母は娘の人生を支配する なぜ「母殺し」は難しいのか (NHKブックス)
- NHK出版 (2008年5月28日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (220ページ)
- / ISBN・EAN: 9784140911112
作品紹介・あらすじ
娘を過剰な期待で縛る母、彼氏や進路の選択に介入する母…娘は母を恨みつつ、なぜその呪縛から逃れられないのか?本書では、臨床ケース・事件報道・少女まんがなどを素材に、ひきこもり・摂食障害患者らの性差の分析を通して、女性特有の身体感覚や母性の強迫を精神分析的に考察し、母という存在が娘の身体に深く浸透しているがゆえに「母殺し」が困難であることを検証する。「自覚なき支配」への気づきと「自立」の重要性を説き、開かれた関係性に解決への希望を見出す、待望の母娘論。
感想・レビュー・書評
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ちょっと小難しくて理解し切れず、わかったようなわからないような気持ちになるところもある。けれども数ページに一行でも、「あぁ…!わかるっ…!!」と線をグリグリ引きたくなるようなフレーズに、女性なら巡り合うんじゃないでしょうか。そしてそのポイントは人によって少しずつ違うかもしれない。このレビューは私の実の母も義理の母もきっと読んでいるので、私の場合具体的にどんなフレーズが、っていうのは敢えて書かないことにしますが(笑)
著者が男性なわけですが、私が読んで納得できない箇所は、精神分析用語が難しいせいなのか、そこで示される母娘の例が自分にマッチしないせいなのか(臨床心理の現場から書かれているので病理的な例も多い)、果たして著者が男性で「わかってない」からなのか、それはわからない。わかったように書くなよーという気持ちは拭えないが、でもこれが女性が書いたものである場合、それはそれで、どこまで客観的になれているのか疑わしくなってしまう気がするし。
終章にまとめがあるので、本編で理論についていけなくて消化不良になっていても最後の章だけまた読めば満足できそう。
ブックガイドとしても良い。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
今日までに図書館に返却せねば、でかなり斜め読み。
なぜ母娘関係は複雑なのか、分かったような気になる。「身体性」がキーワード。
墓守娘はかなり具体的なストーリーで、それを踏まえてこれを読むとすんなり。それでもある程度精神分析を知っているという前提で話が進むので、難解とも。
以下引用
女性性とはすなわち身体性のことであり、女性らしさとは主として外見的な身体性への配慮です。それゆえ女の子のしつけは男の子の場合とは異なり、他人に気に入られるような身体の獲得を目指してなされます。このため母親による娘のしつけはほとんど無意識的に娘の身体を支配することを通じてなされがちです。
身体的な同一化による支配において、母親は時に、娘に自分の人生の生き直しすら期待します。こうした支配は、高圧的な命令によってではなく、表向きは献身的なまでの善意に基づいてなされるため、支配に反抗する娘たちに罪悪感をもたらします。しかし母親による支配を素直に受け入れれば、自分の欲望は放棄して他者の欲望を惹きつける存在(おしとやかでかわいい女性)という女性らしさの分裂を引き受けなければなりません。それ故母親による支配は、それに抵抗しても従っても、女性特有の空虚さの感覚をもたらさずにはおかないのです。
この文章に本書の内容が凝縮されてると思う。 -
目次
序章 なぜ「母殺し」は難しいのか
第1章 母と娘は戦っている
第2章 母の呪縛の正体をさぐる
第3章 女性ゆえの困難について
第4章 身体の共有から意識の共有へ
終章 関係性の回復のために
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<なぜ「母殺し」は難しいのか>
母と娘の関係は、家庭内に置いて特殊である。
同性であるために、心理的に距離が近くなること、そして、母親の支配が、父親の様なわかりやすい形ではなく、相手の同情と共感を逆手に取った、分かりにくい形をとることにも関係ある。
具体的には、「あなたのためを思って」との大義名分で、自分の幻想に基づいた一方的な奉仕を行い、それを拒むと逆切れしたり、自分が被害者となって、相手に罪悪感を植え付けるといったやりかたをとる(もちろん、悪気はない)。
さらには身体的な同調を基礎に支配が行われるので、支配から逃れにくい。
<母子密着と発達過程>
子どもが発達していく過程で、母親に「よいおっぱい(自分が求めた時に与えてくれる)」と「悪いおっぱい(前者の逆)」という分裂したものを投影する。一方で、自分が怒っているのに「相手が怒っている」と自身の態度を相手に転嫁するものが多い。
成長するとそれらはそれなりに投影されていくが、母子密着した過程ではこのような子どもかえりが起こりやすい。
問題のある過程ではおおむね母子密着が起こっている。
母子密着は娘でも息子でも起こりやすいが現代においておこりやすい「近親相姦」は母と娘である。
<近親相姦>
エリアチェフが提唱した近親相姦は3種類あり、
1・プラトニックなもの
2・父娘、母息子という異性の近親者同士
3・母と娘(父と息子)が同一の恋人を持つ
である。
この中で、抑圧と禁止を免れ得るのは1のみであり、まさにこれが母と娘の間に起こっていることである。
<母性と、マゾヒステッィクコントロール>
日本では長らく、「母は滅私奉公して子どもにつかえるものだ」という献身、受動性、そしてマゾヒズムに彩られた母性神話が語られてきたが、これは幻想である。だが、これが押し付ける役割が「母親」にプレッシャーと葛藤を与え、「子どもはコントロールすべきもの」というコントロール幻想を生む。
引きこもりの子供を持つ母親は、連日殴られながらもその幻想を体現している。
そこから離れるには母親も「自身の人生」をいきることではある。
また父親など「第三者」の介入も重要であるが、往々にして男性は家庭内の問題からは逃げている。
では、いったい母親は何を自身の価値観としているのか?
母親は自身の価値観に沿って子どもを育てるが、それは往々にして世間の目を気にする「世間教」となりやすい。そこでは「条件付きの承認(○○をすれば愛してあげる、という行為)」が跋扈し、ダブルバインドが往々にして見られる。
ダブルバインドとは、口では「結婚しなさい」といいながら、実際はまめまめしく世話を焼く、といった行為である。
世間に阿った、自己犠牲的な奉仕は罪悪感を娘に受け付け、非常に強力な楔となりうる。これを「マゾヒステック・コントロール」とよぶ。
息子も同様だが、男性は女性に比べ共感が鈍いので、若干軛が弱い傾向にある。
<ジェンダーと疾患>
男性と女性のジェンダーは厳然としてあり、それらは違った様相で現れる。
男性は社会的な同一性(能力を表し、有用性を表明する)を重視し、多くの女を所有する立派なペニスであれ、というプレッシャーを受け続ける。
一方女性は、他者に不快感を与えないしぐさや美しい容貌を重視する。
<母親の期待と支配、女性の空虚さ>
P189
女性性とはすなわち身体性のことであり、女性らしさは主として外見的な身体性への配慮です。それゆえ女の子へのしつけは、男の子の場合と異なり、他人に気に入られるような身体の獲得を目指してなされます。このため母親による娘のしつけは、ほとんど無意識的に娘の身体を支配することを通じてなされがちです。
身体的な同一化による支配において、母親は時に、娘に自分の人生の生き直しすら期待します。こうした支配は、高圧的な命令によってでなく、表向きは献身的なまでの善意にもとづいてなされるため、支配に反抗する娘たちに罪悪感をもたらします。
しかし、母親による支配が素直に受け入れれば、自分の欲望放棄して他者の欲望をひきつける存在という「女性らしさ」の分裂を引き受けなければなりません。それゆえ母親による支配は、それに抵抗しても従っても、女性に特有の「空虚さ」の感覚をもたらさずにはおかないのです
<ジェンダーとBL>
BL第一人者のよしながふみは以下のようにかかる。BLはジェンダーやフェミニスト運動と相性が良い。
P105
彼女は「ボーイズラブ」は「もてない女の慰め」であるかもしれない、ともいいます。なぜならこのジャンルは「今の男女のあり方に無意識的でも居心地の悪さを感じている人が読むものである」ためで、ただその居心地の悪さには、男女差があると彼女は指摘します。
P106
男の人のです抑圧ポイントは一つなんですよ。「一人前になりなさい、女の人を養って家族を養っていけるちゃんとした立派な男の人になりなさい」っていう。だから男の人たちて皆で固まって共闘できるんです。女の人が一つになれないって言うのは、一人一人がつらい部分がバラバラで違うんでお互い共感できないところがあると思います。生物学的な差では絶対にない。これは差別されている側は皆一緒ですよね。アメリカにおいて、全部合わせれば白人より多いはずのマイノリティーが文化が違うから一緒になれないのと同じです。
社会がジェンダーに基づいた圧迫を行うため、男性と女性では発症する疾患の差異がある。
そのなかで、男性はひきこもりが多く、女性は拒食症が多い。
男性のひきこもりは先に述べた社会的プレッシャーからの逃避である。一方の拒食症は何か。著者はそれを「女性性」からの逃避とみる。
拒食症患者の徹底的にダイエットを目指す体は、ふくよかさなどの「女性性」を拒否した形と解釈できる。
男性は異性との関係を夢見る「恋愛教」を断ち切るのは難しいが、女性はそうでもない。「恋愛教」にはまる人数も多いがそこから決別することが男性よりは比較的容易で徹底したものになりやすい。 -
男性のカウンセラーが書いた、母娘関係論。
女性が書くものよりも学術的な感じがして、女性が書く本よりも感情に訴えないというか…客観的にかかれているので、この問題についての知識がない人が読む本としてはふさわしい。
しかし、個人的には女性で実際に母との関係で悩んできた人の著作の方が助けになる。
女性書いた本が薬だとすれば、この本は病状を分析したレポート。
私は薬の方が欲しい。 -
よいテーマですね。深い考察が読めるかと思ったら、なんとなく小難しいところが残念。母娘をテーマしたのを男性が書いているのがポイント。男性ゆえに明らかにピント外れた議論になっている箇所があるが、それもご愛嬌というか、全体の隠し味になってる気がする。結論めいたことを言わないところがよいのかもしれない。
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自分が今までに「母の娘」として感じていたもやもやが言語化されて膝をぱたぱた叩きながら読んだ。でもなんかもやもやが完全に消えたわけではないのは、このジャンルが今まであまり研究されていなくて進展途上だからと思われる。今後もっといろんな書籍がでるといいな。
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母との関係を向き合うためにとても役に立った本。母娘を題材にした様々な本を取り上げて(それらを読んでみるきっかけにもなった)男性の視点から、心理学的に分析していく。女同士でしかこじれない母娘関係、共感してくれる男性は少なく、大抵は娘が責められるパターンが多い。男性には理解しきれない領域であると思うので貴重だなあと思った。
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男性とは異なる「母娘問題」特有の困難さを説明した本。
母娘問題に悩んでいる当事者よりも、その周囲の人や支えている人が、母娘問題を理解する上で、参考になると思いました。様々な精神分析の理論が引用されており、そういった知識を得るためにも、参考になる本だと思います。
精神分析の知識がまったくない状態で読みましたが、理解できたかは別として、読みやすかった気がします。妻とその母を見ていたため、納得できる部分が多く、一気に読んでしまいました。
ただ、二度、三度読んでいるうちに、少しずつ理解が深まってきました。