で価値が高いのだ。オークションに出かけない日は、アダムとドラッグでトリップ。オークションの日は仕事仲間とバーで酒浸り。エスターを愛していながら、他の女の子にもちょっかいを出す、といういい加減な毎日を送るアレックス。
そんなアレックスのところに何年も無視され続けていた憧れのキティーからサインが送られてくる。ちょうど、ニューヨークで行われるオークションに出かける予定であったアレックスは、ペース・メーカーを交換するための手術で入院中のエスターを英国に残したまま一人アメリカに飛ぶ。ハニーという同業の美女と共に雪のニューヨークをキティーの居所を探して歩くアレックス。そこに待っていたのはとんでもない秘密だった。エピローグ。一皮向けたアレックスは、儀式に向かうのだった。
大人になりきれない直筆商のナーヴァスな心情とドン・キホーテ的な思い切った行動を、ロンドン近郊のさえない町と大都市であるニューヨークを舞台にコミカルかつペーソスたっぷりに描いたゼイディー・スミス、長篇第二作。キュートでポップな文体にのせて、どこまでも優しく愛情溢れる友人たちが、悩めるアレックスのために手を差し伸べる、ウザいようでいて、本当はありがたい友情と愛情がいっぱいのハート・ウォーミングな物語。疲れたなと感じる日々には元気がもらえそうな一冊。550ページは長いようにも思うが、軽いノリでビートの効いた文章は、映画ネタや濃いキャラクター満載で飽きさせない。
ひとつ気になったのは、ニューヨークで行なわれるオークションの客寄せに広島に原爆を落としたパイロットのサイン会を持ってくる感覚だ。他の部分にも黄色い日本人に対する差別感が散見される。チャンドラーを読んでいても日本人に対する蔑視が気になることがあるが、ゼイディー・スミスのように若い作家であっても英国に住んでいるとそういう感情を共有するようになるのだろうか。悪ふざけが過ぎた表現と見るのが妥当なのだろうが、笑って読み過ごす気にはなれない。落語の「蒟蒻問答」をそのままキリスト教とユダヤ教の教理問答とした挿話や、漱石で有名な「父母未生以前本来の面目」という禅の公案をさらりと持ち出すところなど、よくリサーチされていて、随所に鋭い知性ととびっきりのセンスを感じさせる作家だけに、余計気になる。 -
図書館本です。原題は"The Autograph Man"。サインや自筆の書簡を扱うこの職業を「直筆商」とした訳はナイスすぎ!日本では、こういうブツは古書店か骨董屋さん扱いなので、今でも定訳がないと思います。
ぱらっとめくるとカバラやらラビやら、いきなりユダヤカルチャーなネタ全開で、ついていけるのかな?と思いつつ続行。主人公アレックスくん27歳、直筆商。でも登場の初手からクスリでラリッて記憶なくして、惨憺たるありさま。こういった商いに漂う切れ者感ゼロで、いろいろとゆるいー。これはひょっとしてダメ男?この惨状のフォローと亡き父親の法要、ごひいき女優のサインをめぐって、どたばたと物語が進みます。
序盤はアレックスの今とは関係があるの?と疑問を感じてしまいますが、本編にゆるーくつながってくるエピソードではあるので、ここで波にのれるかが勝負かもしれません。それに、満載のユダヤカルチャーネタには、英米のインテリ層ではユダヤ系の存在を見過ごすことはできないんだ…とあらためて思いつつ、どこまでジョークでどこまでリアルなんだかがわからない(笑)。それに、アレックスが仕事でアメリカへ行くと、禅スピリッツ花盛り…なんかキッチュ。だから、前述のユダヤネタも結構デフォルメされてるんだろうな、とは推測できますけど。
原文はたぶん、ポップでゆるくて軽ーいノリなんだろうなぁとは思いますが、いかんせん日本ネイティブにはハードルに感じるほうが多いんじゃないかな?という言葉遊びの連続で、訳者さんの苦労がしのばれます(ある意味、楽しかったとは思いますが)。
『―哀しみ』というよりも、アレックスの中途半端なトホホ感が楽しめました。終盤も意外と悪くないものの、作品としてのまとまりなどを考えると、この☆の数かなと思います。ごめんなさい。
-----[2008.10.9 未読リストアップ時のコメント]-----
著名人の生原稿や手紙など、直筆のものを商う男のお話です。ずっと読みたいと思って書店の棚を眺めていたのですが…先日もらったクレスト・ブックス10周年のしおりに「品切」マークがついているのを見てショック!道理でこの頃、見かけないはずだわ(泣)。図書館と古書店、どちらにする、私? -
有名人の直筆を売買する27歳のオートグラフマン、アレックス。崇拝する往年の銀幕のヒロイン、キティーのサインを手にいれたことから、物語ははじまる。饒舌な語り口は相変わらずだけれど、混沌たる『ホワイトティース』とは全然違う。じたばたうじうじも楽しい、だってこれは、たった10日間の物語。 苦くて歯がゆい。相当わかりづらいかたちをしているけれども、相当トウはたっているけれども、分類わけするなら青春フォルダだ。饒舌な語り口にここちよく身をまかせていると、ふと「哀しみ」が自分にかえってくる。
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どこかにくめない主人公です。
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ユダヤ的なるもの、非ユダヤ的なるものって、日本でも分類できるのだろうか。西欧に行ったら嫌がおうにでも直面するものなんだろか。華氏911見たけど、国際的にもっとも通用するジェスチャーを三文役者が演じてたみたいだった。