- Amazon.co.jp ・本 (296ページ)
- / ISBN・EAN: 9784122067332
作品紹介・あらすじ
「お前はそれほどにわたしが恋しいか。人間を捨てゝもわたしと一緒に棲みたいか」
「おゝ、一緒に棲むところあれば、魔道へでも地獄へも屹とゆく」
岡本綺堂の稀少な長編小説で、「婦人公論」に連載された。世紀末のファムファタールを思わせる金毛九尾の妖狐と若き陰陽師との悲恋は、人形劇やコミックの原作になるなど人気が高い。
「殺生石伝説」を下敷きに、時代は平安朝。妖狐に憑かれ国を惑わす美女になった娘と、幼なじみの若き陰陽師、権力に憑かれた殿上人や怪僧らが活躍する。付録として同じく妖狐が登場する短篇「狐武者」を収載。
感想・レビュー・書評
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『怪獣』で岡本綺堂読物集は最終巻というのでしょんぼりしていたら、なんと今度は長編が同じく中公文庫から!しかも同じく山本タカト表紙絵で!そういうことならそうと言ってよ中公文庫さんたら~(笑顔)というわけで『玉藻の前』、大正6年に連載された、妖狐(九尾の狐)と「殺生石」にまつわる伝説をふまえた伝奇ロマンとなっております。
舞台は平安時代末期の京都。狐を射損ねたせいで左遷された病身の父と山科で暮らす14才の美少女・藻(みくず)は、父の病気快癒祈願のため毎晩清水の観音様にお詣りにいく。そんな彼女に付き添ってくれるのは近所に住む美少年で、両親を亡くし叔父夫婦に引き取られた15才の千枝松(ちえまつ、愛称ちえま)。仲睦まじい二人だったが、ある晩たまたま一人で出かけた藻の行方が知れなくなり、千枝松がようやく見つけたとき彼女は妖しい噂のある森の中で髑髏を枕に眠っていた。その日から藻は別人のようになり・・・。
ベースの部分は有名な伝説そのまま。『封神演義』に登場する美女・妲己にも憑りついていた九尾の狐が、天竺の華陽夫人に転生、さらにその後日本へやってきて玉藻の前に乗り移り、鳥羽上皇(綺堂はこの鳥羽上皇を時の関白・藤原忠通に変えている)に取り入り悪さをするが、退治されて石化する。しかしその石に近づくと動物も人間も死んでしまうことから「殺生石」と呼ばれた。
さて九尾の狐に憑りつかれてしまった藻は、関白・藤原忠通の寵愛を恣にして、忠通の弟である左大臣・頼長や信西入道らと対立させるよう仕向ける。さらにその妖艶な魅力で法性寺の高名な阿闍梨まで虜にして狂わせ、言い寄る男どもを手玉に取って互いに殺し合わせるなど悪女ぶりを発揮。
一方、千枝松はかの有名な陰陽師・安倍晴明の子孫である安倍泰親に弟子入りし、千枝太郎泰清という名前をもらって可愛がられていたが、玉藻の前となった藻と再会、彼女が妖かしであることを見破った師匠と、藻への変わらぬ恋心の板挟みに苦しむ。妖女・玉藻の前も、幼馴染で初恋の千枝松に対してだけは、まだ藻だった頃の恋心が残っているようで、懸命に彼を誘惑しようとしたり、衣笠という女性に嫉妬したりする。ついに玉藻の正体に気づいた安倍泰親により玉藻は退治され・・・。
千枝松と藻のラブストーリーの側面で見ると、かなり可哀想。しかしここまでいくといっそ痛快な玉藻の悪女っぷりに比べて、千枝松のほうは若干優柔不断だったりするので(別の女に目移りしたりするし)ちょっとイラっとする。千枝松の叔父の「烏帽子折」という職業が初耳で面白かった。おしゃれな形に烏帽子を折ってあげるお仕事なんですよ。烏帽子の折り方にそんなバリエーションがあったなんて!
狐つながりで短編「狐武者」も収録(別の短編集で既読)詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
表題作は、岡本綺堂、大正6年発表の長編伝奇小説。中公文庫版はこれに加え、付録として短編「狐武者」を収録。
玉藻前(たまものまえ)伝説というものがある。
玉藻は鳥羽上皇の寵姫であったとされる。妖艶な美しさに加え、和歌などの才にも長け、女官から徐々に出世していく。だがそれにつれて上皇は病に伏せるようになり、医師らも治すことはできなかった。原因を突き止めたのが陰陽師の安倍泰親(安倍清明の数代後の子孫)である。上皇の不調は玉藻の前の仕業であり、さらにはその正体は、金の毛、九つの尾を持つ妖怪狐であると見抜く。泰親の祈祷により、狐は姿を現して那須へと逃げる。討伐隊が差し向けられ、狐はついにうち滅ぼされる。だがその恨みは深く、毒を放つ石、殺生石に姿を変え、なおも人々を苦しめた。百余年の後に高僧の一喝が石を砕くまで、狐の祟りは続いたという。なお、この妖狐は古く、天竺や唐でも妖術を使っていたという伝説もある。
一説には、玉藻のモデルは、摂関家の後ろ盾がないにもかかわらず権勢を誇り、のちの保元の乱・平治の乱の陰でも暗躍したとされる、美福門院(藤原得子)とも言われる。
綺堂の本作は、この伝説をベースとしながら、玉藻の前の幼き日の淡い恋も交えている。また、玉藻が取り入るのは、上皇ではなく、時の関白、藤原忠通である点も元の伝説とは少々異なる。
山科で、病の父を抱えて貧しい生活を送る娘、藻(みくず)。父は元々、北面の武士であったが、勅勘をこうむり、役を解かれていた。貧しい中でも、藻は姿美しく、心根も優しい少女に育っていた。
烏帽子折の家に生まれた少年、千枝松は、藻より1つ年上だった。2人はいつも仲良く遊び、ほかの子供らにからかわれるほどだった。
藻は父の病が癒えるよう、観音詣りをしていたが、あるときその途上で行方知れずとなる。千枝松が必死に探すと、古い塚の下に、1つの髑髏を枕に眠る藻の姿があった。ともに探してくれた老人は「野良狐の悪戯」でかどわかされたと言った。その夜、千枝松は不思議な夢を見る。天竺と唐で、妖しの美女が残虐非道な行いにふけるのだが、その顔は藻にそっくりなのだった。
やがて藻は都に出て、歌の会で出された「独寝の別れ」の題で、秀でた歌を詠んだことをきっかけに、関白に取り立てられるようになっていく。
一方の千枝松は、陰陽師の安倍泰親と出会い、その弟子になる。
時を経て、2人は再会するのだが、さて、幼い恋の顛末やいかに。
旧仮名遣いや見慣れぬ漢語も混じるが、全般に振り仮名も丁寧で、さほど引っかからずすらすらと読める。
妖怪譚であるが、じめつき過ぎぬ、品のよい怖さである。
九尾の狐が取り憑いた藻だが、綺堂は明らかに狐の姿としては描かない。妖狐伝説によっては、狐が成り代わる相手の血を吸い尽くしてその体内に入るといった生々しい描写のものもあるのだが、綺堂はさらりと髑髏と眠っている姿でそれを暗示する。体が光る、水草を頭にかぶるなど、狐と関連付けられる事柄はあれど、玉藻がはっきり狐の姿に変化するわけではない。だが阿闍梨が誑かされて狂ってしまったり、女童や宿直の侍が食い殺されたりといったことが起こるあたり、やはり只者ではないのである。
長じて千枝太郎と呼ばれるようになった千枝松と、藻の玉藻は再会する。
片や、妖しを調伏する陰陽師の弟子。片や、国を傾ける妖狐。
そんな中でも千枝松に会いたがる玉藻だが、それは陰陽師の術をかいくぐるための手練手管でしかなかったのか、それともそこにはいくばくか、筒井筒の純粋な恋への懐かしさがあったのか。
であるならば、玉藻の現身の中には、狐の霊とせめぎ合う、元の藻の魂もいくらかは残っていたのか。それとも藻は生まれつき狐つきであり、狐の心で千枝松と純真な恋を育んでいたのか。
千枝松の心は、師匠と昔の恋人の間で揺れ動く。あれは妖しのものだと言われればそうかなと思い、玉藻に昔のよしみでゆっくり会いたいと言われればふらりとする。おいおい、あんたも大概はっきりせぇよ、と途中はイライラもするのだが、書かれた大正初期が、師と愛しい人の間で引き裂かれた『婦系図』(泉鏡花)の時代からはさして遠くなかったことを思えば、無理もないのかもしれない。
終盤で、殺生石の地を訪れる千枝太郎の姿はしみじみと悲しい。
併録の「狐武者」は狐と関わりがある侍の話。こちらの狐は祟らず、陰に日に侍を助けてくれる。
綺堂は狐に関心が深かったようである。
文中の挿絵は、初版刊行時の井川洗厓のもの。表紙絵と口絵は山本タカトの描き下ろし。
末尾の解題も読みごたえがあり、おもしろい。
*ふと思ったのですが、そういえばそもそも、安倍晴明の母が狐という伝説もありましたよね。葛葉、信田の狐。えーと、そうすると、この話は、葛葉の子孫が金毛九尾の狐に勝った、という話なのでしょうか(^^;)。結局、勝ったのはどっちみち狐なのかよ!?的な(いや、多分違うw)
*この手の話は狐が似合いますね。同じ化けるのでも狸だとなかなか妖艶なイメージにはなりません。 -
渇仰随喜(かつごうずいき)
魂を蕩かす(とろかす)
顔容(がんよう)
容貌(きりょう)
屹(きつ)と引き受けて
豊かな頬の肉を舐(ねぶ)った
洛中洛外(らくちゅうらくがい)
妖麗(ようれい) -
「殺生石伝説」を下敷きにした長編伝奇小説。平安朝、金毛九尾の妖狐に憑かれた美少女と、幼なじみの陰陽師の悲恋。短篇「狐武者」を収載。〈解題〉千葉俊二