時がつくる建築: リノべーションの西洋建築史

著者 :
  • 東京大学出版会
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  • Amazon.co.jp ・本 (360ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784130611350

作品紹介・あらすじ

建築の長い歴史からみれば,既存建築の再利用(リノべーション)はきわめて重要な建築的創造行為であった.西洋建築史にみられる数々の既存建物の再利用の事例や言説を読み解きながら,スクラップ&ビルドの新築主義から脱却し,より豊かな建築とのつきあいかたを示す.

感想・レビュー・書評

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  • この本は、建築の時間論を考えることで、建築の定義や建築と社会の関わり方、建築の使われ方といったことにも新たな視点をもたらしてくれている。

    本書では、建てられた建築のその後を分析するにあたって、既存建築に対する態度を、「再開発」、「修復/保存」、「再利用」の3つに分け、これらがどのように取り組まれてきたかという観点から西洋建築史を読み直している。

    再開発とは、従来あった建築を破壊し、新しい建物を建てるという態度である。

    修復/保存とは、時間を経て老朽化、改築をされた建築を「オリジナル」の状態に修復し、その姿を保存するという態度である。

    そして再利用とは、既存建物を改修、用途変更しながら使い続けるという態度である。

    筆者によれば、再開発と修復/保存という考え方は、「建築は新築時に完成し、その姿に価値がある」という発想に立っているという点で共通項があるという。

    新築時の機能や美観がその建築の価値であるという考えに立脚すれば、それが経年により劣化した場合には、建て替えるという発想が生まれる。そして、新築時の様式、建築家の意匠などを維持・復元できる場合には、その姿に修復し保存するという発想が生まれる。

    いずれの発想も、建築の時間をある一定の時で止めるということが根底にある。

    一方、再利用は建築を完成した物とは捉えていない。むしろ、建築は変化し続けるものであり、社会、経済や技術の変化に応じて融通無碍にリ・モデルし、使い続ける物であるという姿勢である。

    本書では、これらの3つの態度が西洋建築史の中でどのように見られてきたかを振り返っている。

    まず印象的だったのは、実は再利用こそがもっとも古くから見られた建築に対する態度であり、再開発、修復/保存は、むしろ近代になってから登場してきた態度であるという点である。

    古代ギリシアや古代ローマの建築は、神殿がキリスト教の浸透によって教会へと再利用されたり、競技場が中世には城塞へと転用されたりと、時代の変化をまともに受けながらサバイバルしてきた。

    また、ルネサンス期にはミケランジェロ、ペルッツィといった建築家が古代ローマの大浴場などを壮麗な聖堂や邸宅へと改修し、フランス革命期には、かつての修道院や境界などが監獄、兵舎、工場といった「近代的」な用途へと転用された。

    このような再利用を当然の前提とする価値観が変化したのは、まず16世紀のルネサンス期であったという。

    ルネサンスの価値観は、古代ギリシア・ローマに見られるオーダーを持つ建築様式を「古典」と定義づけ、中世のゴシック建築が「野蛮」で「悪趣味」なものと見做した。その結果、多くの中世の建築が破壊の対象となった。

    こうして、建築を再開発するという価値観が誕生した。現代では機能的、経済的な理由で行われることが多いと思われる建築の再開発であるが、当初は様式の問題から行われるようになったということも興味深い。

    そして、「古典」が一つの様式として価値を持ったことを皮切りに、建築様式や建築家によるデザインが価値を持ち、これが現在の竣工時の姿に価値を置く発想の源流になっているということも、非常に興味深い指摘であると感じた。

    再開発に続いて生まれたのが修復/保存という態度である。再開発は建築に「完成系」という価値を見出したものの、それを実現する手段は破壊して建て替えるという比較的シンプルなものであったのに対して、修復/保存はより複雑な価値判断を求められる態度である。

    修復/保存が盛んになったのは19世紀からである。そして、この態度が生まれるきっかけとなったのも、様式の問題であった。

    建築の保存の運動は、フランスから始まったと言われている。フランス革命によって多くの建築物が破壊され、失われたことに対する反動として、19世紀のフランスにおいて歴史的記念物を保存する「文化財」制度が始まったとされている。

    しかし、文化財の保存については、その最初の頃から「どの状態に戻すのか」の判断という難しい問題を抱えていた。それまでの建築には完成という概念が薄かったため、機能的な要請などに合わせて増築や部分的な解体が当然のように行われており、むしろそれらが一体的に機能している状態であった。そして、この状態で「時間を巻き戻す」ことは、新たな破壊とも取られかねない行為につながる可能性がある。

    このように修復/保存に関する議論は難しさを抱えており、19世紀以降さまざまな考え方が提示されてきた。

    むしろ修復せず、時間の経過による廃墟の姿を保存することに価値を見いだすイギリスの文化財保護の議論や、建築を「死んだ記念建築物」と「生きた記念建築物」に分け、それぞれにおける対応方針を分けて考えるという20世紀初頭のマドリッド宣言など、本書でもそれらを幅広く紹介している。

    この議論は20世紀の後半にも続いたが、いずれの考え方も、建築には完成形がありその時間で時を止めることが建築の価値を維持することであるという発想が根底にあるという点では共通していた。

    しかし、建築を取り巻く社会環境が常に変化し、建築もまた時間の流れの中にある以上、この問題は、実際には答えのない問いになってしまっている。

    これに対して、20世紀後半には、徐々に時間を止めない建築のあり方を模索する動きが出てき始めた。

    現代建築の世界では、チームXやメタボリズムの動きが、時間とともに変化し続ける建築の姿を提起したし、歴史的建築に対しても、カルロ・スカルパなどを嚆矢とする再利用的建築に取り組む動きが注目されるようになった。建築の動態保存といった考え方も、建築の時間を止めないという意味ではこの流れに属するものであると言えるだろう。

    このように、建築の歴史を時間論という観点で振り返ってみると、あるものを使い再利用し続けるという動的な時間を持った建築の姿から、様式や完成系といった形である特定の時点に固定化する価値観へと移行してきた歴史が、また動的な時間の世界に帰ってきたという大きな循環を見ることができる。

    現代は、建築の価値について歴史上はじめて複数の視点から捉えることができる時代にあり、それゆえにこの議論は唯一の正解がある議論ではなくなってきている。一方で、さまざまな可能性を探究できる時代でもあるとも言える。

    世界中で都市や社会が抱える課題はさまざまであり、それらの課題の解決に対して建築の利活用がどのように貢献することができるのか、また建築がどのような形でその地域の文化を醸成していくことができるのかを考えるうえで、本書が指摘しているような歴史的なパースペクティブと多様な価値観を持っておくことはとても大切であると感じた。

    読み物としても、ヨーロッパを中心に非常に多くの事例が図面や写真と共に紹介されており、建築の誕生や転生のさまざまな姿を知ることができ、大変興味深かった。

  • 2017年。東大建築史研の筆者。
    更地から考える再開発や文化財的保存のほかに、転用という選択を積極的に考えてはどうかという、欧州の事例を引きながらの論考。見かけは厚くないが本文で300ページを超えるずっしりした内容。

    1章 建築時間論の試み
    2章 再利用的建築間ー社会変動と建築のサバイバル
    3章 再開発的建築観ー価値のヒエラルキーと建築の形式化
    4章 文化財的建築観ー文化財はなぜ時間を巻き戻したのか?
    5章 20世紀の建築時間論

  • 資料ID:21802895
    請求記号:523||K
    西洋建築が時代とともに積み重ねられてきた「歴史」そのものであることがよくわかる書。

  • 信仰 文明 人権

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著者プロフィール

東京大学大学院工学系研究科建築学専攻准教授/西洋建築史

「2015年 『談 no.104』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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