- Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
- / ISBN・EAN: 9784140817308
作品紹介・あらすじ
スポーツコラムニストとして活躍するミッチ・アルボムは、偶然テレビで大学時代の恩師の姿を見かける。モリー先生は、難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)に侵されていた。16年ぶりの再会。モリーは幸せそうだった。動かなくなった体で人とふれあうことを楽しんでいる。「憐れむより、君が抱えている問題を話してくれないか」モリーは、ミッチに毎週火曜日をくれた。死の床で行われる授業に教科書はない。テーマは「人生の意味」について。
感想・レビュー・書評
-
ALSとなった恩師モリー先生の自宅で毎週火曜日に「人生の意味」について行った授業。
「多くの人が無意味な人生を抱えて歩き回っている。自分では大事なことのように思ってあれこれ忙しげに立ち働いているけれども、実は半分ねているようなものだ。
まちがったものを追いかけているからそうなる。人生に意味を与える道は、人を愛すること、自分の周囲の社会のために尽くすこと、自分に目的と意味を与えてくれるものを創りだすこと」
258冊目読了。
詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
霊感的な事は全く信じないのだけど、例えばたまたま手にした本の内容や聴いた歌の歌詞などに、その時の自分に本当に必要な気付きや癒しを得たような、まるで何かの導きのようなものを感じる程の偶然が起きる事がある。
この本もそんな、いま僕が読むべき本となった。 -
生きるということは与えるということ。
モリー先生の言葉を通して、日々の生き方について見直そうと思った。私は人に与えることより、自分の得を優先してしまいがちである。損得勘定ばかり。
モリー先生は違う。自分が病に侵され、余命いくばくもない状態でも訪ねてくる人々の話を聞き、心を寄せる。そんな先生の周りには人が集まり、先生の言葉を周りに伝え、いつまでもいつまでも語り継がれていく。肉体は死んでも、先生の言葉は皆の心の中で生きているのだ。自分もそんな人物になれるだろうか。モリー先生の生き方を少しでも真似したい、私も死んだら誰かに思い出してもらえるようなそんな人になりたい。図々しくもそう思った。
死は誰にでも訪れるのに、ずっと遠くにあって今日という日は当たり前に生きられると思って疑わない。でもそんなことはない。いつ死ぬかもわからない。
「いかに死ぬかを学べばいかに生きるかも学べる。」
死を意識すると、毎日の生き方が変わる。毎日を無駄に生きないために、大切に過ごしたい。家族や周りの人を大切にして、愛を伝えて生きていきたい。そう改めて思える大切な一冊となった。
-
内省のとき。
-
別の版でよみましたし、原作も原作CDも持っているんですが、何度も読み返すなら愛蔵版も欲しいです。