ヒトラーの震え毛沢東の摺り足: 神経内科からみた20世紀 (中公新書 1478)
- 中央公論新社 (1999年5月1日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
- / ISBN・EAN: 9784121014788
作品紹介・あらすじ
20世紀は戦争の世紀であり、一国の命運はしばしば独裁者の手に委ねられた。だが独裁者の多くが晩年「神経の病」に冒されて指導力を発揮できず、国民を絶望的状況へ導いたことはあまり知られていない。彼らを襲った疾患とはいかなるものだったのか。政治的指導者から作曲家、大リーガーまで、多彩な著名人を取り上げ、貴重な映像と信頼に足る文献をもとにその病状を診断する。神経内科の専門医がエピソード豊かに綴る20世紀史話。
感想・レビュー・書評
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歴史上の人物たちを神経内科学的視点から観察した本。20世紀は映像の世紀とはよく言われるし、戦争の様子など映像で残っているものを高校時代に世界史の授業で見せられたことはあったけれど、指導者たちの様子(それこそタイトルのヒトラーの震えや毛沢東の摺り足のような動き)が映像で残されていることは、このような医学的見地を私たちに知らせてくれることでもあるのかとはっとした。
独裁者が歴史の分岐点で道を選ぶ上で、当時の彼が侵されていた病の影響があったかもしれないことなど、これまで考えたこともなかったので本当に興味深かった。 -
映像や文献を元に、20世紀の政治指導者や著名人の病状を神経内科
医が診断する。
「しかし、ヒトラーの主治医として、かつ超ヤブ医者として歴史に名を
とどめているモレルが、(後略)」
こんなことで名をとどめたくないよな。
さて、パーキンソン病に侵され、手は震え、よだれは垂れ流し、表情は
乏しく、服は食べこぼしだけらけのヒトラー。演説するモノクロ映像から、
そんなヒトラーの姿は及びもつかない。
脳内出血に見舞われたスターリンは、床に倒れて身動き出来ずにいたが
起こすことを恐れた女中がそのまま放置したことで治療の機会を失われる。
それぞれ興味深い診断を下しているが、個人的には作曲家・ラヴェルの
章が心に残った。
「『ジャンヌ・ダルク』が書けない。このオペラは今ここにある。ぼくの
頭の中にある。曲が聞こえる。でも、書けない。終わってしまった。もう、
曲を書くことはできない」
字が書けなくなり、言葉も思うように話せなくなった作曲家の頭の中には、
まだまだ多くの作品があったのだろう。それを、譜面に出来ない悔しさ・
絶望はいかばかりか。想像も出来ぬ。なんだか切ない想いに駆られた。 -
タイトルが示す通り、ヒトラーや毛沢東をはじめ歴史に名を残した人々の精神的な病気について紹介していく。筆者は精神科医で、たまたまテレビで観たヒトラーの震える手を見て本書の着想を得たそうだ。ヒトラーは言わずと知れた第二次大戦時のドイツを率いた独裁者であるが、若かりし頃は軍隊に所属し、その後強力な演説力と人材登用の妙により、ナチスドイツのトップとして世界を戦乱の渦に巻き込んだ張本人である。そんなヒトラーも戦争末期にはパーキンソン病の症状である手の震えや表情が失われる状態となる。最後は敗北間近のドイツにあり自宅で婦人と共に自殺した。
中国共産党を率いて抗日に身を投じ、蒋介石率いる国民党を台湾へ押しやった毛沢東も、同じく病気に悩んだ。こちらはALS(筋萎縮性側索硬化症)という現代においても明確な治療法が確立していない進行性の難病だ。歩き方が摺り足になっていた事から、本書のタイトルにもなっている。その他、ソ連のレーニンやアメリカのレーガン、ルーズベルトなど世界の歴史の転換点を作ってきた指導者の多くが、精神的な病気を患っている。
本書の導入部はそうした脳に関わる病気の仕組みを解説したり、原因や症状についての説明がなされているため、その後に続く著名人の病状が理解しやすくなっている。
例に上がった人物は日本の田中角栄含め、錚々たるメンバーが名を連ねる。中にはアメリカの偉大な野球選手(ベーブルースと3、4番を打ったルー・ゲーリッグ)やフランスの音楽家(ボレロで有名なモーリス・ラヴェル)などもALSやアルツハイマーに罹患するなど、政治、軍事、スポーツ界、音楽界、あらゆるジャンルで活躍した人達が、最後は病気によりその生命を絶たれている。
大きなプレッシャーや緊張感などが病気を引き起こしたり、悪化させる要因の一つになっている様だ。私も重要な会議に出て喋る前などは、(事前準備の充足度にもよるが)頭痛や吐き気をもよおすことがある。頭蓋骨が軋むほど、こめかみを強くペン先で押すこともあり、たまに出血することもある。脳内ではきっと細胞が幾つか潰れてそうだ。怒りや緊張は脳内の血管に大量の血液を流し、圧力も高まる。頭痛になると(年間300日は頭痛)それに輪をかけて血管が破裂しそうなくらい頭に強く力を入れる事もある。力を抜くと一気に血が抜けて、スーっと頭痛が一瞬楽になるからだ。本書を読んだ後は、その様な一瞬の快楽を得るためだけに脳を危険に晒す行為は止めようと思った。
普段なら難しい、脳に関わる病気について著名人の病状などを用いて解りやすく解説しているので、頭に不安を抱える方にも勧めたい一冊だ。
本書後書きにも記載されている様に、本来医師は人の命を救うのが仕事であり、逆の命を断つ方法も熟知している。ナチスドイツの下で山の様な人数の脳を取り出して研究した医師もおり、確かにその研究成果が病気の改善や治療に役だったとしても、人としての倫理観を失ってはいけないと強く感じた。 -
20世紀は映像の世紀。各国の独裁者たちの映像から窺える神経内科的症状を分析した1冊。ヒトラー、毛沢東、レーニン、スターリンからF・ルーズベルト、田中角栄など。
本書で特筆しておきたいのは、治療法の進歩に対する道徳的視点も忘れてはいないところ。
歴史の分野を医学の専門的な視点から見ることで実に面白い一冊になった。
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新書文庫
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神経内科の医師がヒトラー、レーニン、スターリン、毛沢東、ウィルソン、F.D.ルーズヴェルトといった20世紀のリーダーたちの神経疾患について診断をし、彼らの疾患が歴史にいかなる影響をもたらしたかを考察した本書は、門外漢の自分にも興味深く読むことができた。20世紀は映像の世紀でもあるわけで、残された各種「動画」や主治医のカルテなどからこうした歴史上の人物の病気についても考察が可能となっている。
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平成23年8月29日読了。