富士日記(中)-新版 (中公文庫 た 15-11)

著者 :
  • 中央公論新社
4.35
  • (14)
  • (14)
  • (3)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 256
感想 : 15
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (465ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122067462

作品紹介・あらすじ

愛犬の死、湖上花火、大岡昇平夫妻との交流……。執筆、選考会、講演など、夫・泰淳の多忙な仕事の合間を縫うようにして過ごす富士山荘での日々を綴る。昭和四十一年十月から四十四年六月の日記を収録する。田村俊子賞受賞作。          〔全三巻〕

巻末エッセイ しまおまほ

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 中巻は昭和41年10月から44年6月まで。

    百合子さんの擬音の表現が好きです。
    「きらきら」ではなく「きらきらきらきら」と2回繰り返すのは、癖なのかしら。
    それがなんだか少女のようで、ときめいてしまいます。
    うさぎが葉っぱを咀嚼する音を「じぶじぶじぶじぶ」と表現するところとか、とても好き。

    また、夫・泰淳との関係もすてきだと思います。
    トンネル内のオレンジ色の灯を浴びると、夫は外国にいる感じがすると言い、妻はお風呂に入っている感じがすると言う。
    そんな何気ない夫婦の会話が綴られた日記に愛おしさを感じます。

    この巻では、愛犬・ポコの死が綴られていますが、そのほかにも野生動物たちの死へのまなざしも印象的でした。

  • 何なのこの面白さは?!
    上巻があまりに面白かったので、トーンダウンするかな…とも思っていたのだけど、とんでもない。
    ページの中に引きずり込まれて、読後も私の一部は戻れずに夏の山をさまよっているような気がする。

  • 夫の泰淳がはずれた車のタイヤのホイールカバーを探しにトンネルに入っていく場面(上巻)と、犬のポコが亡くなる場面(中巻)の百合子さんの感情表現の豊かさに胸を打たれ、毎回読みながら泣きそうになる。
    富士山荘の静かな生活の中でも、百合子さんのパッションが感じられ、そこにとても文学性を感じます。

  • やっぱり百合子さんと泰淳の距離感が好き
    半年くらい前から(途中間も空けつつ)就寝前にちみちみ読んでいた
    「老害にブチギレる百合子」「プリンスメロンの件」「泣き虫でずるいんだ」「女の赤い帽子が飛ばされる、いい気味」「追突事故の後遺症がとても心配」「中華料理が多い」「北海道のリスのお土産」と覚え書きにある
    思い出して笑っている
    何回でも読み返したくなるエッセイ

  • 上巻で健康に不安を感じた飼犬の記述がつらかった。でも娘さんがクールで、寂しいものの、その凛々しさに救われた気がした。聡明な娘さんである。

    この犬が、百合子さんがギターを弾く時に近くに来て大人しくなる様子がかわいらしい。

    「この小母さん、へんな音さてだしたら、しばらく動かないからな。その間は叱られないし、命令もされないから、ほんとに安心」

    文芸誌『海』の編集者村松さん来訪という記述があるが、これは若き日の村松友視に間違いない。

    下巻は古本で見つけるまでお預けだ(意外と、なかなか見つからない)。『犬が星見た』を読んでしのごう。

  • ゆっくりゆっくり読んでいる。
    巻末のエッセイにあるように、昔の人ではあるけれども、もういない人たちだけれども、生き生きとした声が感じられる。
    ずっと昔の人のように書いてしまったけれど、この時代を私も子供の頃に生きていて、その空気感は、何となくわかる気がする。

  • ポコが亡くなる。
    デデがかわいい。
    リスがエサを求めてやってくるのが好き。
    しまおまほさんの巻末エッセイのBに癒される。

  • 上巻を読んだのが2020年1月なので約2年ぶり。年末年始に山梨に持っていったものの読み終わるのに1ヵ月以上かかってしまった。
    日記なのでたらたら読んでもいいのですが、図書館の返却期限も過ぎてしまったので後半はほぼ一気読みでもったいない感じ。

    『富士日記』のおもしろさはなんだろう。あとから推敲してあるだろうとは思うのだが、基本的には人様の日記。日々の買い出しの記録と、食事の記録(これが地味ながらおいしそう)、別荘の暮らしなので「ていねいな暮らし」というよりは散歩、家事のあいまに原稿を出しに行ったり、河口湖に遊びに行ったりするくらいで、静かな淡々した日常であるが、百合子さんの性格なのか、あまり淡々という感じでもない。

    夕陽に向って踊ってみたり、感動すると体操してみたりする百合子さんのユニークさ。観察眼や言葉の選び方の新鮮さ。

    上巻は別荘を建てたばかりで、新しい生活や近所の人との交流が中心だったけれど、中巻では週末ごとの行き来にも慣れ、季節の移ろいがそのまま記録されている感じ。でもこれが退屈しないんだよなあ。

    50年前の日記なので別荘のあたりもだいぶ変わっていると思うが(別荘自体はすでに取り壊されている)、一度ゆっくり巡ってみたい。


    以下、引用。

    大石から見る富士山は、裾を長々と曳いて、絵葉書と同じであった。

    今日のように陽がよくあたっていると、陽のあたっているところを往ったり来たりしているだけで、とてもうまいことをやっているような気分になる。

    河口湖畔の町の灯りは信号のように、めくばせのように、息をしているように、見える。月夜だから、雪が残っているのだけはよくわかる。去年の正月にもこれと、そっくり同じ景色を見た。そのときも、ここで私は見ていた。

    スバルライン入口の農園は、看板をペンキ屋に頼んで書き換えたらしい。いままでは、素人の字で、すさまじいような赤い字であったが、今度はペプシコーラの広告まで入れて、バランスのとれた、丁度いいような、驚かさないような字体で書いてある。

    無声映画を観ているように、窓の草原の雨をみながら、三人ともぼんやりとうずらそばを食べる。

    庭には夏草が茂り、野バラは散りかけている。あざみは咲きはじめらしく蕾が沢山ある。雨なのでバラの匂いはしない。月見草が丈高くなった。ギボシが蕾をのばしている。

    ここに暮らしていると、空や空間が広いからか、雨が一日中降ると、雨の中に浸されてしまっているような気分になる。水の中に沈んでゆくようだ。

    蜂蜜の蓋をとったら大喜びだ。最も即席で楽なんだな。嬉々としてとまっている蜂が気の毒で「それはもとはといえばお前が作ったものだよ」と教えたい。

    この蜂は昨日のと同じかしら。赤マジックで体に印をつけてみたら、ぶどうにとりついていたのも、ジャムのも、蜂蜜にくるのも、全部、この赤い印のついた一匹の蜂だった。怖るべき大食の蜂である。この私の研究発見の結果を、主人に発表したら「百合子にそっくりだな」と言った。

    K園
    Lホテル

    大岡夫人はサングラスをかけて藍色の和服で運転。大岡夫人の顔色が硝子の加減か蒼白く着物が青くて、その美しいこと優雅なこと。大輪の青い朝顔のようだ!! 
    感動したときには体操をして現わすことにしているから、車のうしろに向かって「万歳」を三唱した。

    静かで静かで仕方がない。本当に静かな日だ。柱やハリが乾いてきしむ音さえ、響いてドキッとする。

    高原を吹きわたっていく風は、波の音のように聞こえるが、硝子戸を閉めておけば陽は食堂にふりそそいで、温室の中にいるようだ。

    昨日、リスの椅子にのせておいた、いなりずし、のりまきの残りは、きれいになくなっている。和食も好きらしい。

    椅子にのせたハンバーグステーキのはしをくわえ、重いのでテラスで休んで、それから立去った。洋食も好きらしい。

    鳴沢のスタンドでも、おじいさんが店番していた。ガソリンスタンドは、ナラヤマのようなところなのだろう。

    一日静かであった。今日もゆっくりとした夕焼となる。庭の雪はその間、バラ色に染まる。お礼をこめて夕陽に向って、一と踊り踊ってみせてやる。

    庭中に月の光は一杯。おっとりと明るい。あの世があるとしたら、こんなところなのかもしれない。よく見ないで、一寸だけ見て、ナンマンダブツといって家の中へ入る。

  • 作家夫婦の過ごす富士山麓の別荘。何気ない平凡な日常が独特の感性で瑞々しいものになる。日記文学の不思議な魅力。

    作家武田泰淳の妻の百合子。富士山麓で夫と過ごした昭和39年7月から51年9月までの日記。中公文庫で全三巻。そのうち中巻は昭和41年10月から44年6月まで。

    赤坂の自宅と富士山麓の別荘との往復の暮らし。毎日の買い物と少しずつ変化する季節。ちょっとした自然の描写が面白い。ごくごくありふれた日常であるのにこれだけヴィヴィッドに描かれるのが不思議な魅力を創り出している。筆者独自の感性と世界観が産んだ奇跡なのだろう。

    中巻の大きな出来事は愛犬ポコ。あまりに唐突な出来事に驚き。筆者の喪失感までも本作では淡々と描かれている。感情を廃した記述により大きな感情の動きがこんなにも表現できるとは。

    別荘仲間で同じ作家の大岡昇平がしょっちゅう登場するのも平凡な日常に変化を添えている。気さくな友人の存在ってやはり人生に必要。

  • やはり、いい。この何でもなさと、ドキッとするような言葉。何でもなさに向けられた飾り気のない眼差し、すくい上げられた富士山麓の動物や植物や人々。読んでいる私が山の生活を分けて頂いているような気持ちにさえなる。

全15件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

武田百合子
一九二五(大正一四)年、神奈川県横浜市生まれ。旧制高女卒業。五一年、作家の武田泰淳と結婚。取材旅行の運転や口述筆記など、夫の仕事を助けた。七七年、夫の没後に発表した『富士日記』により、田村俊子賞を、七九年、『犬が星見た――ロシア旅行』で、読売文学賞を受賞。他の作品に、『ことばの食卓』『遊覧日記』『日日雑記』『あの頃――単行本未収録エッセイ集』がある。九三(平成五)年死去。

「2023年 『日日雑記 新装版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

武田百合子の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×