貨幣の思想史: お金について考えた人びと (新潮選書)

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  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (238ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106005152

作品紹介・あらすじ

本書はペティからケインズにいたるまでの経済学者の苦悩のあとを辿りつつ、貨幣の背後にある資本主義社会の架空性=虚妄性をえぐり出す。著者のこれまでの、今の人間の生き方の空しさを告発する一連の仕事に貴重な一環をつけ加えた労作である。現代を理解する鍵となる好著である。

感想・レビュー・書評

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    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/479235

  • 学生時代にはまった著書のひとり

  • 「貨幣の思想史」内山節

    歴史の中で労働力が商品化され、貨幣の普遍性が確立されたこと、産業資本の成立と共に貨幣が資本として機能するようになった事、近代的貨幣の成立と定着の過程が国家間対立の時代であった故に、経済が国家経済として形成された事で、貨幣に絶対的な力を与えるようになった。

    国家の富を測定しようとすれば、生活次元では営まれているにも関わらず、市場経済を通過する事のない経済、つまり貨幣化される事のない経済は視野から消える。17世紀のイギリスの課題は、国家を強化する為の政治経済学の確立、戦争を遂行する為の国家の経済基盤の確立にあった。

    近代的貨幣の登場以来、貨幣に依存しながら貨幣社会がもたらす頽廃に頭を悩ましてきた。

    ケネーは富を労働生産物として捉え、。租税論が生まれ、ペティは生産を貨幣の獲得として捉え、貨幣を富と捉えた。

    国家はいかなる生活もしていない以上、国家が必要としているのは使用価値や労働生産物としての富ではなく、現実性、具体性が失われた富の形としての貨幣でしかない。国民の経済と国家の経済は根元的に分裂している。

    資本性商品経済にとっては、資本の自己運動が剰余価値を生み出す。この運動を実践する過程で労働生産物が副次的に必要になるだけ。主役は資本の運動にあり、労働生産物はその為の手段。この時、資本は形を変えた貨幣。

    ケネーにとって、労働生産物は貨幣量でその価値が表現された時から使用価値が見えなくなるが、使用価値が主役で貨幣価値はその脇役であり、貨幣は使用価値の生産を円滑に進める為の単なる交換財以上のものになってはならないと考えた。

    国民の富は労働生産物の増加によって捉えられるが、国家の富はその労働生産物を貨幣量に置き換える事によって計算されている。国家を念頭においた時、使用価値の経済は破綻する。

    戦争状態は敵意と破壊の状態。他の者を自己の絶対権力の下に置こうと試みる者はこれによって自分自身をその者との戦争状態に置く。

    腐らないうちに利用して、生活の役に立て得るだけのものについては誰でも自分の労働によってそれに所有権を確立する事ができるが、これを越えるものは自分の分け前以上であって、それは他人のものである。-ロック

    使用価値を軸にして展開する経済と、貨幣を軸にして展開する経済は質が異なる。

    国家は食卓や家具等、いかなる使用価値も必要としない。何にでも使える財だけであり貨幣でしかない。

    使用価値の増加によって豊かな暮らしを実現しようとする人民と国家の豊かさは一致しない。

    市場経済の拡大は貨幣に表現された価値を増加させていくが、それは暮らしの経済を豊かにしていく事と一致していない。使用価値は一つ一つの物事に個別的であるのに対し、貨幣上の価値はその個別性を取り払ったところに成立する。従い、価格の高さと使用価値の大きさは比例していない。

    使用価値とは有用性の事。

    市場経済を支配するのは交換価値の経済であって使用価値ではない。

    使用価値と交換価値は次元の違う価値であり、両者は一致しないにも関わらず、労働力の交換価値が生活必需品を購入させる過程を通して労働が使用価値を作り、その使用価値が生活を支えるという過程が成立するという、交換価値の循環が使用価値の循環をも間接的に成立させる擬似的世界がつくられている。

    豊かな使用価値を得る為に必要な循環
    1.自然の循環。自然が損なわれる事なくその循環を維持する時、人々は自然の中から様々な使用価値を得る事ができる
    2.生活次元での労働と暮らしの循環が上手く成立している事
    3.地域社会の交換や協力、労働を通した循環
    4.作り出された労働生産物が消費者の手に渡り、そこでの消費を通して再び新しい労働生産物が作られるという労働生産物の循環。

    交換価値化されるものは、上記4番のみにすぎない。もしくは4番の過程が貨幣を買い、貨幣を売る過程に変わる事により、労働生産物の循環が貨幣の循環に変わった時。

    銀行業の最も賢明な操作がその国の産業を増進させうるのは、その国の資本を増加させる事ではなく、資本の大部分をもっと活動的で生産的なものにする事による。

    経済の発達は全ての人々の幸福を約束していない。経済の論理と労働の論理、あるいは、資本家の論理と労働者の論理は時に対立する。

    人々の暮らしの豊かさの問題を経済学は考察しない。
    使用価値とは、労働生産物が持っている固有の価値ではなく、それを使用する事によって生まれる関係的価値。商品価値も商品経済の中に成立する関係的価値であり、この二つの価値を成立させる関係の世界が異なる以上、それらが一致する事はあり得ない。

    経済学は価値と価格は一致するものとみなすという諒解を必要とする。

    資本性商品経済が成立する為の複数の擬制。
    1.商品の購入と使用価値の入手が一致する
    2.価値と価格は一致する
    3.交換価値が貨幣をもって表現される時、交換価値と貨幣量としての価格は一致する。結果、生産に必要とした労働時間量である価値と交換によって獲得する他人の労働時間の獲得量である交換価値は同じものとして捉えられる。

    人間を包み込んでいる交通と個的存在であり、同時に類的存在である人間との間が矛盾する事なく統一される事が人間にとって理想。

    自分自身の本性になんら強制する必要もなく、自分の本性に従って生き、活動し、自分の本質をのびのびと働かせる事ができる存在が自由。

    国家は常にただ個人を制限し、抑制し、従属せしめ、何らかの一般車に服従せしめるという目的を持つ。

    国家の目的は個人の自由の活動を招来する事ではなく、国家目的に束縛された活動を実現する事。

    個人が国民に服従しなければならない。あるいは個人である事を制限、抑制し、自己を国民という「一般者」にしなければならない。それ故に国家にはただ作られた人間のみが棲息する。

    能力に応じて働き、必要に応じて受け取る。

    18世紀以前の農村共同体では、労働とは有用性を作り出す事であり、交換はたとえ貨幣が媒介するものであったとしても、有用性の交換という性格を色濃く残していた。

    近代的な国民国家の形成期にあっては、国富は貨幣の量で捉えざるを得ず、また貨幣経済を前提にするからこそ、拡大再生産の経済を構想する事ができた。

  • 三度目の読了。

    まずは一言。
    本当らしいものを巡る旅が、結果的に虚構によって成立しているという現実を映し出した。
    虚構もまた重要な要素であると捉えつつ、本当らしい関係を回復する事を目指すという事ととして自分は考えたい。

  • 使用価値、交換価値、貨幣価値、労働時間、

    関係が秩序を求めて貨幣を実体化してきた
    秩序をもつ価値を縮小し、新たな関係によって使用価値を実体化することが必要である。

    何が秩序をもとめたんだっけ…
    また今度読みなおそう…

  • 「自然と労働」に続き、手に取ってみた本書。
    貨幣とあるので期待を持って読んでみるも、重商主義~ケインズまでと
    若干物足りなさを感じるところしか扱いがなかったのが残念。
    金本位制度を放棄してからの通貨は、ますます変化し続けているわけで
    そのあたりまで踏み込んで書いてほしかった。

  • 知的好奇心を満足させてくれました!

  • 読んだ。

  • 「貨幣」とは何か?

    こんな素朴でかつ難解な問いに対して、世界中の賢者たちがどのような解を出したのか。

    そんな壮大なストーリーがわかりやすく、コンパクトに著されている。

    結論から言えば、世界中のいかなる賢者もこの問いに完璧な解を見つけることはできなかった。

    われわれが普段何気なく使っている貨幣。

    しかし、それは誰も解き明かせない不思議な存在である。


    知的好奇心を掻き立てられる書。

    K.NAGAO

  • 「BOOK」データベースより<br>
    本書はペティからケインズにいたるまでの経済学者の苦悩のあとを辿りつつ、貨幣の背後にある資本主義社会の架空性=虚妄性をえぐり出す。著者のこれまでの、今の人間の生き方の空しさを告発する一連の仕事に貴重な一環をつけ加えた労作である。現代を理解する鍵となる好著である。<br>
    <br>
    「MARC」データベースより<br>
    ケネー、アダム・スミス、リカードゥ、マルクス、ケインズ…。歴史に名を残す経済思想家たちは皆、貨幣の問題にとりつかれ、苦悩した。貨幣がますます力をつけていく現代、彼らの貨幣論を読み直していく。

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著者プロフィール

内山 節:1950年、東京生まれ。哲学者。1970年代から東京と群馬県上野村を往復して暮らす。NPO法人・森づくりフォーラム代表理事。『かがり火』編集長。東北農家の会、九州農家の会などで講師を務める。立教大学大学院教授、東京大学講師などを歴任。

「2021年 『BIOCITY ビオシティ 88号 ガイアの危機と生命圏(BIO)デザイン』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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