欧州複合危機 - 苦悶するEU、揺れる世界 (中公新書 2405)

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  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (294ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121024053

感想・レビュー・書評

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  • 第一次世界大戦前のバルカン半島が「ヨーロッパの火薬庫」であったように、今ではウクライナが現代版「火薬庫」になっていますね。
    この本を読んで、今現在、進行しているウクライナ情勢の背景を垣間見ることができました。
    しかし、ロシアの思惑ばかりが進行しているとは一概に言えず、EUをはじめとする国々の利害が錯綜していると思われました。
    それはともかく、早く戦闘が終わることを願っています。

  • 日本を代表するヨーロッパ統合研究者によるEU論。

    「複合危機」における「複合」とは、「複数性」(複数の危機が同時多発的に発生していること)、「連動性」(これらの危機が互いに連動し、相乗効果をもたらしていること)、「多層性」(危機が国際、EU、加盟国、地域・地方といった多次元で起きていること)を指す。

    2016年出版ということで、「複合危機」を具体的に扱った第Ⅰ部は、今日においてはやや古さは否めない。しかしながら、今世紀の危機を政治学的に分析した第Ⅱ部は、大変読み応えがあった。

    とりわけ、機能的にはさらなる統合の深化が必要であるにも関わらず、民主的な正統性を得られないために統合が滞り、さらなる悪循環を招くといった指摘は、非常に興味深かった。

  • ユーロ危機、欧州難民危機、ウクライナ危機やパリ同時テロ事件といった安全保障上の危機、イギリスの国民投票によるEU離脱決定という、2010年代のEUを襲った複数性、連動制、多層性を持った危機を「欧州複合危機」と捉え、EUが大きな分岐点にあることを指摘した上で、それぞれの個別の危機を振り返るとともに、欧州複合危機の背景や構造を歴史的、政治学的に分析し、今後の展望を示している。
    本書では、歴史的には、EUは、ドイツ問題と東西冷戦の解決の手段として形成されてきたが、現在のEUは「問題解決としてのEU」から「問題としてのEU」になってしまっていることが指摘される。そして、それを読み解くキーワードとして「アイデンティティと連帯」、「デモクラシーと機能的統合」、「自由と寛容」、「国民国家の断片化/再強化」が挙げられている。特に、複合危機に対処するためには、機能的にEUを強化する必要があるが、それを支えるEUの民主的正統性が稀薄であるために、機能強化が進まないという悪循環に陥っていることが強調されている。一方、危機に見舞われても生き残るEUのしぶとさについても、EUの権力性の点などから言及されている。そして、EUのインナーを中心とする同心円的な再編を展望するとともに、欧州複合危機が現代の先進民主国に通底するものであることを、〈グローバル化=国家主権=民主主義〉のトリレンマという観点から明らかにしている。
    本書は、必ずしも読みやすいものではないが、複合的な危機に見舞われている現在のEUを理解するために有益な、骨太の内容だと感じた。

  •  学者先生の本というのは、どうにもお堅いものが多い印象で、この本もお堅いなあと感じました。
     ただ、文章こそお堅いものの、難解な表現はそれほどなく、EUのことなど全然よくわかっていなかった自分にも、EU事情をだいぶ整理することができました。

     この本で特に注意すべきは、大要次のとおりだと思います。
     いま世間の人々をエリートと大衆という形で大雑把に二分した場合、大衆のエリート不信が高まっている、ということです。
     我が国でも左派とかリベラルとか言われる人たちが選挙の得票はからっきしで、アメリカであればポピュリズムと言われながらもトランプ大統領が誕生したわけですが、これは断じて軽視すべからざることです。
     どうも我が国のマスメディアも、アメリカ国民の選択を訝しんでいるわけですが、民主主義の先輩をそう侮らないほうがいいでしょう。
     彼らに選挙で勝てる人々がいないという事実、国民から選ばれるリベラルではない、という事実は、民主主義の世の中にあって、致命的な問題です。
     民主主義における正統性の所在について、もっと真摯に向き合わない限り、EUと同様の危機に瀕するのではないか。
     理念が崩壊するというのは、理念の体系が崩壊することではなくて、理念の聴き手・担い手がいなくなることだと、私は感じるわけです。

  • 現在進行しつつある欧州複合危機を簡潔にまとめている良書。内容としては
    ① EU通貨危機(及び金融危機)
    ② 難民の大量流入
    ③ 民主主義の赤字(ガバナンスの危機)
    ④ EUの正当性の危機

    この4つの危機が同時に進行しているというもの。

  • 第6章
    「グローバル化のもとで、自らの生が他の誰かと交換可能な、ありきたりのものではないかという不安にさいなまれる現代人は、その意味づけに苦悩した挙句、原初的なアイデンティティの投射先を探しに行く。ネーション(国家、国民)はその格好の対象なのである。」p.190

    「具体的には、一国における豊かな地方が、ますますグローバル化する資本市場へのアクセスに目を向ける。それにしたがって、自らに高い信用力が、同じ国の貧しい地方によって足を引っ張られるのに耐えられなくなる。」p.217

    第7章
    「しかし、日本でもなかなか語られない第三の側面こそ、EUを存続させている最大の要因かもしれない。それはPower(権力)である。つまりEUは、加盟国が単独では確保しきれない影響力を共同で保全する権力装置なのだ。これはあるから、加盟国はEUを手放せない。このような権力的観点から見たとき、大陸規模の『地域』というのは、仲間作りを近隣地域において展開し、貿易、通貨、環境など多くの交渉分野で影響力を保全し、世界的に投射する有力なメカニズムということができよう。EUは、このメカニズムの実践においていまだに最も優れている事例なのである。」p.227

    第8章
    「ダニ・ロドリックは主著『グローバリゼーション・パラドックス』で〈グローバル化=国家主権=民主主義〉はトリレンマ状態にあり、同時に三つは並びえないと論じた。(中略)規制緩和と自由化を軸とする単純なグローバル化主義者は、統治能力=国家主権と結び、この民主主義的側面、ならびにそれを行使する中間層以下の人びとを、えてして『非合理』と軽視してきた。EUもまた、複数の統治能力=国家主権を束ねるところまではよかったが、民衆と民主主義を軽んじた。今起きているのは、やせ細る中間層以下からのしっぺ返しである。」p.254-256

    「トリレンマの解消に魔法の杖はない。現在必要とされることを端的に言えば、グローバル化により置き去りにされた先進国の中流以下の階層に対して実質的な価値を付与し、支援インフラを構築する国内的改良と、放縦のままであるグローバル化をマネージする国際的組織化とを組み合わせることだろう」p.260

    終章
    「日本でもTPPをめぐって国論が二分したのは記憶にあたらしい。それは、二〇一六年参議院総選挙の際、東北や北海道といった農業地域で政権与党が劣勢だったことからすると、おそらくまだ尾を引いているといえよう。(中略)それでも決して止まぬグローバル化と、実質所得の伸び悩みを経由して有権者にマグマがたまりゆく現象とは、並行して進んでいる可能性が高い。」p.267

    あとがき
    「それは政治学というディシプリンで補って把握し、意味づけるように心がけた。この学問体系は、人間観に根ざし、秩序や自由、正義のあり方を問うものと教えられた。」p.274

    第4章までで「欧州複合危機」の具体的事例について記述し、第5章で「危機」、第6章で「欧州(EU)」の変容についてそれぞれ記述している。その後、分析と考察に入るという流れである。序盤の章で事実関係が整理できるため、その後の考察が頭に入ってきやすい。面白かったです。

著者プロフィール

北海道大学大学院法学研究科教授
主著に,The Presidency of the European Commission under Jacques Delors (単著,Macmillan,1999年),『ヨーロッパ統合史』『原典ヨーロッパ統合史』(編著,名古屋大学出版会,2008年),『グローバル・ガバナンスの歴史と思想』(編著,有斐閣, 2010年),『グローバル・ガバナンスの最前線―現在と過去のあいだ』(編著,東信堂,2008年)など。


「2011年 『複数のヨーロッパ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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